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「AIの活用と未来」(視点・論点)

東京大学大学院 教授 松尾 豊

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私は人工知能の研究をしておりますが、近年、人工知能の技術が急速に進展し、世の中から大きな注目を集めていることは皆様もご存知の通りかと思います。特に技術的に進んでいるのが、深層学習、ディープラーニングという技術で、従来、コンピュータが非常に苦手であった画像の処理や音声の処理などで、大きな飛躍をもたらしています。例えば、新型コロナウィルスで、ビルなどの施設に入るときに体温測定をされることがあるかと思います。画面に人が映し出され、そこに体温が表示されるタイプの検温器がありますが、深層学習の技術が使われています。

こうした人工知能の進展は、ひとことで言うと、「コンピュータが眼をもった」ということができます。人間の場合、眼から得られた情報は、脳の後ろのほうにある「視覚野」で処理をしています。これと同じように、カメラから得られた情報を深層学習はうまく処理しているわけです。顔認証や、医療における画像診断など、さまざまな応用例が広がっています。また、これを機械と組み合わせ、例えば、車の自動運転や、物体のピッキングなどに活用する例も増えてきています。

 さて、ここから2つの話をしたいと思います。
ひとつは、この先、人工知能の技術はどこまでいくのかです。もうひとつは、日本がこの人工知能を活用していくにはどうすればよいかです。

 まずひとつめ、まだ研究段階の議論なのですが、人工知能の技術がどこまで進むのかについてお話ししましょう。
画像を認識するというのは、そもそもは人間であれば誰でもできることです。動物であってもできます。実は、人工知能やロボットの研究者にとって、いまの技術は、4,5歳の子どもができることすらまだ十分にできないということはよく知られています。例えば、冷蔵庫から飲み物を取り出す、相手の気持ちをわかってなぐさめるなどのことはできません。
 それは、まだ人工知能の技術が十分に進展していないからです。そのため、空間を認識する、飲みものを上手に掴むなどを学習する方法の開発が進んでいます。
また、人間は、言葉によって、人に気持ちを伝えたり、いまこの場にない状況を想像させることができます。

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例えば、私が「エベレストの頂上にアタックする夜、満天の星が輝いていた」というと、皆さんの頭のなかには、すみきった空、凍える寒さ、そして張り詰めた空気などが伝わるでしょう。つまり、言葉は、任意の入力を頭のなかに入れることができます。そして、人間は発話することで、任意の出力を行うことができます。この任意の入力、任意の出力というのは、ほかの動物ができないことです。他の動物は、環境に依存した入力しか受け取れませんし、環境のなかでの行動しか出力できません。

 入力を受け取り、出力を生成する機構は、計算機科学の文脈では、状態機械と言われます。能力に応じて、さまざまなクラスに分類されています。
 そのうちのひとつが、有限オートマトンです。ある限定された入力しか受け取れず、その処理能力も限られています。
 最も柔軟な処理ができるものが、チューリングマシン、あるいは万能チューリングマシンとよばれる機械です。アラン・チューリングという有名な研究者が提唱した概念ですが、これは、有限オートマトンが、「無限に長いテープ」を持つことで実現されます。このテープに、情報を読み書きし、それに応じて状態を変更することで、任意のアルゴリズムを実行することができます。
 実は、人間が「頭のなかにイメージを想起することができる」ことが、特定の条件のもとで、長いテープに該当すると考えられます。そして、言語によって任意の入力を受け取り、任意の出力を発することができることとあわせて、人間の頭脳の処理を「万能チューリングマシン」と等価にしていると考えることができるのです。
 我々、人間は、ある種の万能性を感じています。子供に、適切な教育と環境を与えることで、その子供は、プロ棋士にもなるし、数学者にもなるし、野球選手にもなります。この万能性は、他の動物にはないものですが、これは人間の頭脳が「万能チューリングマシン」相当になっているからこそであると考えられるのです。専門的なことはいろいろと省きますが、これが、要するに、なぜ人間が他の動物より知能が高いかという端的な答えです。
 そして、人間の頭のなかに任意のアルゴリズムを動かすことができるためには、それに対応する適切なデータやタスクが与えられる必要があります。つまり、足し算をたくさん練習するから、足し算ができるアルゴリズムが頭の中に学習できるわけです。我々の脳のハードウェア自体は、おそらく数千年前からそれほど変わっていませんから、我々の文明の進化は、こうした教育や文化の仕組み、つまり適切なアルゴリズムを脳のなかにインストールする仕組みの進化とも言い換えることができます。
 さらにこうした考え方の延長に、意識とは何か、自由意志とは何かといった、何千年も前からの哲学的な問いに、計算機科学の観点から答えられる可能性があるのではないかと思います。
 我々人類が、自分自身の知能の仕組みをはじめて明確に知ることができれば、大変意義深いことですし、社会のあり方にも大きな影響を及ぼすものになるかもしれません。

2つ目に、今後も大きく進展するであろう人工知能の技術を日本はどう活用していけば良いでしょう。
まず、日本は、人工知能の技術、さらにはデジタルの技術全般に、米国や中国に大きく遅れをとっています。また、ヨーロッパやアジアの各国と比較しても、かなり劣勢に立たされています。
これは、論文の数、特許の数、ユニコーンと呼ばれるスタートアップの数など、さまざまな観点から見てそう言えます。
その大きな理由は、日本社会が成熟しており、新しいイノベーションに対する熱意が低いことにあります。大企業でも、人工知能を使ったプロジェクトは進んでいますが、やはり、こうした新しい技術をスピード感をもって世の中に届けるのは、スタートアップ、ベンチャー企業の仕事です。
私の周辺では、ここ数年、スタートアップが急増しています。東大全体でも、多くの学生が、スタートアップを自ら起こす、あるいはスタートアップに就職することを選択しはじめています。スタンフォード大学やMITなど、海外のトップ大学では、優秀な学生の一定の割合は、スタートアップにチャレンジします。日本のいまの大企業も、かつてはスタートアップだったわけで、時代時代の挑戦者が、技術を磨き、事業を伸ばし、世界的な企業へと成長していったわけです。

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我々は、東京大学を中心とするスタートアップのエコシステムを「本郷バレー」と呼んでいます。本郷が、そして日本全体が、米国のシリコンバレーや中国の深センに負けないくらいのイノベーションの拠点になってほしいと願っています。
 そして、日本にとって重要なのは、若者がこうした挑戦をすることを社会全体で応援していくことです。日本はややもすれば、年功序列で、若者の挑戦を斜めにみる雰囲気があります。例えば、スタートアップと大企業の契約において、スタートアップが厳しい扱いをうけることなどもしばしばあります。しかし、GAFAと呼ばれる米国の急成長した企業も、BATと呼ばれる中国の企業も、いずれも20代や30代の若者によって作られた企業です。日本でも、スタートアップを社会全体で応援し、そのなかから世界に通用する企業が出現する、それが重なることによって、産業全体が強くなっていくのだと思います。
 日本全体を、デジタル、人工知能の力で強くしながら、どういう社会を作っていけばよいか、世界の議論をリードしていこうではありませんか。そのためには、ひとりひとりのデジタルや人工知能のリテラシの向上と、挑戦者を社会全体で応援する姿勢が求められています。コロナ禍においてテレワークや遠隔医療が浸透し、デジタル庁の創設が議論されているいまだからこそ、日本が変わるべきときだと思います。

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