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「モーリシャス重油流出 生態系を守るためには」(視点・論点)

JICA 国際協力専門員 阪口 法明

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 7月、インド洋の島国、モーリシャスのサンゴ礁に、日本の船会社所有の貨物船が座礁し、およそ1000トンの燃料重油が流出、海岸線約32kmの範囲に、オイルが漂着したとされます。
座礁地点付近のサンゴ礁と海岸には、自然保護区、ラムサール条約登録湿地、国立公園など、生物多様性上重要な保護地域が存在します。

モーリシャス政府の支援要請を受け、日本は3回にわたり、緊急援助隊専門家チームを派遣しましたが、私は第2次及び第3次隊メンバーとして、ほぼ1か月現地に滞在しました。
今日は、事故がサンゴ礁やマングローブ生態系にどの様な影響を及ぼしたのか、今後の課題は何なのか、調査で明らかになったことを紹介し、保全のために今後必要な対策を考えていきたいと思います。

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まず、サンゴ礁について見ていきます。座礁地点に近い12か所で、サンゴへの影響を調査しました。その結果、流れ出たオイルがサンゴに付着するなど、直接的な被害は見られず、調査した12か所全てでサンゴは生存していました。

しかしながら、座礁船が波で揺れ、サンゴ礁を細かく破砕することで、濁度(水の濁りの程度)が高くなっている場所がありました。
また、オイルフェンスを固定するための鎖やロープによって、物理的に破壊されたサンゴもありました。

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この調査結果から、直ちに座礁船を撤去できない状況下で、濁度の長期的影響が懸念されます。また、モーリシャスはこれから夏に向かいますが、水の濁りに海水温の上昇が加わり、複合的原因により、今後サンゴが劣化、死亡する恐れがあります。

このようなサンゴへの影響を減少させるため、私たち緊急援助隊は、現地の対策会議で、技術的助言を行いました。
一つは、座礁船の解体工程で、浮遊物質の発生を可能な限り低減する措置を講じること。
2つ目は、サンゴへの影響について、濁度など物理的要因を含め、長期的なモニタリングを実施することです。

長期的なモニタリングの実施体制の構築のため、まず、緊急援助隊チーム、モーリシャスの研究機関とNGOで、3つの常設モニタリングポイントを決定しました。

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 第一が座礁地点から近く、高い濁度にさらされているポイント、第二が濁度の影響が殆ど無く、比較対象としてのポイント、第三は座礁地点から離れ、他の2地点の中間の濁度を持つポイントです。
各ポイントで、国際標準の調査手法を用いて、各サンゴの被度(ひど)、つまりサンゴ礁の中で、生きたサンゴが占める割合を、定量化しました。また、サンゴなどの生物学的データだけでなく、環境要因との因果関係を明らかにするため、濁度、流速、海水温など物理的データを収集する計測機器を常設する予定です。
さらに、化学的分析のため海底の堆積物を採取しました。
このような手法により、座礁地点周辺のサンゴ礁長期モニタリングが開始されました。

次にマングローブに関する活動です。

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合計14か所で、オイルの影響調査を行いました。
オイル付着の程度は、場所により異なるものの、14か所中12カ所でマングローブの支柱根、幼木、及び地面にオイル付着が確認されました。

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調査時点でオイル汚染により枯死した木は確認されませんでした。
クレオール川河口周辺でオイルの付着がひどい場所が2か所ありました。

これら2か所では、満潮時マングローブ林内に流入したオイルが、複雑に張り巡らされた支柱根でとまり、干潮時も流れ出ずに林内に留まっていました。
さらにこの時期、多くの海草などが、満潮の度にマングローブ林内に漂着します。それにオイルが付着し林床に堆積していました。
もし、大量のオイルが林内に留まれば、根へのオイル付着が酸素供給を妨げ、今後、マングローブを枯死させる可能性があります。したがって、マングローブへのオイル付着がひどい場所では、影響を低減させるための効果的なオイル除去が必要となります。
 調査結果をもとに、対策会議で効果的なオイル除去について、技術的提案を行いました。

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一つは、干潮時、オイルが付着し、堆積した海草を除去すること。
また、満潮時、オイル除去シートを用いて、マングローブ林内水面に浮遊するオイルを除去すること、などです。
 今回、オイル付着がひどかった2か所のマングローブ林は、堅い地盤だったので、人が林内に入り作業することが可能でした。現時点で、オイルが付着したことによる衰弱、枯死した木は確認されませんでしたが、今後の影響により枯死する恐れがあります。

 マングローブの変化を、オイルの影響との因果関係とともに、早期発見し、適切に対処するために、長期モニタリングは不可欠です。
 オイルの影響を調査した14カ所の中から、マングローブのモニタリング地点4カ所を選定しました。マングローブには、堅い地盤と泥質の柔らかい地盤の、2種類があります。各地盤のタイプで、オイルの影響を受けた場所と、受けてない場所を選びました。各地点で、成木の数や幹の太さ、幼木の本数を計測し、オイルの付着状況を確認しました。また重油成分等の分析のために、各地点の土壌を採取しました。オイル汚染により、影響を受けたマングローブ生態系が、本来の状態にもどるまでに、30年以上かかるとも言われています。したがって、今回オイルの影響を受けたマングローブも、サンゴ礁と同様、長期モニタリングが非常に重要です。

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緊急援助隊活動の最終日、モーリシャス環境大臣に、活動結果報告を行いました。
大臣からは、「緊急援助隊活動による知見の提供、サンゴ礁およびマングローブ回復のための具体的対応策の提示は、極めて重要な貢献、自然環境回復のために、日本の専門的技術知見を今後も提供いただけるよう、心から期待したい。」と今後の協力への要請がありました。
今回は、限られた時間と場所での調査実施でした。したがって、今後、より広域且つ詳細な、沿岸域生態系への影響把握調査が必要です。また、オイル汚染の影響は、これから現れる恐れがあり、沿岸域生態系の、モニタリングと保全のための協力は引き続き必要です。
さらに、今回の座礁事故だけでなく、以前より開発、資源採取、気候変動なども様々な人為的圧迫要因が、この地域の生態系を脅かしている可能性もあります。

事故前よりも、健全な状態へと回復させる、Build Back Betterを目指すためには、これら複合的な圧迫要因に対処する、統合的な沿岸域生態系の保全管理が必要となります。
そのためには、生物多様性上重要な地域の保全とともに、劣化した生態系の再生も必要となります。
一方、持続可能な漁業・観光の促進を通じた、地域住民の生計向上も重要です。これにより、地域住民の保全への意識の向上が期待されます。また生態系モニタリングを通じて、保全と利用のバランスが保たれているか評価し、必要に応じて活動の改善を行う、順応的な管理を進める必要があります。
このようなアプローチを通じて、保全と利用が両立した生態系管理が可能となります。
ありがとうございました。

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