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「2020年米大統領選挙 『普通さ』を選んだアメリカ」(視点・論点)

慶應義塾大学 教授 中山 俊宏

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今年の米国大統領選挙は、おおむね予想通りに展開していきました。選挙当日は当日投票の集計が先行するため、トランプ大統領がリード、それを受けて事実上の「勝利宣言」をする、バイデン候補がそれを否定、翌日以降は郵便投票の集計が入ってくるので、バイデン候補が追い上げる、一部接戦州ではバイデン候補が覆す。

トランプ大統領は、かなり前から郵便投票は不正の温床であるとの疑惑を常に繰り返していたため、自分が言った通り、不正が行われたと訴える。
さらに、2016年にトランプ候補がとった重要州、ペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガンは、集計作業に時間がかかることが予想され、トランプ大統領が集計の中止を訴える。バイデン候補がさらに追い上げる。トランプ大統領の敗退がほぼ確実になっても、結果を確定するための不可欠なプロセスである「敗北宣言」をしない。バイデン陣営は、メディアが当確を打った時点で勝利宣言をする。これが選挙以前の大方の「読み」でしたが、事態は文字通りこのように展開していきました。

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バイデン次期大統領は、すでに地元デラウェア州ウィルミントンにて、勝利演説を済ませています。他方、トランプ大統領は今のところ負けを認める様子はなく、11月14日にはワシントンD Cにトランプ支持者たちが集まり、ミリオンMAGAマーチが行われ、選挙の不正、投票の再集計を訴えました。
しかし、すべてが予想通りに展開したというわけではありません。今回の選挙は、文字通り現職のトランプ政権をどう評価するかにかかっていました。多くの人は、4年間の喧騒、コロナ危機、経済危機、そして人種をめぐる騒乱が、トランプ大統領が原因とまではいえないまでも、大統領の言動が事態を悪化させたと感じていました。
もちろん、「岩盤」とも言われるコアなトランプ支持層が大統領から離れるとは考えられてはいませんでした。しかし、相当数の人がトランプ大統領を否定するのではないか、そう見られていました。ただ、2016年に多くの人が選挙の見通しを読み誤ったため、トランプ大統領が不利と感じながらも、バイデン候補が圧倒的に有利であるとは言い切れないような状況が長らく続いていました。
選挙当日、そしてその後、選挙の結果が入ってくると、当初想定されていたよりも、選挙の結果がはっきりとしていることが明らかになってきました。それは、投票率が史上稀に見る高さであったこと。バイデン候補の圧勝とまではいえないものの、かなりはっきりと差をつけていることです。選挙人の獲得数でいうと(これから一部の州でリカウントがありますが)現段階では306対232です。得票数も7860万を超え、トランプ大統領と500万票以上差をつけ、総投票数の50%を超えています。現在、二極分化しているアメリカにおいては、50%以上獲得すれば、国民から大統領職を負託された(いわゆるマンデートを貰った)とするのが一般的です。
他方、今回の選挙ではトランプ大統領がアメリカ国民に本格的に退けられるだろうと感じていた人もいたはずです。しかしそれは起きませんでした。負けはしたものの、トランプ大統領は7300万を超える票数を獲得、この数は、自身の2016年の得票数を超え、2008年のオバマ大統領の得票数をも超えています。現職の大統領が再選に失敗したのは28年ぶり、1992年のブッシュ・シニア以来のことです。しかし、コロナ危機、人種をめぐる争乱、悪質な分断、経済危機を前にしながらも、アメリカはトランプ大統領の再選は拒みつつも、全体としてトランプ主義を否定したかといえば、明らかにそうとはいえないような状況でした。
しかし、このことの意味を評価するには慎重でなければなりません。2016年に見誤ってしまったことから、2016年の教訓を「過剰学習」してしまうことも避けなければなりません。トランプ大統領を支持した7300万人すべてをトランプ派とみなすことはできないでしょう。いまアメリカでは、二極分化が極度に進行していて、自分の支持政党ではない候補に票を投じることは難しく、そのことが7300万という数字の背景にあることも見ておかなければなりません。
今回の選挙で、トランプ・キャンペーンとバイデン・キャンペーンの熱量を比較した時に、トランプ・キャンペーンの方がバイデンのそれを遥かに上回っているとの評価が一般的でした。またバイデン・キャンペーンの方は、「反トランプ」で結束しているだけで、バイデン本人を大統領に押し上げようという熱意が一切感じられないともしばしば指摘されました。
しかし、少し視点を変えると、それだけ熱気を欠きながらも、ヒラリー・クリントン候補をはるかに上回る、550万票以上の差をつけて勝利したという見方もできます。なんといっても、今回のバイデン候補の得票数は史上第一位です。これを単に熱気を欠く、精彩を欠いたキャンペーンと結論づけていいのでしょうか。
アメリカ人が大統領を選ぶ時、単に「政策の束」を選ぶのではなく、人を選ぶという傾向が非常に強く作用します。それは、その候補に人を惹きつけるストーリーがあるかどうか、その人が大統領になった時にどういう行動をとるかということを想像する手がかりにもなります。4年間のトランプを体験して、トランプ大統領のことを知らない人はもはやいなかったといっていいでしょう。ではバイデン候補はどのような人として見られていたのでしょうか。
何よりもバイデン候補は、人の痛みが分かる人、さらに多くの苦難を乗り越えてきた人、にもかかわらずそれにめげることなく、ポジティブに生きようとしてきた人として映っていたのではないでしょうか。まずは彼が、幼い頃、吃音症に悩んでいたことが挙げられます。今回の選挙でも、吃音症の少年を勇気づける姿が広く伝えられました。彼はまた、若い頃に、妻と娘を事故で失い、その後、生き残った幼い息子二人のために、毎日ワシントンから地元デラウェアに電車アムトラックで帰り、父親としての役割を果たしました。そして、そのうちの一人を数年前に病気で失っています。
さらに、バイデン候補は、1973年から上院議員を務めていますが、そのころの上院は超党派的な雰囲気が強く、共和党員や民主党員である以前に上院議員であるという意識が強く持たれていた時代であり、その時の雰囲気を知る数少ない政治家です。バイデン候補の政治家としての特徴をまずあげるとすると、「党派を超えて話す」、そして「妥協」を目指すその姿勢です。それゆえに、「バイデンのことを嫌う」という表現自体が、形容矛盾であるといわれるほど、バイデンは皆から親しまれる存在です。
時に、その妥協的な姿勢が甘いと評されることもあります。でも、それはバイデンという政治家の体質になっているといっても大袈裟ではないでしょう。
こう考えると、ある意味バイデンという政治家は、究極の「アンチ・トランプ」といえなくもありません。バイデン次期大統領の勝利演説を見て、「あー、アメリカはこういう国だった」と懐かしい光景を見たような錯覚に陥った人も少なくなかったはずです。
アメリカは今回、バイデンを選ぶことによって、こうした「ノスタルジア」、そして退屈さと紙一重の「普通さ」を選んだということなのかもしれません。
バイデン次期大統領には、巨大な課題が突きつけられています。
「トランプに勝つ」という使命は完遂しましたが、より大きな課題はまだこれからです。

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