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「若手棋士の台頭と将棋界の展望」(視点・論点)

日本将棋連盟会長 佐藤 康光

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 藤井聡太二冠が棋士になって4年が過ぎました。この間、将棋界への注目度も高まり、また棋士の将棋に対する取り組み方も若手棋士を中心として様々な変化が起こりました。
今回は「若手棋士の台頭と将棋界の展望」と題して、お話していきたいと思います。

 今から4年前の2016年10月1日、14歳2か月という史上最年少記録で藤井聡太新四段が誕生しました。それから現在まで、将棋界の勢力図も世代交代が進み、大きな変化がありました。

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図は最近のタイトル保持者の変遷ですが、多くの新たなタイトル保持者が誕生しています。
逆の見方をすれば、タイトルを守る、防衛する回数がかなり少なかったとも言えます。
ここまでタイトルが移動するのは珍しく、一時は8大タイトルを8人で分け合う時期もありました。それだけ今が時代の過渡期といえるのかもしれません。

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現在は渡辺明三冠、豊島将之二冠、藤井聡太二冠、永瀬拓矢王座、この4名のタイトル保持者となっています。この中で、渡辺三冠は実績もずば抜けています。豊島二冠、藤井二冠、永瀬王座はタイトル獲得数はまだ多くないものの、活躍が続いています。

棋士個人としてタイトルを獲得する、優勝するというのが大きな目標であり、実績となりますが、その活躍を裏付けるのが対局数と勝率です。

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これは、ここ3年の対局数のベスト3です。当たり前ですが、勝たなければ対局数は増えません。この中では、豊島二冠と藤井二冠の名前が目立ちます。
藤井二冠も今年度に入りタイトルを獲得しましたが、下位の参加から3年間、ひたすら予選から勝ち続けた結果として、ようやくタイトルを獲得したと見ることもできます。

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次に勝率です。こちらは驚いたことに、ここ3年、渡辺三冠・藤井二冠・永瀬王座でほぼ独占している状態です。
上位と戦いながら勝率を上げるのは至難の業で、いかにここ3年で充実しているかが窺える数字です。

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渡辺三冠のように、タイトルを保持し続けながら、複数年コンスタントに上位にいることが、タイトル数を多く安定させる1つの条件になります。

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豊島二冠・永瀬王座は、今から5、6年前、AIとの対戦の中で、人間側としてAIに勝利した棋士です。AIとの対戦を前に綿密に対策を練り、そのあたりからAIの良い部分、人間にとって今までにない新しい考え、これを自己変革のためにいち早く積極的に取り入れ、実力向上の一助とした印象があります。

藤井二冠の出現は、年齢が上の若手棋士の意識を大きく変えました。

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棋士で本来20代というのは、上位へ登っていくのだけを目標にしていれば良い立場。
それが当時中学生棋士であった藤井二冠の出現で、追い越されるかもしれないと若くして危機感を20代が持ち、その意識の変化が結果として、今の若手棋士の層の厚さを生み、実績を積み重ねている背景があります。

 また、盤上の技術的な部分での影響として、AIの進化が欠かせません。現状、棋士も苦戦を免れないレベルで、ほとんどの棋士が序盤研究のパートナー、中終盤の棋力向上に使用しています。AIは全て評価が数値で出てくるため、心理がありません。最新形の研究、事前予習には役立ちますが、形勢が悪くなった時の逆転へ向けての対応など、実戦的な部分は確立されていない分野でもあります。

また、棋士の将棋の強さの源は、手を早く深く広く正確に読む技術です。
その繰り返しで勘が磨かれ、読まなくても判断できる力の「大局観」が生まれます。私見では、AIはあまり大局観らしきものが窺えません。常に先への読みのみで判断しているようにも感じられます。ただ手を読み進めることにより評価値が変動し、最善と思われる手の候補が変わることも多く、そのあたりの不安定さといいますか、同時にいくつもの手を読み進められるのはAIならではの手法であり、人間にはできない思考法ではあります。
一方、大局観のもと、ある程度の明確な基準があり、1つ1つ単独で丹念に手を読んでいく事は、人間ならではの思考法で、読みにブレが少なくなります。

 手の読み方に関しては、世代間でも違いを感じます。私のような50代の棋士は、棋士生活で考えると、AIとの関わりは短いことになります。その分、今まで人間のみが考えてきた部分の感覚を多く身につけています。善悪があると思いますが、対局ではリスクをなるべく減らすことを望みながらも、1局で少なくとも何回かは大きな決断を迫られます。
 その中で少しでも勝利への可能性の高い選択をすることが多いのですが、AIは先にわずか1つでも光明が見えていれば、リスクをいとわず進めていく。そんな印象があります。

 今の棋士はAIを使い研究するにあたり、様々な変化を調べていきます。その中でより多くのリスクを抱えながらも、前に進まなければ真理の追究がより進まない現状があります。ただ別のリスクとして、あまりにも量が膨大で不明瞭のままのところも多くなります。
 対局も様々ですが、持ち時間の短いNHK杯などは、意外にもベテランが活躍しやすいように感じています。これは、時間がない中迫られる「勘」については、経験に勝る年長者に確実性があるのではないかと思うからです。
 ある程度の局面の評価が存在し、点の数が無数に膨大で細かくちりばめられている現代と、先を中々見通すことができず、大きな基準となる点があった以前とは、考え方が違っています。現状AIが指し手を決めていくにあたっての明確な基準がまだ判明していません。人間は何らかの基準があります。そのあたりの研究が今後進んでいくことが予想されます。

 また現代は、より踏み込んでいくことが多いです。ただ、このアプローチは、基本最後まで走り抜ける強さが必要です。このスタイルを既に身に着けているのが、抜群の詰め将棋の解図力など、終盤力を誇る藤井二冠だと思います。今後このスタイルが主流になっていくのか、これからの将棋の進化・変遷につながってくると見ています。

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 さて、約1年半前になりますが、羽生善治九段が平成の時代の最後のイベントで、令和の将棋界を「カオス(混沌)になる」と予想されました。

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そして今、羽生九段は50歳で今期竜王戦挑戦者となり、タイトル通算100期というとてつもない記録を懸けて、豊島二冠と対戦します。その中でどういう戦いを見せるのか。
羽生九段は将棋界で突出した実績・実力で、約35年将棋界をけん引してきました。
また50代での新たなチャレンジが始まります。

 将棋界では20代後半から30代が最盛期と見られていますが、AIを伴った現代では、息長く戦える可能性もあると考えています。それは情報量・研究量等で棋士間で差がつきにくくなる可能性があるからです。
 私が修業時代、対局がある現地へ行かないと、対局者の感想の全ての情報が得られなかった時代とは、隔世の感があります。羽生九段が今後10年以上、変わらずタイトル争いをされていたらどうなるか。まさしく羽生九段が言われた「カオス」を、ご自身で表現することになるのではと考えています。

 各世代間の争いもより激化しています。また本日は棋士のみの話となりましたが、女流棋士も大きくレベルアップしています。
今後も将棋界にご注目いただければと思います。

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