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「乳幼児はいかに言語を学ぶのか」(視点・論点)

東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構 主任研究者 辻 晶

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乳幼児、幼少期の言語発達は将来の学力などに大きく影響するため、教育者をはじめ社会全体で、初期の言葉の発達に注力していくことが重要です。
赤ちゃんは大人にも、最新のAIシステムにも負けない優れた効率性でことばを習います。しかし、このように優れた学習能力にもかかわらず、ことばの学習は環境のリスク要因に左右されることもあります。
きょうは、赤ちゃんの驚異の言語能力について、その能力をのばすための秘密についてお話したいと思います。

最初に、赤ちゃんは生後一年間で何を習うかを簡単に説明します。

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この図では、赤ちゃんが生まれる前後に習ういくつかの要素を表示しています。上には知覚、下には発声を表示しています。ここで一番注目していただきたいことは、赤ちゃんは発話し始める前から様々なことを知覚し習うことです。実は、母体内にいる時からことばのある特徴を知覚できます。続いて母語を経験しながら母語特有の母音、子音、音の並び、単語の形などについて学んでいきます。

例えば、日本語環境で育つ赤ちゃんは「おばさん、おばあさん」のように、「あ」と「ああ」の違いに敏感になって行きますが、アルファベットの「l」と「r」の違いに関してはそうでもないです。

日本人の多くは大人になってから「l」と「r」の区別に悩んでいますので、「赤ちゃんの時にその能力を無くさなければよかったのに、、、」と思う方が多いかも知れません。しかし、実は人間の脳が発達の初期にその環境にとって必要な要素を強化していき、逆に必要ではない要素を減らしていくのは良いことであります。

生後一年間での言語発達で一番驚くべきところは、赤ちゃんはどの言語環境に生まれても、その環境の言葉を学習して行くことです。例えば、日本語には母音が5個、あるいは、長い母音も含めると10個ありますが、デンマーク語にはその2倍以上の26個もあります。

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世界の言語における母音の数の分布が示されています。青い点は母音の数の少ない言語、赤は母音の数の多い言語を示しています。世界言語の様々な違いにも拘わらず、赤ちゃんは自分のおかれている環境に合わせて柔軟にことばを習います。
それだけではなく、赤ちゃんは現在の最先端な機械学習アルゴリズムに比べても驚くべき早さで、効率よくことばを学習します。右側の言語インプットのグラフで、赤ちゃんの絵があるデータでは、世界の子供が10歳までに経験する単語の数を示されています。国や文化によって違いますが、その数は2,000万から1億5,000万前後です。それに対して右側の自動音声認識アルゴリズムが必要とするデータ量はその2〜10倍ほどのデータ量を必要とする場合も多いです。

このようなことを背景に、最近テクノロジー業界が赤ちゃんの学習能力に大変興味を示しています。赤ちゃんのより優れた学習の謎を解明する為には、赤ちゃんが持つ好奇心やどのような社会的指標に赤ちゃんは敏感に反応をしめすかを理解する必要があると考えられます。また、そのような能力をどう機械に反映させられるかについて、今AI研究者・発達心理学の研究者が一緒にとりかかっているところです。

そのような機械への応用にしても、一般的な発達メカニズムを解明することにしても、大きな問題となっているのは、ほとんどの研究が西洋言語を習っている赤ちゃんを対象に行われてきたことです。

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この図の左側は、世界において最近の発達研究論文がどの地域から発表されているかを示しています。上位三つを見るとアメリカ、その他の英語圏、ヨーロッパで、全体の90%以上を占めています。例えば、世界の赤ちゃんの16%がアジアで生まれているのに、アジア言語を対象に行われている研究は全体の研究の5%以下しかありません。そのため、日本を含め非西洋言語で育つ赤ちゃんの研究が今後とても重要となります。

言葉の発達には言語環境の違いだけではなく、一つの言語環境の中の要因も大きく影響することが判明されています。

言語発達におけるリスク要因としてよく取り上げられるのは、社会経済的地位や教育レベルです。

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このような環境リスク要因が多いほど、子供への話しかけの頻度が少なくなる傾向にあります。それが、理解語数・発話語数や学力の低下につながる一つの原因だと考えられます。このような研究結果は今までアメリカで得られているものが多いですが、日本国内でも子供のおよそ15%が貧困な状態に育つため、この点においては我国にとっても重要なポイントと言えます。

このような発達の遅れにつながる環境の改善に現在多くの研究者が取り組み、乳幼児が聞く言葉の頻度や質を増やすための介入プログラムが進んでいます。

そのような介入でよく使われる方法は、乳幼児とのインターアクションの機会や一緒に話す機会を増やすことによって、聞くことばの量や多様性を増加させることです。例えば、私たちが今実施している介入では、保育園のスタッフに説明ビデオを毎週見てもらい、言語発達に効果的な子どもへの接し方や話しかけを行う機会を増やして行きます。

まだ少ない件数ですが今まで実施された介入プログラムでは、全般的には良い効果が見られました。特に保健機関経由の介入では、より多くの子どもたちに介入でき、今後の発展性や実現性の高い方法と言えそうです。

そのような研究者等による組織的な規模の介入プログラムと並行して、皆様が家庭でできる支援方法がたくさんあります。そこで今日最後に取り上げたいのは、多くの親が今疑問に思っている「スクリーンタイム」の話題です。今まで環境の影響について色々話してきましたが、実際、ここ10年では「スクリーン」、つまり「画面」の役割が私達の環境を大きく変えてきていると考えられます。

長年「画面」といえば、テレビ、ビデオ、DVDの世界でした。そのような一方的で受動的ないわゆる「パッシブスクリーン」に関してはこれまで多くの研究結果が得られていまして、実際3歳前の子供にはあまりおすすめできないという結果が出ています。

ただし現在の赤ちゃんはテレビの他にスマホ、タブレット、その中のアプリなどに日常的にさられていることが多いと思われます。それらはテレビとどう違うかと言いますと、反応性・随伴性、つまりインターアクティビティの要素があることです。
最近の研究で分かったことは、ビデオチャット機能を通じて赤ちゃんに画面の向こう側で人と対面させると、実際に対面した時と同様に単語が習えることです。

さらに、画面の向こう側に実際の人ではなく、インターアクティブなキャラクターがいてもそれが学習につながります。

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私が行った研究では、「インターアクティブ条件」、つまり、画面上に出てくるキャラクターが自分の視線を赤ちゃんの視線に合わせた場合と「非インターアクティブ条件」、つまり、キャラクターが赤ちゃんの視線に反応しない条件を比較しました。反応してくれるキャラクターの場合のみ赤ちゃんは新しいことばを習いました。この場合、人間でなくても画面上にインターアクティビティがあれば、それはよりことばの学習につながると言えるでしょう。

しかし、インターアクティビティがあれば良いというわけではありません。画面上のインターアクションが習うべき内容から気をそらしてしまう場合もあります。
まだ研究者による実験や検証で確認ができているコンテンツは少ないのが現状です。

お子さんが一つの画面を長く見過ぎない、保護者と一緒に画面を見るなど注意が必要です。

赤ちゃんは、驚くべきスピードや効率性で母語を獲得します。しかし、その中で環境要素によりリスクが生まれることもあります。ことばの学習が将来の学力に大きく影響しますので、
親として、教育者として、研究者として、社会全体で協力しあい、誰もが平等に言語を取得できる環境を整え、平等な社会の実現に向かいましょう。

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