NHK 解説委員室

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「気象災害から身を守るために」(視点・論点)

環境防災総合政策研究機構 理事 村中 明

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 今年も7月初めに熊本県の球磨川流域など各地で梅雨前線による豪雨があり、大きな被害が出ました。先日は台風第10号の接近で、きわめて深刻な影響が出るおそれがあるということで、一時は緊張しました。台風第10号について言えば、被害は抑えられたという見方もありますが、6人の方が亡くなったり、まだ行方がわかっていません。大きな被害であったと捉えるべきでしょう。
 この10年くらいは毎年のように大きな気象災害が起こっています。また、災害の形も少しずつ変わって来ており、以前は土砂災害による犠牲者が目立っていましたが、最近は河川の氾濫や浸水に伴う水による直接的な被害が増えて来ているように思います。
災害から身を守る行動は安全な場所にいち早く避難することです。
 身を守るために、素早く的確な行動を取るためにはどうしたら良いでしょうか。
 それについて考えてみたいと思います。

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 最近の災害の特徴としては、近年大きな災害に襲われたことのない地域での被害が目立つ傾向にあります。岡山県倉敷市真備町の小田川、愛媛県大洲市や西予市の肱川、長野市の千曲川、熊本県の人吉市や球磨村の球磨川など、洪水、氾濫が相次ぎました。堤防の整備、強靱化や土砂崩れ対策の施設の設置などは長い期間をかけて確実に進んで来ています。また、ハザードマップの策定や防災訓練などソフト防災も進んでいます。こうした対策は確実に被害の軽減につながっています。一方で、整備が十分に進んでいない所も残されています。また、これまでの洪水対策の想定を超える大雨が降れば、災害につながってしまうケースもあります。こうした場所は全国各地にあり、大きな危険が潜んでいます。
 大雨や暴風などの自然現象は抑えることはできませんが、事前に予測し、その情報を的確に利用して、行動に結びつけることができれば、少なくとも人的な被害をなくすことは可能です。
 最近の状況からはこれまで以上に自治体、住民が一体となって災害に立ち向かって行かなければなりません。
これまで各地の自治体や地域の住民組織と事前の防災行動についての勉強会やワークショップを開催し、災害を防止するためのタイムラインと呼ばれる行動計画を作る活動に参加してきました。そこで改めて感じたことは、避難のための行動はそれほど容易な行動ではない、ということです。大雨や暴風などによって災害の危険が切迫しているときですら、自治体からの避難に関する呼びかけに対して行動が伴わない実態があります。
 防災は「人が動く防災」「人が人を動かす防災」であることが大切です。
7月の球磨川流域の洪水災害においても、流域の人吉市、球磨村、八代市では6年前からタイムラインを作り、自治体、住民が協働して防災に当たる仕組みができていました。大きな人的被害が出てしまったとはいえ、現地での聞き取りでは素早い行動で多くの命が救われた、ということも聞いています。何よりも防災のポイントは動くことです。
昨年の台風第19号のときも避難の途中で車が流された、土砂崩れに巻き込まれたといった話を耳にしました。避難するという行動は正しかったのですが、もう少し早いタイミングで行動に移っていれば防げたケースもあったことでしょう。
 避難の重要性をお話しましたが、もうひとつのポイントは避難行動に結びつけるための事前の準備です。避難が遅れる問題として「自分は大丈夫」「もう少し様子を見てから」といった正常性のバイアスが指摘されています。このような避難の遅れにつながる課題への対策としては、避難を前提とした準備をしておくことです。準備がしてあれば、状況が少し悪くなった段階ですぐに避難行動に移ることも可能です。この準備は、非常用の荷物や車など移動手段の確保などとともに、心の準備も非常に大切です。
土砂崩れや浸水などの災害が想定される所に住んでいる方には、少しでも早く避難行動に移るために、私は『警報の2時間ルール』といったことを呼びかけています。近年、気象の予測技術は格段に向上しています。大雨や洪水などの警報について言えば、現象が起こる前、数時間程度は余裕を持って発表することが可能になって来ています。警報が発表されてから大雨などの現象が起こるまでに数時間、さらに土砂災害や洪水が起こるまでに数時間、避難につなげる時間的な余裕は実はかなりあるのです。この時間を避難のための準備、実際の避難行動につなげようとするのが『2時間ルール』です。
残念ながら、警報が発表されたからといって直ちに避難などの行動に移る方はほとんどいないのが現実です。
 しかし、警報が発表されたときはいつもと違ったことが起こる、危機が迫っている可能性が普段に比べて格段に高いのです。警報が発表されたにもかかわらず様子を見ながら何もせずに時間を費やすのではなく、危機を回避するためにこの時点で準備を始めることが最も重要なポイントです。先ほどの話に戻れば、避難行動が遅れる原因は正常性バイアスであったり、行動に移るための準備の遅れであったりしたわけです。これを防ぐために警報の発表を耳にしたら時間を置かずにいつでもすぐに避難行動に移れる準備をしておこう、ということです。

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具体的には、必要な荷物をすぐに持ち出せる場所に用意したり、車で避難するのであれば、すぐ乗り込める場所に動かしておく、避難場所の確認、不在の家族に対して避難する可能性を伝え、行動を確認する、近隣の住民への声かけ、などが考えられます。
警報が発表されてからの2時間で十分に準備しておけば素早い避難に結びつけることもそれほど困難ではありません。要するに、警報をトリガー〔きっかけ〕として日常から非日常へとスイッチを切り替え、行動につながる心の準備をしておくことです。
 次に日頃からの防災への備えについて触れたいと思います。
 実際に大雨や暴風などの災害につながるような激しい現象が起こる前、普段からの備えとして「身の回りにあるリスク〔危険〕を知っておこう」ということを良く耳にします。

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具体的には自治体が用意したハザードマップであったり、地域で作成した防災避難マップなどであったりします。ハザードマップなどの活用はもちろん大切なことですが、強調しておきたいことはハザードマップを見て、リスク〔危険〕のある場所や避難経路を確認しておくだけではなかなか実際の避難行動には結びつきにくいという点です。
“リスク〔危険〕を知る”ということには、ハザードマップなどでの身の回りにあるリスク〔危険〕の確認のほかに、さらに2つの点を加えていただきたいと考えています。
具体的には、どのような時にリスクが高くなるのか、その地域の特性に注目することで災害につながる現象を理解することです。過去に地元で起こった災害に関する経験や他の地域で起こった災害事例などからも知ることができます。
地域の防災は地域で学び、地域で共有することが大切です。
もうひとつは、いざという時に具体的にどのような行動をとるか、を頭の中でシミュレーションをして、実際にハザードマップを手に歩いて体感することです。避難経路を歩くことで避難行動をイメージしたり、“いざ!”という時の行動のあと押しになることと思います。
 今年も台風シーズンはまだ続きます。
 身の安全は「素早い避難」から、そして素早い避難は「事前の準備」からを忘れずに、災害に備えてください。

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