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「脱炭素社会の実現を目指す企業の取り組み」(視点・論点)

日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)共同代表 石田 建一

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日本では今年、気温が40℃を超える日が多数あり、50年に一度といわれる豪雨も頻発しています。海外でも、カリフォルニアやオーストラリアの山火事、ヨーロッパの異常高温など、明らかに気候変動の影響が現れています。気候変動の影響は水、食料、伝染病など生活の基盤にも及び、このままだと2050年には10億人が現在の住居地を追われ、政情不安に陥るという指摘もあります。企業では工場などの保有資産が自然災害にさらされるといった直接的影響に加え、それらの資産の評価額が目減りしたり、猛暑で屋外での労働生産性が下がるなど、企業活動へ様々な影響が出てきます。
このため、世界は本気で気候変動対応を求めており、投資家がESG投資を活発化させた結果、脱炭素経営の質が実際に企業価値に影響してきています。

企業が進めるべき対応は、大きく3つあります。

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第一に自社の事業活動により排出するCO2をゼロにしていくこと、第二に自社の製品などを脱炭素化に貢献するビジネスに転換すること、第三に、適切な政策が導入されるよう政府を後押しすることです。
このようなことから、企業は脱炭素経営に舵を切る必要が出てきました。私が共同代表を務める「日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)」は、脱炭素経営を進める企業のネットワークで、各業種を代表する企業150社が加盟しています。本日は、JCLPの事例を交え、脱炭素化を目指す企業の取り組みを紹介します。
一つ目の自社の事業活動の脱炭素化は、いわば「取引のパスポート」になってきています。例えば、アップル社は2030年までにサプライチェーン全体の脱炭素化を目指すと発表しました。これは、アップル社に部品を納める企業に対して電力の100%再生可能エネルギー化などの脱炭素経営を求めることです。日本のメーカーもこれに対応出来なければサプライチェーンから外されます。このような動きが世界的な潮流になってきています。これまで、製品は価格や品質で評価されていましたが、これからはCO2排出という新しい評価基準が加わります。まさに、ゲームチェンジが起きているのです。
この対応としてRE100があります。
RE100は、企業の工場や事務所などの電力を再エネ由来のものに100%転換することを宣言するもので、アップル社の他、コカコーラ社やBMWグループなど世界のトップクラスの企業が多数参加する世界的な動きです。

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電力を大量に使用する大手企業が再エネ転換を宣言することは、再エネ電力が必要だとの電力供給側へのメッセージであり、再エネ市場拡大、スケールメリット発揮による価格低下といった好循環をもたらします。

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実際、日本でも2017年4月に最初の企業が宣言し、その後JCLP企業を中心にRE100に参加する企業が39社まで増えています。当初再エネ100%メニューを販売する会社はありませんでしたが、RE100参加企業が増えるに従って、再エネ100%メニューの販売会社は24社以上に増えています。このように自社のCO2をゼロにすると同時に再エネ電力の必要性のメッセージを生み出す。これが、第一の取り組みです。

二つ目は、社会の脱炭素化に資するビジネスの創出です。企業は社会の変化を踏まえ新たな製品・サービスを生み出す担い手です。例えば、積水ハウスは居住時のエネルギー消費を太陽光発電などの創エネルギーで相殺するネット・ゼロエネルギー・ハウスの販売を行っています。快適に暮らしつつ脱炭素化が実現できる住まいのソリューションで、販売する新築住宅の87%がゼロ・エネルギー・ハウスに達しています。CO2削減には、事業と関係無く排出権や再エネ証書を購入する方法もありますが、今回のコロナ禍のように業績が悪化した場合には、CO2排出権の購入ができなくなるかもしれません。しかし、脱炭素化とビジネスが一体であれば、仮に業績が悪化した場合でも、ゼロ・エネルギー・ハウスをもっと売ろうという事になり、脱炭素の取り組みを止めることはありません。
また、自然電力やみんな電力は再エネ電力の販売を行っています。今後、再エネのニーズが増えればビジネスが拡大することになります。最近、「GEが石炭火力から撤退する」とのニュースがありましたが、これは逆に時代のニーズに合わないと、ビジネスが成り立たなくなる事を示しています。脱炭素化とビジネスを一体で進める事が重要なのです。
JCLPには、日本で初めて浮体式洋上風力発電を実現した戸田建設など、脱炭素をビジネスとして進める企業、そしてそのソリューションを求める企業が多数参加しています。今年、企業間の相乗効果を生み出すため、各社のもつ課題や、解決策を共有する「脱炭素コンソーシアム」を作りました。また、固定価格買い取り制度に頼らない再エネ調達方法として海外では多く行われている、再エネ発電事業者と電力利用者が直接長期契約を行う事で、安定した再エネ供給を確保するPPAと呼ばれるスキームの実現を目指したプロジェクトを始めるなど、ビジネスベースの取り組みを進めています。
コロナ危機は、我々の行動や生活様式に大きな変化をもたらしました。今後デジタル化やリモート化などに対応したビジネスが拡大していく事でしょう。このような非常に大きな変化に対して、決して社会貢献だけではなく、ビジネスとして脱炭素化を進める、これが大事な点です。

三つ目は、適切な政策の導入にむけた政府の支援です。ビジネスベースで脱炭素化を進めるには、適切な政策がないと企業も投資をしにくいのが現実です。例えば、日本は世界で最初に電気自動車(EV)を製品化しましたが、大きく伸びていません。しかし、中国ではEVの強力な推進政策をとり、世界一のEV普及台数と多数のEV企業が現れています。
政策が企業競争力、立地競争力に影響を与えている点も重要です。

例えば欧州は、国境炭素税と呼ばれる政策を導入しようとしています。これは、端的に言えば、炭素税がない国からの輸入製品に自国と同等の炭素税を課すものです。

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日本に炭素税がない場合、欧州に自動車などを輸出する際に課税され、それは相手国の税収になります。どうせなら日本国内で炭素税を課してコロナ禍の復興予算に充当するなどの対策があっても良いかもしれません。アメリカも、大統領選挙で民主党のバイデン氏は、国境炭素税について前向きな姿勢を示しています。
日本でも、「再エネの調達が難しい」「将来国境税が課せられるかもしれない」という点から、「日本にこのまま工場を置いておいてよいのか」という議論も出てきています。
残念ながら現在の日本の政策は決して十分とは言えません。原因の一つに、これまで産業界が適切な政策の導入を支持してこなかったことが挙げられます。気候危機を避けるとともに、日本企業の競争力の維持のためにも、政府に適切な政策の導入を求めることが必要です。

気候変動は非常に大きな変化を起こすでしょう。本日は、その変化に対応するための、脱炭素経営の3つの柱をお話ししました。しかしその実践は、1社では困難です。企業間の連携、そして産官学が連携することが求められていると思います。

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