NHK 解説委員室

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「急がれる無電柱化実現への取り組み」(視点・論点)

NPO法人「電線のない街づくり支援ネットワーク」理事長 髙田 昇

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今年も日本列島は、台風9号、10号と立て続けに暴風雨に襲われ、9号での停電は長い間続き、10号では50万戸程が停電となりました。昨年、一昨年はこの倍をこえる大規模停電がおこっています。その度に、多くの人たちの暮らしが寸断され、不自由を強いられているのが現状です。

激甚災害のたびに大きな障害となっているのが「電柱の存在」です。各地の電柱が倒れ、電線が分断され、停電だけではなく、避難や救助の障害となっています。

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この気候変動の時代に、私たちの身近にある「電柱」が災害時には凶器であり、障害物になることが普段見過ごされています。そればかりか、交通面で危険を秘めています。
細い街路の多い日本では、電柱の存在が通行上の支障となっています。電柱と自動車が衝突する事故に歩行者が巻き込まれると、死亡率が10倍に跳ね上がることがわかっています。
さらに景観面でも、困った存在です。防災、交通安全、そして景観の三つの視点から、強く無電柱化が求められているのです。

わが国の状況は、実は世界の先進国、そしてアジアの国々と比べても、大きく立ち遅れています。

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パリ、ロンドン、香港、シンガポールでは、ほぼ100%が電線の地中化を達成しており、ソウル、ジャカルタでも4割ほどで地中化が進んでいます。
一方、わが国では、最も進んでいる東京23区で8%、大阪市で6%、さらに地方に目を向けると、無電柱化は2%程度にとどまっています。
しかし、こうした実情にも関わらず、

日本では無電柱化はなかなか進んできませんでした。その最大の理由は、他の「電柱地中化先進国」と比べて、無電柱化にかかるコストがあまりにも高くついているところにあると思います。
 従来の方法では、1mあたり無電柱化の工事には30万円~50万円かかると言われています。しかし、本当にそんなに高いコストがないと出来ないのでしょうか。

私達NPO法人には、150人以上の建築・土木設計、製品開発、工事施工などの専門家が集まり、無電柱化工事のコスト削減について、検証を10年以上重ねてきました。
それらを通じて、従来の工法の課題を洗い出し、無電柱化関連製品・工法の新技術開発、そして行政や民間企業、地域との連携といった活動により、コスト削減の実現に手が届きつつあります。

無電柱化工事に関しては、日本では何十年もの間、大きな構造物を地下深く埋める工法が採用されてきました。この現状を改めないと前進は期待しにくいです。
そこで、4年程前に国も本腰を入れようと「無電柱化推進法」を制定し、私たち民間とも連携して、低コスト技術の開発、実用化も進みつつあります。

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従来は、車道なら80cm以上深く埋めていたのを35cmに、歩道なら15cmの浅いところでも良いとする基準の見直しや、1m以上の大きな箱を地下深くに埋めていたのを、30cm角の小さなボックスを設置するといったことを可能にする材料・工法の改良も進みました。そのことで工期も短縮が出来て、コストダウンに繋がっています。

この工法のスリム化をさらに進めていけば、コストは半減できると私達は考えています。
そしてコスト問題と合わせて、多くの先進国で取り入れていた、電柱を許容しない法制度上の取り組みも必要となるでしょう。
 ロンドンでは、早くからガスは地中に埋めているのに、電気は地上の公道を占有しているのはおかしい、ということで地中化を義務づけたように、先進国の多くの都市では、電柱を認めない制度が行き渡っています。

一方、日本では、国全体として見れば、まだまだ遅々として進まない無電柱化ですが、各地では、今までにない無電柱化実施の動きが見られるという希望材料もあります。

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京都府福知山市では、商店の街並みと空き店舗などを並行してリニューアルすることにチャレンジしつつあります。その一つとして電柱の地中化を成し遂げたところです。
ここでは、住民と行政、そして私たちNPOも入って勉強会を繰り返しました。
当初、工事期間中の不便、工事車両などの出入りといったことへの不安が多く出されましたが、街の発展や工事の手順、時間帯など細かいところまで相談し、詰めていきました。
印象的だったのは、現状写真と無電柱化した場合のシミュレーション写真を見ていただいたことで、全員が合意するに至ったことです。

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愛知県東海市では、伝統あるお祭りに電柱・電線が妨げになることから、無電柱化に踏み切りました。行政が説明会や勉強会を何度か行い、私もレクチャーをしました。災害や交通安全の問題についても、実例を示しながら理解を促しました。

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京都の先斗町は、おそらく日本で一番細い道で無電柱化を成し遂げているまちでしょう。まず住民がしっかりした地元組織を固め、大き過ぎる看板などを撤去するなど、「先斗町らしさ」に努めつつ、行政に支援を求めました。困難な事業でしたが、トランスなどの地上機器を個人の土地に置くような公民連携で乗り切りました。

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さらに新しくできた同じような団地でも、無電柱化している所と、そうでない所の違いについて、不動産鑑定士と私たちの仲間が共同研究をしました。
ほかの大学の研究室でも同様の論文が出されていますが、無電柱化によって、土地の価値が10%くらい高まることが実証されています。

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埼玉県川越や三重県伊勢では、お客が倍以上に増えたという事実も伝えたいと思います。このままでは先行きが暗いと考えた住民が、行政も交え、他の場所にはない歴史的建物に磨きをかけ、魅力ある街並みをすれば人を惹きつけるはずと考え、無電柱化に踏み切ったものです。

いろんなケースが少しずつではあるが、出揃いつつあります。しかし全国展開に繋げるには、まだハードルは高いです。その意味では、さらに私たち自身の意識を変えることが、第一の課題と言えます。

日本人は、みんな生まれてからずっと、電線・電柱のある風景に慣れ、親しんでさえいるかもしれません。しかし今、無電柱化に向けてのまちづくりに、本格的に取り組むステージに入っています。
多くの人が無電柱化を強く求めることが、その進展の原動力になると思います。

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