「IoEのもたらす未来」(視点・論点)
2020年10月27日 (火)
名古屋大学 教授 天野 浩
インターネットとスマートフォンの普及によって、私たちの生活は大きく変わりました。次に私たちが「生活が驚くほど便利になった」とか、「社会が大きく進歩した」と感じるのは、いつごろになるでしょう。想像するだけでもワクワクしますね。
その社会の仕組みを大きく変える技術の一つとして期待されているのが、ワイヤレス電力伝送によるインターネットオブエナジー、IoEです。
皆さん、IoT という言葉を聞かれたことがあると思います。IoT とはモノのインターネット化、すなわちありとあらゆるモノに無線タグが付いて、インターネットで繋がり、データのやり取りをする仕組みのことを指します。それに対してIoEというのは、全てのモノに対して電気エネルギーを無線で送ることにより、充電切れの心配がない仕組みのことです。
実はこのワイヤレス電力伝送は、既に身の回りに少しずつ浸透しております。コードをつながずスマートフォンを置くだけで充電できるシステムをご利用の方もおられるでしょう。今市販されているのは、充電装置にスマホを置かなければならないもので、充電できる電力はせいぜい数ワットと限られております。
先ごろ、このワイヤレス電力伝送に関係する研究成果を発表させていただきましたが、今私たちが開発しようとしている技術は、例えば 10m くらい離れていても充電が可能で、しかも10ワット以上と多くの電力を一気に送ろうとするものです。
今回、開発した技術のポイントは、アンテナと半導体素子を一体化して設計する技術と、半導体素子として窒化ガリウム、いわゆる GaN という、ノーベル賞で皆さんに注目して頂いた青色LEDの材料を用いたワイヤレス電力伝送用の半導体素子の二つです。
設計技術としては、アンテナと素子を一体化して設計・製作したことにより、従来 70%程度までしか効率の出なかった受電システムが 92.8%という世界最高の効率を記録することができました。 また GaN というのは、これまで電気を流すと青く光ることにより一般照明に使われて省エネルギーに貢献しましたが、この材料、単に効率よく光るだけではなくて、大電力で高い周波数の電波を作ったり、あるいは受けることができるのです。今回、実際に電力伝送用の半導体素子を作り、性能を確認することができました。
では、私たちがワイヤレス電力伝送によって思い描くインターネットオブエナジーの例をいくつか挙げてみたいと思います。
今後日本人は、高齢化が進みます。それに伴い、それぞれの人々の身体につける健康チェックセンサーの数も大幅に増えると予想されます。
問題は、それぞれのセンサーを駆動させ続けるためのバッテリーです。たくさんのセンサーのバッテリーをいちいち充電したり、交換したりするのは大変面倒です。
今回開発したシステムを使えば、常に無線で電力を送り続けることができるので、バッテリー切れの心配がありません。 またオフィスでも、スマートフォンやタブレットなどの情報機器を充電切れの心配なく使い続けることができます。 すなわち、充電する間、仕事ができずに待っている時間が無くなって、仕事の効率が格段に上がります。
更に電気自動車なども、運転しながら充電させることができるので、長距離の運転などでもバッテリー切れの心配から解放されます。 工場のロボットに装備すれば、充電しながら動き回ることができるので、24時間、工場を稼働させることができるようになります。
更には、飛んでいるドローンに充電させることもできるので、24 時間飛ばし続けることができます。これは古くなった建物や橋などが安全かどうか、あるいは川の水位が安全かどうか、山の土砂崩れは大丈夫か、などのモニタリングに重要な役割を果たすでしょう。また物流に使えば、日本中どこにいても、発注したその日のうちに荷物が届くのが当たり前の世の中になるでしょう。
日本は地震や台風など、自然災害の大変多い国です。自然災害が発生したとき、最も心細いのが、灯りが無く真っ暗で、またスマホなどの通信機器が使えなくなった時です。
その時も災害ヘリを飛ばしたり、災害ロボットを派遣して、照明やスマホなどに無線で電力を送って使うことができれば、きっと心強いことでしょう。
もう一つの視点として、私たちがこのようなワイヤレス電力伝送の技術に期待しているのは、単にコードが無くて便利だから、というだけではありません。地球環境問題に関わる課題として、今後化石燃料の使用量を減らし、再生可能エネルギー中心の社会を構築して CO2 排出量を実質ゼロにするために欠かせない技術と思っているからです。その理由を説明します。
太陽光発電や風力発電は、化石燃料を使わないクリーンなエネルギーであることは間違いありません。
ただ問題は、電気を使いたいときに使いたい分だけ発電してくれるのではなくて、例えば太陽光発電は直射日光が強いとき、風力発電は風が強いときに多く発電するということです。夜間や、風の吹かないときは発電してくれません。
電力が足りなくなったら大変なので、今は最も電力消費が大きいときに合わせて発電設備を作って、もし必要以上に発電したら系統から外して、いわば電力を捨てています。
現在、日本では1年間の使用量の2倍の発電設備で、電力を賄っております。もちろん余分に発電した電力を溜めておく蓄電設備もあります。ただ蓄電システムの能力は、現状では圧倒的に不足しております。手ごろな価格の高性能なバッテリーの開発が待たれますが、直ぐに十分なバッテリーができるわけではありません。
そこで期待されるのがこれから普及が予想される電気自動車とワイヤレス電力伝送を組み合わせたエネルギーシステムです。
電気自動車ならば、ワイヤレス電力伝送によって走りながら充電できるので、昼間太陽光発電が有り余る電力を発電したとしても、直ぐに電気自動車に溜めれば良い訳です。このようにワイヤレス電力伝送は、再生可能エネルギーの割合を増やすためにも今後非常に重要な技術になると考えています。
もちろん、以上述べたような IoE 社会を本当に実現するためには、技術の問題以外にも解決すべき課題は山積しております。例えば、電波法や社会システム、それから課金をどうするかなどです。また、政府は2050年までに、CO2排出量を実質ゼロにする目標を掲げました。その実現には、再生可能エネルギーの割合を大幅に増加する必要がありますが、かかる費用が膨大です。もしワイヤレス電力伝送システムの社会実装が進めば、その費用を大幅に削減することが可能になります。
誰がこの開発を進めるかですが、2050 年というのは今から 30 年後です。若い人は是非自分の問題として考えて頂きたいと思っております。
今後これらの議論が進み、いつか IoE 社会になって人々の暮らしが今まで以上に安心・安全で、かつ便利になることを目標として、我々は若い人たちにバトンをしっかりと渡すまで、開発を進めていきたいと思っております。