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「温暖化時代の備え 季節予測の最前線」(視点・論点)

海洋研究開発機構アプリケーションラボ 副主任研究員 土井 威志  

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九州地方を中心に大雨による被害が出ています。同じ梅雨の時期でも、今年のように大雨による災害が相次ぐ年もあれば、2年前のように、6月に関東地域が梅雨明けする年もあります。また、夏は夏でも、猛暑だったり冷夏だったり、冬は冬でも暖冬だったり厳冬だったりする年がありますね。このような季節の“不順”が今日のキーワードです。

その原因の1つが、海洋性の気候変動現象です。これは、数年に1度、自然に発生する現象で、大気と海洋が連動して変動する現象です。その代表的なものが、熱帯太平洋で発生するエルニーニョ現象です。エルニーニョ現象が発生すると、熱帯太平洋の東部で海面水温が平年より高く、西部で海面水温が低くなります。この水温の変化によって、熱帯域で雨の振り方が大きく変わり、その影響が大気を介して伝わることで、世界各地に季節の不順を引き起こします。

しかし、昨年から今年初旬にかけて、世界各地で季節の不順を引き起こしたのはエルニーニョ現象ではありませんでした。過去最悪と言われる山火事がオーストラリアで発生したり、東アフリカで雨が増え、食糧不足を招くバッタが大量発生したり、日本は記録的暖冬になったりしましたが、このような事態を引き起こしたのは、インド洋で発生するダイポールモード現象と呼ばれる現象です。

インド洋ダイポールモード現象を、一言で説明するならば、「インド洋で起こるエルニーニョ現象」です。熱帯インド洋の空と海がお互いに影響しあって発生する現象で、数年に1度、夏から秋にかけて発生します。インド洋ダイポールモード現象は、約20年前に、私の所属する海洋研究開発機構の山形俊男博士、Hameed Saji博士らのチームによって発見されました。ダイポールの名前は、海面の水温や、海面の高度、雨の振り方など、空や海に現れる異常がダイポール(すなわち双極子の)構造で現れることに由来します。

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インド洋ダイポール現象には正と負の符号がありますが、この図は正のダイポールモード現象の模式図です。赤色は平年より海面の水温が高く、青色は平年よりも低いことを示しています。白色の部分はダイポールモードが発生しているときに雨が多くなることを表し、矢印は海上の風の変化を表します。例えば、2019年のように、正のダイポール現象が発生すると、熱帯インド洋の南東部で海面水温が平年より低く、西部で海面水温が高くなります。この西高東低の水温の変動に伴い、通常は東インド洋で雨をもたらす活発な雲の集まりは西に移動し、東アフリカでは豪雨を招きます。逆にインドネシアやオーストラリアでは雨が少なくなり、厳しい干ばつと山火事を引き起こします。また、大気循環の変動を通して、西日本では雨が少なく、気温が高めに推移する傾向があります。
このように、インド洋のダイポールモード現象は、インド洋周辺国だけでなく、東アジアやヨーロッパなど、世界各地で季節の不順を引き起こします。その結果、アフリカではマラリアなどの感染症の大流行や、オーストラリアでは小麦の凶作などを引き起こし、私達の安全・安心を脅かす程甚大な被害を与えることがわかってきました。

このような被害を少しでも減ずるためには、数ヶ月前から事前にそれらの発生を予測し、適切な緩和策を具体的に検討することがとても重要です。

私が所属するアプリケーションラボでは、コンピュータを使った予測シミュレーションを開発してきました。

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これは、海洋観測とコンピュータのリレーのようなシステムです。まず、はじめに、現時点での、海の水温の状況を知る必要があります。熱容量の大きい海の水温が、平年と違った状況にあると、数ヶ月先でもその情報が消えず、季節の不順を引き起こす種の役割をします。

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現在は、衛星や自動浮き沈み測器によって、時時刻刻と変化する海の水温をリアルタイムで観測することができます。その情報をコンピュータにバトンパスして、予測シミュレーションを実施します。その時に使うソフトウェアが、気候モデルと呼ばれるものです。これは、海や空や陸などの自然がどう移り変わっていくかを、物理法則に従って計算できる方程式の集まりです。10分程度先の未来について、繰り返し計算することで、数ヶ月先の未来を予測します。このような技術は「季節予測」と呼ばれます。海洋研究開発機構は、海洋観測システムの発展に尽力していると共に、世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を有します。私たちは、それらを効果的に使い、季節予測技術を磨いてきました。

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私達の開発した季節予測シミュレーションは、「SINTEX-F」と名付けられています。エルニーニョやインド洋ダイポールモードなどの発生に加えて、それに伴う季節不順などを予測し、約15年前から、毎月準リアルタイムに、その情報をWebサイトで配信し続けてきました。学術的にも先駆的な成果を上げてきました。例えば、2019年に発生した過去最大級のインド洋ダイポールモード現象については、半年以上も前の時点で、予測が的中しました。

近年、世界各地で極端な季節の不順が頻発しています。その背景にあるのは、地球温暖化の進行です。従来、高温である地域は、更に高温化し、雨の多い地域では、更に雨が多く、雨が少ない地域は、更に雨が少なくなりつつあります。そのような状況下に、エルニーニョやインド洋ダイポールモードなどの数年に1度、自然発生する気候現象の影響が畳み掛けてくると、その被害は甚大化しやすいといえます。2019年のオーストラリアの山火事などは、まさにその一例です。すなわち、温暖化の進行と共に、オーストラリアでは高温・乾燥化が進んでいますが、そのような状況下で、インド洋ダイポールモード現象が発生し、更に高温・乾燥化を促し、過去最悪の山火事を引き起こしました。

地球温暖化と、エルニーニョやダイポールなど現象は、異なるメカニズムで発生する別の事象です。しかし、温暖化が、エルニーニョやダイポールの特徴を変化させたり、規模を極端化させたり、発生を頻発化させたりする可能性などが指摘され始めました。従って、進行中の温暖化を背景として、季節予測と、それを基盤とした適応策の探索は、益々重要になってきました。私達も、季節予測情報を、農業や感染症などの社会問題に応用する研究を実施しています。例えば、南アフリカで、マラリアの流行を早期に警戒するシステムを開発したり、米や小麦などの作物の豊作・凶作を数ヶ月前から予測し、世界規模での食の安全を守る対策を研究したりしています。

最後になりますが、私達のシミュレーションでは、2020年6月時点で、この夏にも中程度の正のインド洋ダイポールモード現象が発生する可能性が比較的高いと予測しています。正のインド洋ダイポールモード現象は、日本に猛暑をもたらす傾向があります。一方、太平洋では、ラニーニャ現象と呼ばれる、エルニーニョ現象とは符号が逆の現象が、現れ始めました。ラニーニャ現象も日本に猛暑をもたらす傾向があります。今年の猛暑にも注意が必要です。

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