「米中対立をどうみるべきか」(視点・論点)
2020年09月02日 (水)
東京大学 東洋文化研究所 准教授 佐橋 亮
アメリカと中国の対立が深まっています。世界を襲う新型コロナウイルス感染症の前に、ここまで関係を悪化させてきた両国も協力するのではないか。そのように期待を寄せた人もいるかも知れません。しかし現実には、両国は互いをコロナ感染拡大の責任や、政治体制までも巡って批判しあっています。なぜ、世界第一、第二の大国であるアメリカと中国は、これほどまでに関係を悪化させたのでしょうか。
米中関係の展開
まず、米中関係の流れを振り返ってみましょう。
VTR(米中関係流れ)
アメリカと中国はソ連を念頭に置いたニクソン大統領の対中接近をきっかけに、1979年に国交を正常化させますが、アメリカは中国の発展のために協力を惜しみませんでした。米ソ冷戦の終結後、中国の人権問題に加え、早くも、中国の成長が将来にもたらす問題を提起する声もありましたが、アメリカは投資を拡大させ、中国の世界貿易機関への加盟も後押しするようになります。そして中国は大きな経済成長を遂げたのです。
世界経済がリーマン・ショックに苛まれた時期から、両国の関係には変化の兆しが見られます。経済危機からいち早く脱し、軍事力も増した中国は、周辺国への圧力を強めます。アメリカに対するサイバー攻撃や中国の海洋進出も注目されました。オバマ政権の第二期、とくに後半には中国との関係を見直し、中国の台頭に正面から向かい合う転換点に立っている、との意見も多く見られるようになっていました
ここで登場したのが、トランプ政権です。
多額の対中貿易赤字、またアメリカに雇用を取り戻すというトランプ政権の「アメリカ第一」の方針により当初より関係悪化が危惧されていましたが、首脳会談を経て中国との関係は一旦安定をみせます。しかし、2018年から政権内で経済強硬論が強まり、トランプ大統領は外交の重要な手段として関税を強調するようになります。米中の貿易協議は成果を上げられず、トランプ政権は中国による知的財産権侵害を理由に多額の関税をかけ、中国も報復措置を取ります。このように18年から、いわゆる「貿易戦争」が本格化しました。
米中関係が貿易問題で悪化するなか、安全保障や技術覇権に対する中国の脅威を問題視する声もアメリカ政界で説得力を持つようになり、立法措置を含め、輸出管理や投資の規制を強化し、技術流出を防ぎ、情報通信網から中国製品を排除しようという政策が取られます。
貿易では、その後も一筋縄ではいかない交渉が繰り返されましたが、昨年末には、経済への悪影響を懸念し、交渉の着地を目指した両国政府が「第一段階」と呼ばれる内容に合意します。少なくともトランプ大統領にとって、米中対立はここで休戦状態となったのです。
しかし、アメリカで新型コロナウイルス感染症が急速に広まる3月頃より、トランプ政権は中国のコロナ対策の不透明さが感染拡大を招いたと強く攻撃するようになります。
さらに5月より、新疆ウイグル自治区における人権状況、香港に対する国家安全法の適用をめぐり、アメリカは中国政府の対応への批判を強めます。それまでも批判はみられましたが、経済制裁が実行に移されるようになりました。7月には、トランプ政権の4人の閣僚級の政府高官が相次いで中国について演説を行い、厳しい口調で中国の政治体制を批判し、また技術流出や政治工作などを糾弾しました。
この状況は、18年、19年に貿易戦争が米中対立を深め、安全保障や技術に関するアメリカの取り組みも促進させた関係に類似しています。今は、貿易問題に変わり、改めて批判されている中国の政治体制、人権問題が、アメリカの対中姿勢を硬化させ、安全保障や技術に関する取り組みに必要な政治環境を作っています。
なぜアメリカは中国に強硬になったのか
なぜアメリカは中国に対する姿勢をこれほどまでに強固なものに変えたのでしょうか。
再選を目指すトランプ大統領のパフォーマンスとだけでは言い切れない、2つの要因、つまり、米中関係における力関係の接近と対中不信の高まりが背景にあると私は考えています。
第一の要因は、パワー、すなわち米中の力関係が接近していると言うことです。中国の経済力は既にアメリカに迫るものですが、さらに技術力も、先端分野を見ればアメリカと激しい競争関係にあります。軍事力では今は米軍が優位ですが、人民解放軍の技術開発に民間の技術も取り込まれる、いわゆる軍民融合が懸念され、アメリカは技術競争にかなりの危機感を持っています。
第二の要因は、アメリカが中国に対する不信を強めていると言うことです。アメリカと中国の関係が構築されてからのこの40年、アメリカには中国が政治、経済において「改革」を進めていく、国際社会にも先進国とともに協力をしていくとの期待がありました。しかし、この10年ほどの間、中国は全く異なる方向に向かっているのではないか、そのような疑問がアメリカの政界、専門家の間で広がりました。さらに、感染拡大や中国での人権状況の悪化の報道によって、アメリカ世論も中国に厳しい目を向けるようになりました。
今私たちの目の前で起きている米中対立は、そういった背景で硬化したアメリカの対中姿勢が大きな原動力です。しかしこれは、中国が変わったことも意味しています。中国は40年前と比べて大きな力を持つようになり、技術を高度化させ、同時に習近平政権の下、国内外における強権的な姿勢を強めてきたこともまた事実です。それがアメリカの変化を招いたということです。
今後の展望
それでは、アメリカと中国の関係はこれからどこに向かうのでしょうか。
米中対立は当面収束することはないでしょう。今アメリカでは大統領選挙が行われています。トランプ大統領の再選の場合、米中対立は今の通り継続するでしょう。バイデン民主党大統領候補が当選したとしても、米中の力関係が肉薄し、また対中不信が強い状況は変わりませんので、対中政策は厳しいものになると言われています。また中国もアメリカとの対立を辞さない強硬な姿勢が目立ってきました。
私たちは「米中対立が前提となる世界」が目の前に広がっている、そのような認識を持つべきではないでしょうか。
同時に、私は安全保障という観点だけではなく、自由や人権をどう守っていくのか、そのような考えをどちらの当事国政府も持つことが必要だと考えています。基本的人権や法の支配を中国に訴えることはもちろんですが、アメリカも多くのアジア系市民や留学生が差別を受けないように努力する必要があります。
また世界各国は協調することで多くの地球規模の課題に対処していく必要があります。世界も「新冷戦」を現実のものとして、2つの陣営に分裂することを望んではいません。
冷戦期の米ソとは異なり、アメリカも中国も、また世界も、互いに強く経済・社会的に結びつき、科学・技術を発展させ、生活を豊かにしてきました。平和と安全保障を確保しつつ、人類文明を引き続き発展させていく知恵が政策に求められています。
政府だけでなく、私たち市民も、そのような問題意識を持って、あるべき国際秩序を模索していくべきではないでしょうか。