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「いのちを守る森づくり」(視点・論点)

横浜国立大学名誉教授 藤原 一繪

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 皆さんは災害への日頃の備えはできていますか?近年、甚大な自然災害が相次いで発生しています。天災は避けることができませんが、減災によって被害を最小限に食い止め、私たちのいのちや生活を守っていくことが重要です。

 今日は私が取り組んできた植生生態学の観点から、災害時に緑がどのような機能を持っているか、そして減災を進める一つの方策の、いのちを守る森づくりについてお話ししたいと思います。

 まず防火面の機能について、過去の自然災害の現地調査で明らかになったことを見てみます。

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 これは1995年の阪神・淡路大震災で大火が発生した、神戸・長田町の震災から1か月後の状況です。このように焼失している場所がある一方、黒い樹林の後ろには、焼け残った家が点在していました。樹林はシイ、クスノキなどの常緑広葉樹でした。常緑広葉樹林が防火帯になっていたのです。1976年の酒田市の大火でも、常緑広葉樹の屋敷林が焼け止まりになっていました。

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 次に土砂崩れを防ぐという面から見てみます。
神戸市の浄水場では、ススキ草原であった斜面が崩れ落ちていました。 六甲山も土砂崩壊がみられました。六甲山は花崗岩基盤の乾燥した崩れやすい山で、治山工事の成果で現在の緑の山がありますが、斜面の常緑広葉樹林を伐採したため、土砂崩れにあったお寺がありました。森で覆われていない場所は土砂崩れを起こすという例です。

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 津波や高潮などの、防潮の面からお話しします。
2011年の東日本大震災発生から1か月後に行った現地調査では、白砂青松の公園のマツが津波ですべてなぎたおされていました。私が南相馬市、旧原町市の皆様と、海岸につくった森までも流されていました。

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しかし南相馬市の雫浄化センターでは、市民によってつくられた森が津波の力を減災していました。、海抜10メートルの高い台地に津波が押し寄せ、マツを押し倒し、市民がつくった森も15メートル押し倒したものの、その先を壊すことはなく、水路をそのまま奥に進み、道路にぶつかり力つきた様です。
厚い森は津波の力をも減災することを確信しました。

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その森は、5年後の調査では何事もなかったように、元気に初夏の新葉をつけていました。

今度は土砂崩れへの影響です。
2008年の岩手・宮城内陸地震、2016年の熊本地震などの写真を解析したところ、スギ林や草地が地震の揺れで崩壊しやすいことを示していました。一方、土砂崩壊地でも、まわりに自然林が残っていた家屋は、崩壊から逃れていました。

なぜ自然林のある場所は土砂崩壊を防げたのでしょうか。そこには樹木の根の深さが関係しています。

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 常緑広葉樹の根の深さをみる為、大分市の青葉台団地の建設時に、2メートル四方で深さ10メートルのガラスの箱を、工事後の捨て土斜面に埋め込んでもらいました。斜面には、高さ40センチのカシ類、シイ、タブノキ他の常緑広葉樹の苗木を密植、混植しました。10年後の調査で、何も肥料がない土地に植えられたこれらの苗木は、アラカシで高さ7メートル、根は地下6メートルにも伸びていました。
 このように、さまざまな常緑広葉樹を密植、混植することによって、植物同士の競争が促されて成長が早まり、それがカシ類の根の深さとあいまって、斜面安定に寄与することがわかりました。

 ここまでの例を見ると、地震に対し人工物だけでは弱く、みどりの機能と併存した命を守る設計が必要であるといえます。みどりの強さは、植物の種類と構造により違いますが、火災、 斜面崩壊や風衝などに耐え、 斜面の崩壊は、基盤となる土壌ごとに、上部のみどりが安定自然林を構成していることで制御できます。根の発達、集団構造による緑地の機能の増加が減災につながっています。
 一方、若いみどり、単層のみどりほど災害に弱く、根を横にはるマツやスギの針葉樹、単層林は災害に対して弱いことがいえます。

 東日本大震災の津波は高速道路で止まったのではないかと言われています。海岸沿いに高速道路のようなしっかりしたマウンドがあり、その上に森が発達していたら津波のエネルギーを抑えられるはずです。

 日本の海岸は、砂防、防潮林としてのマツ林は、白砂青松の景観的な要素が強いと言えます。住宅地、ゴルフ場、耕作地、大型リゾート地に開発されることが多く、防潮林の役割を持ちません。

 ここからは、森づくりで砂防・防潮林の育成をしている事例を紹介します。

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石川県加賀市では、1911年来、海岸に高さ10メートルの砂丘を形成して、砂丘草原植物を植栽し、後背地にマツを植林して育成を図ってきました。
フランスの土木と日本の生態土木でつくりあげた海岸で、開発せずに現在も守られています。いのちを守るためには、このような海岸地形と森をつくり育て、保全する計画が必要です。
 緑、とくに森林は、大きな災害だけではなく、私たちの生活に密着した身近な環境においても、気温調節や防火の機能を持っています。

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 横浜国立大学の現在のキャンパスは、元ゴルフ場跡地に1974年に完成し、2年後の1976年に大学で最初のふるさとの森づくりが行われました。当時入手可能な常緑広葉樹林構成種の苗木が、1平方メートルに1本植樹されましたが、現在は鬱蒼とした林分に成長しています。5周年記念にも同様の苗木が植栽され、現在のキャンパスの緑ができました。
 この緑の機能の気温効果を大学院生が研究したところ、夏は周辺の住宅よりも3度低く、冬は3度高いという結果がでました。またキャンパスは広域避難場所に指定されているため、防火機能を既存の樹木の防火度と照合して計算した結果、自然林で構成した種類の苗木で再生された森が命を守る防火度が高く、シバ地は弱い結果でした。

 では最後にもう一つ、いのちを守る森づくりの事例を紹介しましょう。

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 横浜市の海岸埋め立て地に、市が横浜市立大学医学部建設を決めて、隣接する2つの企業と境界部に幅5メートルずつ土地を提供し、マウンドを形成して、市民が参加して苗木を植栽しました。森は現在潮風からキャンパスを守り、病院の来入院患者を癒しています。苗木はふるさとの森の高木構成種で、根がしっかり発達した高さ30センチ以上の苗木を使い、1平方メートルに3本密植、隣り合わせに異なる樹種をランダムに植栽しました。
 あとは苗木同士が光に対し競争して伸びていきます。植物それぞれが異なる成長戦略を持っているので、共倒れしません。光合成の為に競争して成長する個体、我慢してゆっくり成長する個体、共存して成長する個体など、多様な種類が集まることで、強い森をつくります。こうした森づくりは、ケニアやネパール、中国の荒廃地にも応用し、世界に展開しています。
                                 
 このように、多様な種類の樹木が作り出す森が、私たちのいのちを守るということがお分かりいただけたと思います。
 緑の自然環境をチェックして、強い地域では住宅地、生産地、経済林に利用する、あるいは楽しむ公園を作ることはよろしいですが、鎮守の森や天然記念物のようなふるさとの森や、壊したら元にもどせない湿地のような弱い自然は守る。

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命の危険がある場所は、土木技術プラス成長するごとに強くなるふるさとの森を、皆さんが参加して苗木を植えて再生する。人間社会も多様性が求められる中、植物も多様性が災害に対する強さとなっているのです。

 皆さんの、今お住まいの周囲の緑環境を良く観察していただき、守るべき緑を守り、危険な地域にはいのちを守る森づくりをぜひ実施してほしいと思います。

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