NHK 解説委員室

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「飢餓をなくすために」(視点・論点) 

WFP国連世界食糧計画 日本事務所 代表 焼家 直絵

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 今も世界では、食糧不安や飢餓の問題を抱えている国や地域が数多くあります。1961年に設立された国連WFPは、飢餓のない世界を目指して活動する国連の食料支援機関として、紛争や自然災害などの緊急時に食料支援を届けるとともに、途上国の地域社会と協力して、栄養状態の改善と強い社会づくりに取り組んできました。昨年は88の国と地域で約1億人に緊急支援物資の提供や栄養状態の改善の取り組みなどを行いました。

今年ノーベル平和賞をいただくことになりましたが、この受賞理由も、国連WFPの活動が飢餓との戦いに努め、平和構築に貢献し、飢餓が紛争の武器に使われるのを防止したこと、また新型コロナウィルス感染拡大の中での活動努力、食料の安全保障を平和の礎にするなどが挙げられています。

これは、飢餓をなくすことが平和への重要な第一歩であるとの認識を示すものです。戦争や紛争は食料不安と飢餓を引き起こす可能性があります。飢餓をなくすことは世界の平和の礎となるのです。

また、国連WFPは飢餓をなくすという同様の情熱をもつ政府、組織、民間セクターのパートナーとの連携を重要視し活動してきました。これを機に、何百万の人々が飢餓に苦しみ、その脅威にさらされていることに、世界の人々が目を向けてほしいと思います。そして、人々が連携協力し、より一層支援の輪が広がることを願っています。

今日は、世界の飢餓の状況について皆さんに知っていただき、国際社会に求められる課題を考えます。

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これは今年のハンガーマップです。世界の飢餓の状況を色分けしております。オレンジ色から赤、茶色と色が濃くなるにつれて、飢餓に苦しむ人々が増えています。飢餓、すなわち十分な食事をとれず、食料不安をかかえる人々は世界全体で約6億9000万人です。

飢餓人口が増えているのは、紛争と気候変動などの影響とみられる災害などの要因が挙げられています。紛争などではコンゴ民主共和国、南スーダン、シリア、イエメンなどでの紛争が長期化して食料の確保が難しくなっています。また、気候変動が原因と思われる干ばつや大雨、洪水などにより、家が流され、農作物が被害を受け食料不足になったりもします。今年は東アフリカを中心として、サバクトビバッタが大量発生し、今後、この地域の食料不安も懸念されます。
こういった状況のところに、新型コロナウィルスが追い打ちをかけました。新型コロナウィルスの感染拡大による世界各国での社会経済状況の落ち込みや、海外送金の減少、国境閉鎖、商業フライトの停止などを原因とするフードシステムの混乱のために、世界の食料安全保障は悪化を続けており、急性食料不安、つまり、急激に飢餓になる人々の人数は約80%増加し2億7,000万人になると予測されています。これは、国連WFP事務局長が発言している通り、「飢餓パンデミック」になる恐れがあります。事務局長は「ワクチンができるまでは最善のワクチンは食べ物だ」とも述べ、食料支援を滞らせないよう、国連WFPは努力しております。

新型コロナウィルスはいまだ世界中で感染拡大が続いていますが、国連WFPは世界中の飢餓の最前線で活動しており、「急性」の飢餓ニーズへの対応に力を入れています。
 ラテンアメリカでは急性食料不安に直面している人々が269%も増加し、西・中央アフリカと南部アフリカでも急増しています。
 また、コロナ禍の中、アフガニスタン、バングラデシュ、パキスタン、南スーダンなどの国々で大雨、洪水などが起こり、土砂崩れで家が流され、家の中まで浸水し、多くの人が非難を余儀なくされています。また、紛争が長引いているシリアやイエメンなどでも新型コロナウィルスの影響が広がり、食べ物がないのにもかかわらず、感染を恐れて食料配布場所に来ない人々もいます。紛争、豪雨、洪水によって人々の食料へのアクセスが途絶しているため、恐ろしいレベルの飢餓の脅威が迫っています。

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このため、私たちは被害の規模を緊急調査し、被害にあった人々に対し緊急食料支援を開始しております。
支援対象者数を過去最大の1億3,800万人に拡大しています。食料支援はコロナと闘う底力となります。食料支援がなければ、不安や抗議行動、移民の増加、紛争の深刻化、そしてそれまで飢餓から免れていた人々の間に栄養不良が蔓延する可能性があります。
世界80カ国以上で約1億人に対して食料支援を行う国連WFPのミッションは、いかなる危機下でも支援を必要とする人々に命を救う食料・栄養支援を直ちに届けることにあります。私が国連WFPに入職してから18年以上が経ちますが、このミッションを強く実感したのが2014年のエボラ出血熱の流行です。

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左の写真は、私が2014年にシエラレオネにて、様々な人道支援団体のエボラ支援物資を備蓄している倉庫を視察しているところです。右の写真はエボラ感染のため、隔離されている家庭への食糧支援を行っています。

国連WFPはエボラ対応として緊急食料支援を行っており、私は当時、感染が急拡大したシエラレオネの国連WFP事務所の副代表であり、支援事業責任者として隔離された地域の感染患者やその家族に食料を届ける支援を指揮しました。この時、支援を受け取った女性から「私たちは取り残されていると思っていた。来てくれてありがとう」と声をかけられたことが忘れられません。食料支援は命に直結するがゆえに、人々に明日への希望をもたらします。
また、必要なのは緊急食糧支援だけではありません。コロナ禍で各国がロックダウンなどの措置をとる中、サプライチェーンのなどの物流が滞るという問題が世界中で起きています。

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 そこで、国連WFPは世界保健機関(WHO)、国連システム、NGOコミュニティ、政府と緊密に連携し、現在、商業的な輸送が停止している場所や商業的な輸送が存在しない場所に踏み込み、物流・輸送サービスを提供しています。また、保健・人道支援者が被災地に到達することもサポートしております。 
 航空輸送サービスは人々の命を救う支援のバックボーンでもあるのです。5月の就航以来、9月までにアフリカ、アジア、ラテンアメリカ、中東の目的地に1,320便以上の旅客便と貨物便を提供しており、367以上の組織から67の目的地に23,500人以上の人道支援者と保健医療支援者を送り届け、医療品を含め重要貨物を世界157カ国に輸送しました。

また、新型コロナによって休校となり、日本でも学校給食の重要性が再認識されましたが、学校給食の普及も重要です。

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学校給食は、子どもたちの栄養状態や健康が改善されるだけでなく、出席率や成績向上にもつながります。食材は可能な限り現地から調達し、小規模農家とつながり、栄養状態と教育への恩恵に加えて、地域経済へもプラスの影響を与えています。また地域社会と協力して給食を提供することは、その国の教育制度に対する信頼感を高め、市民が助け合う社会を作り出す一助となっています。

 私たちは岐路に立たされています。今、国際社会が互いが連携しあい迅速かつ断固とした行動をとらなければ、今後何年にもわたり紛争や飢餓、貧困が増加すると警告しています。コロナ・パンデミックは、まさに国境のないグローバル危機です。
今こそ世界全体で連帯し、手を携えて危機に対応していく時だと強く思います。

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