「新型コロナ対応と地方自治」(視点・論点)
2020年09月09日 (水)
京都大学 教授 曽我 謙悟
皆さん、こんにちは。今日は、新型コロナウイルスへの対応と地方自治の関係について、その現状と今後の課題をお話ししたいと思います。このような非常時において、日本の地方自治体はいかに対応したのか、この事態に特有の問題は何か。どのような課題がそこから導かれるのか。こういった問題を考えていきます。
現状のポイントは、つぎの三点にまとめられます。
国、都道府県、市町村の役割の混在。都道府県の境界線の実態とのズレ。そして、公務員削減による対応能力の不足。以上の三つです。これらのいずれにも、日本の地方自治の歴史や構造が、反映されています。
第一に、国と自治体の役割分担についてです。
新型コロナウイルスへの対応は、感染状況の把握、感染者に対する治療、感染の拡大を抑えるための対策の大きく三つに分けて考えられます。いずれについても、都道府県が中心的役割を果たしつつ、国と市町村も関わってきます。
感染状況の把握を担うのが保健所です。保健所は、都道府県に加え、政令指定都市、特別区、中核市、その他の一部の市に設置されます。戦後の日本は、保健所を中心に、乳幼児死亡率を低下させ、結核などの感染症を封じ込めることで、平均寿命を大きく伸ばしました。しかしその成功ゆえ、保健所の整理が進むとともに、高齢化への対応として、保健センターにおける病気の予防策などに重点が移っています。
つぎに、治療を担うのは医療機関であり、日本の医療機関の多くは民間病院です。しかし、医療計画を立て、医療提供の体制を整備するのは都道府県の役割です。医療計画では、いくつかの市町村を組み合わせた二次医療圏を設定し、病床数の目標を定めます。中でも、感染症病床は、換気設備などの費用がかかる割に、普段は稼働率が低く、民間の医療機関で維持するのは難しいのです。よって、公営病院の整備をはじめ、都道府県の政策選択が病床数を左右します。
こうした背景から、保健所や感染症病床数には地域による差が生じています。人口との対比で見ると、首都圏や関西地方などの大都市部ほど、これらは不足気味です。他方で、感染症は人と人の接触により広がるため、大都市部ほど感染は拡大しやすいのですから、構造的なミスマッチが生じています。
そこで、保健所と医療機関が対応しきれないとなると、人々の活動を減らすことで、感染の広がりや速度を抑えることとなります。しかしそれは、経済的、社会的影響が大きく、そのダメージを和らげる対応も必要となります。国が緊急事態宣言を出した後、具体的な対象や基準の設定、さらに休業への協力金の仕組みなどを決めるのは都道府県となります。小中学校の休校や、10万円の給付金の業務を担ったのは市町村です。
このように、国、都道府県、市町村が協力して対応にあたるのは、融合性が高い日本の地方自治の特徴をよく示しています。
つぎに、第二の点、都道府県の境界線が実態とズレているという問題に移ります。都道府県は、特に大都市部では、感染症への対応を行うには狭すぎるのが実態です。人々の移動範囲が拡大し、日常的に都道府県の境界線を越えての移動が行われているからです。市町村は、明治、昭和、平成と合併を繰り返したのに対して、都道府県は、明治以来150年間、境界線にほぼ変更がないことが、この状態を生んでいます。
同時に、長く安定的に存在しているため、都道府県は人々に定着しており、県民意識が多くの人に持たれています。日々、都道府県を単位として感染者数が報道され、それに一喜一憂することで、この意識はさらに高まります。
こうして、社会・経済的な実態とはズレがあるにもかかわらず、県民意識が強いことが組み合わさると、よその都道府県から感染症が持ち込まれることへの抵抗感、嫌悪感が生じます。そして、住民から選出される知事の中には、その声に応えるものもでてきます。都道府県の境界線に、あたかも「壁」をつくろうとするような発言がなされてきたのは、このためです。
さて、第三の自治体の職員不足です。地方公務員の数はこの20年間、減り続けてきました。
図では、1989年の値を100として、それ以降の変化を示しています。紫色で示した地方自治体の一般行政職員、つまり警官や教員を除いた職員は2000年代にほぼ2割減少しました。とりわけ、青色で示した保健所職員は、保健センターへの置き換え以上に削減が進み、一般行政職員の中でも特に大きな減少を見せています。このため、感染症へ対応できるような専門性を備えた職員が不足しています。
こうした状況に対応するため、自治体は相互の連携を発達させてきました。災害の発生時には、被災地の自治体に対するさまざまな支援が、他の自治体から提供されてきました。
ところが、今回の感染症対応では、連携は低調です。感染症の不確実性があまりに大きく、いつ自分のところでも感染が拡大するかわからない状況では、応援を出すのは難しいからです。
結果として、感染者が多い自治体においては、保健所職員を中心に過大な業務が発生しましたが、その対処は現場の職員の頑張りに頼ってきたと言えます。
以上の現状を踏まえて、今後の三つの課題を指摘したいと思います。国と自治体が担うべき役割の再整理。自治体の連携強化。そして、行政の役割と規模の見直しです。
第一に、国と自治体の役割についてです。
自治体の強みは、地域ごとに異なる状況に応じた政策の立案、実施ができることです。感染症対応においても、自治体が果たすべき主たる役割は、自分たちの地域の感染症の状況と保健所や医療提供体制を照らし合わせて、とるべき対応を決めることです。また、自分たちの地域の産業構造などに応じて、社会や経済に与えるダメージを抑えつつ、感染の拡大を防ぐために、とるべき抑制策を決めることです。
他方で、国は、全国共通であるべき問題の対応を担うべきです。人々の活動の自由への制約はどのような条件でどこまで可能となるのかといった国民の権利に関わる法制度の整備や、予防や治療に関する医学情報や治療方法の開発に関する業務は、自治体ではなく国が担うべきものです。
第二の自治体の連携強化は、二つの側面に分かれます。
一つは、感染症の把握、医療提供体制の確保、感染拡大の抑制策を担う部門間、および都道府県と市町村の間での連携の強化です。特に政令指定都市や中核市を多く抱える都市部では、都道府県への集約の程度が低いので、一層の連携が必要となります。この連携をとらないまま、たとえば、人々の安心を得るために検査の拡大を行っても、そのあとの医療機関の対応が難しくなるだけです。
こうした連携をスムーズに行うためにも、行政の意思決定は、明確な情報に基づくべきであり、実態の把握や予想においては、科学的な分析が用いられるべきです。
もう一つは、都道府県の間での連携です。特に大都市部では、一つ一つの都府県だけで対応をとっても効果が上がらないので、調整と協力が必要になります。日常的な生活圏として一体化しているにもかかわらず、バラバラの方向を向き、さらにはお互いの批判を行うようなことが続けば、都道府県の枠組みに、抜本的な見直しが必要ということにもなるでしょう。
最後に、自治体をはじめ行政の役割と規模についてです。
この30年間、行政の効率化、スリム化を求めてきた結果が、現在の人手不足を招いています。しかし、自然災害や感染症の拡大といった非常時こそ、行政の活動が私たちの生活や生命を支えます。行政はいわば私たち全員で掛け金を支払う保険です。その支払いを節約しすぎて、肝心のときに機能しない行政となってしまうのでは、「安物買いの銭失い」です。職員を確保し十分に機能する行政によって、皆さんも安心を得ることができるのです。強い行政と強い社会の組み合わせ、つまり、行政には十分なリソースを与える代わりに責任を明確にとらせる。同時に社会の側も何もかもを行政任せにしない。こうした組み合わせへ向かうべきだと、私は考えます。