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「アフターコロナの新しいまちづくり」(視点・論点)

東京大学 不動産イノベーション研究センター 特任教授 辻田 昌弘

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皆さんこんにちは。本日は、まちづくりの新しい潮流について、今般のコロナ禍の影響を踏まえながら考えていきたいと思います。

国連の2018年の推計によれば、現在世界の人口の約55%が都市部に暮らしており、2050年にはこれが70%近くに達するとみられています。都市に人口が集中することを「都市化」と言いますが、多くの人や企業が特定の地域に集まることによって、私たちはさまざまなメリットを享受しています。
しかしその一方で、都市化は通勤の長時間化や混雑、道路の渋滞や大気汚染の深刻化など、さまざまなデメリットをもたらします。都市化のメリットを活かしながらいかにしてデメリットを軽減させていくのか、というのはまちづくりの大きな課題です。
また、2015年の国連総会でSDGs−持続可能な開発目標−が採択されましたが、まちづくりはこのSDGsにも大きく関わっています。

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《目標11:住み続けられるまちづくりを》はもとより、《目標3:すべての人に健康と福祉を》や《目標13:気候変動に具体的な対策を》なども含めて、17の目標のすべてがなんらかのかたちでまちづくりと関連していると言ってよいでしょう。

欧米のいくつかの都市では、このSDGsの文脈に位置づけられた新たなまちづくりの取り組みが既に始まっています。

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例えばオーストラリア・メルボルン市の「20分生活圏:20-minutes neighbourhoods」構想やフランス・パリ市の「15分の街:ville du 1/4d’heure」構想などが代表的な事例ですが、図のように、徒歩や自転車で自宅から15分から20分の範囲で、働く場所、学校、買い物、公園、病院など、ひととおりの都市機能にアクセスできるようなまちづくりのコンセプトを都市計画に位置づけている都市が少なくありません。
このような、歩いて暮らせるまち−ウォーカブルなまち−を実現するためには、同時にカーフリー−自動車の利用を減らしていく必要があります。移動手段を自動車から徒歩や自転車にシフトすることによって、大気汚染が改善されCO2排出量が削減されます。自動車の利用が減れば交通事故が減って子どもや高齢者も安心してまちを歩けるようになりますし、徒歩や自転車利用が増えることは住民の健康増進にプラスに働きます。そのために欧米の諸都市では、自動車のための車道を自転車専用レーンや歩道などにリプレイスしていくという取り組みが積極的に進められています。

一方、我が国の現状はどうかというと、コロナ以前には、都市部では多くの人々が、毎日混雑した通勤電車に乗って、自宅から都心のオフィスに通勤していました。特に首都圏ではその傾向が顕著で、東京23区への周辺からの流入人口は約276万人にのぼります。毎日毎日これだけ大勢の人々が、混んだ通勤電車に長時間揺られて自宅と都心の間を往復していたのです。
しかし、コロナの発生以後、状況は一変しました。

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朝の通勤時間帯の首都圏主要駅の利用状況を見てみますと、緊急事態宣言が発出された4月には、コロナ発生前の3割近くにまで激減しました。5月末の緊急事態宣言解除後はいくぶん持ち直しましたが、それでもなおコロナ発生前の7割前後に留まっています。

これは言うまでもなく、多くの企業が「三密」を避けるためにいわゆるテレワーク−在宅勤務−に取り組んで来たからです。

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緊急事態宣言が解除されてからは、テレワークの実施率は下がりましたが、それでも10月の時点でなお2割弱の人がテレワークを実施しています。当初はやむを得ず、いわば緊急避難的に取り組まれてきたテレワークですが、人々の満足度は意外にも高く、また仕事の効率についても当初に懸念されたほどには低下していないようです。

一方、雇用主である企業の側も、今回のコロナ禍を契機として、従業員が同じ場所・同じ時間に集まって働くという従来型の働き方から、時間や場所にとらわれない柔軟な働き方−フレキシブル・ワーク−に移行していこうという動きが出てきています。そのため、テレワークに象徴される「働き方の多様化・分散化」は、コロナ禍が収束した後も「ニューノーマル−新しい常態−」として一定程度定着していく可能性が高いのではないかとみられています。これはコロナ以前から始まっていた「働き方改革」や「健康経営」といった一連の流れにも合致しています。

もし今後このような働き方の多様化・分散化が進むとすれば、−もちろんこれまでと同様に都心のオフィスに通勤する人も多いでしょうが−自宅やカフェでのテレワーク、あるいは自宅の近くのコワーキングスペースやシェアオフィス、サテライトオフィスなどで仕事をする人も増えるでしょうし、さらにはワーケーションということで地方やリゾート地で仕事をする人も出てくるでしょう。
働き方の多様化・分散化が進むと、各人がそれぞれの仕事の内容に応じて、あるいは子育てや介護といったそれぞれの生活の都合に合わせて、仕事をする場所と時間を選べるようになります。そうなると、住宅地はこれまでのような、昼間は都心で働く人々が夜に帰って寝るだけのまち−いわゆるベッドタウン−ではなく、職と住がセットになった、歩いて暮らせるまち−ウォーカブルなまち−として再編成されていくという、まちづくりの新しい方向性が考えられます。その意味で、先に挙げたような欧米の都市における取り組みは、期せずしてコロナ後の新しいまちづくりの方向性にも合致したものであったと言うことができます。

また、コロナとの関連で言えば、いま、欧米の諸都市ではコロナ対策として、「密」を避けるために道路空間を活用する動きが顕著です。

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例えば、パリやバルセロナ、ミラノなどでは公共交通機関の「密」を避けるために自転車を利用することが奨励されており、そのために自転車専用レーンの整備が急ピッチで進められています。またニューヨークなどでは飲食店の店内の「密」を避けるために、飲食店の前面の歩道や車道にイスやテーブルを並べてテラス席のように使わせるということを認めています。
これらの取り組みはいずれも「密」を避けるためのコロナ対策として取り組まれているものですが、自転車専用レーンについて言えば、元々カーフリー政策として計画されていたものを前倒しして整備をするというケースが多いようですし、飲食店の路上テラス席についても、タイムズスクエアを完全に歩行空間化したように、ニューヨーク市は以前からカーフリー政策に積極的に取り組んで来ており、今回の施策もそのバリエーションのひとつとして位置づけることができます。これらの都市の取り組みを見ていると、コロナという危機的な状況をむしろ積極的に取り込んで、それを持続可能なまちづくりに活かしていこうというしたたかさが感じられます。

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ちなみに、路上テラス席については、我が国でも国土交通省がコロナ対策として、飲食店等に道路占用を認める規制緩和を実施しており、全国各地で活用が進んでいます。今のところ11月末という期限付きの特例となっていますが、これを恒久化する方向で現在検討が進んでいるもようです。

さて、冒頭にも申し上げたように、そもそも都市とは多くの人々が集まって暮らすこと、つまり「密」であることを前提としていますが、コロナのような感染症はその前提を根底から大きく揺るがせるものです。しかし、これまで見てきたように、「密」を回避しながら、人々の生活の質−クオリティ・オブ・ライフ−と持続可能性−サステイナビリティ−を同時に高めるようなまちづくりの方向性もまた垣間見えてきました。
言うまでもなく、コロナは我が国にとっても世界にとっても未曾有の危機です。しかしこの危機は同時に、都市が抱えるさまざまな課題を解決し、より良いまちづくりに取り組むことを可能にする、非常に大きなチャンスでもあるのです。その意味で、「災い転じて福となす」という前向きでしたたかな構えこそが、今の私たちには求められているのではないでしょうか。

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