「性犯罪厳罰化への課題」(視点・論点)
2020年04月08日 (水)
一般社団法人 Spring 代表理事 山本 潤
2017年、刑法の性犯罪規定は、法定刑を引き上げる厳罰化や、被害者に男性も含めるなど、110年ぶりに大幅改正され、3年後に見直しを検討すると、定められました。
3年後の今年、2020年は刑法性犯罪見直しの年です。
本日は、今年3月に出された愛知県の 逆転 有罪判決を軸に、性暴力と司法について、考えたいと思います。
2017年、愛知県で抵抗できない状態の19歳の実の娘をレイプしたとし、父親が準強制性交等罪に問われました。
昨年3月の地方裁判所判決では、
・父親は、被害者が中学2年生から、性的虐待を繰り返していた。
・19歳時点での、父親から娘への性交はあり、娘の同意はなかった。
ことを認めました。
しかし、
・日常生活全般において被告人の意向に逆らうことが全くできない状態ではなかった。
・こめかみを殴る、足を蹴る、背中を踏みつけるなどの暴行は、実父との性交を耐え続ざるを得ないほど、極度の恐怖心を抱かせるような強度の暴行ではなかった。
などとし、強い支配従属関係ではなく、抗拒不能と断定するには合理的疑いが残るとして、無罪としました。
しかし、今年3月、名古屋高等裁判所はこの地裁判決を破棄、父親を懲役10年とする逆転 有罪判決を出しました。
判決理由は、
・性交以外の日常生活が自由にできることと、性交時に抵抗が困難になることは矛盾しない。性的虐待が行われている一方で、普通の日常生活が展開されていることは、虐待のある家庭では普通のことという専門家証言を地裁判決は軽視し、誤った判断に至った。
・抵抗したことで暴行が強まり、弟らに部屋に寝てもらうなどして回避したことで、性交の頻度が増し、被害者の無力感を増強させた。
など、地裁判決は実子への継続的な性的虐待の実態を十分に評価しなかったとして、抗拒不能を認め、逆転有罪としました。
この経過を見ると、日本の司法では性暴力に対し、全く異なる眼差しが存在し、その眼差しによって、正反対の判断が下されてしまうこと。
抗拒不能という要件で、性犯罪か否かを判断することの難しさを感じます。
私自身にも、13歳から20歳まで実父から性加害をされた経験があります。
加害は徐々に進行し、暴行脅迫もなく、日常的に繰り返され、抵抗することはできませんでした。しかし、私の被害を性犯罪として問うことができたかというと非常に難しいと感じます。
日本の刑法では、被害者の抵抗を著しく困難にする程度の暴行脅迫があれば、強制性交等罪で。
暴行脅迫がなければ、心神喪失もしくは抗拒不能により、被害者が物理的または心理的に抵抗することが、著しく困難な状態であったか、が判断されます。
前回改正時の2017年に、親などの監護者から18歳未満の子どもへの性交があれば犯罪として成立する監護者性交等罪が設立されました。
しかし、愛知県の事件では、被害を特定できた日が、被害者が19歳になった後だったことから、監護者性交等罪に問うことはできませんでした。
性的虐待は、日常的に起こるので日時が特定しづらいという特徴があります。
そのような性的虐待の特徴を踏まえ、「「日時の特定」ではなく、ひとまとまりの被害として、訴えられるようにすべきだ」との意見もあります。
同じように、暴行・脅迫、心神喪失、抗拒不能のみで判断され、無罪となったり、起訴されないことに対し、被害者や支援者から改善を求める声が上がっています。
私は、同意のない性交について、司法の世界でも、日本社会でも共通の認識が得られていないことが問題だと思っています。
被害者にとっては、同意がないとは、無理やり性交された、というだけではないのです。
それは自分の意思や気持ちが無視され、加害者がしたいことを好きにできるモノとして扱われることです。それゆえに被害者の衝撃は深く、苦しみは長いのです。
公認心理士の齋藤 梓さんによると、諸外国の調査ではレイプ被害者のうつ病発症率は3割、PTSD発症率は、女性が45.9%、男性が60%になるとのことです。
暴行脅迫のない典型的な不同意性交として、日常的な上下関係、力関係の中で、抵抗できない、逃げられない、拒否を伝えられない状態に陥れられ、追い込まれる形で発生する性交が心理学の視点から報告されています。(斎藤・大竹(2019))
しかし、このような同意のない性交を刑法で罪に問いにくいことが、非常に問題になっています。
諸外国では同意のない性交を性犯罪とする新たな法律を制定しています。
イギリスでは170年以上前から「同意なき性交」は性犯罪と考えられ、2003年の性犯罪法で「同意」についてより詳しく、被害者が選択をする自由と能力がある状態と定義しました。
ドイツは「相手の認識可能な意思」に反した場合
スウェーデンでは、相手の積極的同意がなければ、犯罪としています。
日本でも、不同意性交が行われたことが推測できるように、おどしたり、だましたり、不意をついた場合、被害者が眠っていたり、酔って酩酊していて、意識がなかった場合。疾患や障害などで脆弱な状況に置かれていることに乗じたか、などの要件を追加する必要があると思います。
その時に、嫌だったら抵抗するだろうという他者的な視点、男性の眼差で見ていないかに注意することが大切です。
加害者の中には、性加害を正当化するために「夜道を歩いている女性はレイプされても仕方がない」と思っている人もいます。被害者の周囲の人も「夜遅くに歩いていたあなたが悪い」と被害者を責めることがあります。
1960年代に発行された法律家向けの「注釈刑法」には、「暴行・脅迫にたやすく屈する貞操のごときは・・・保護するに値しない」と記されていました。この古い認識は未だに社会に残っているのではないでしょうか。
被害者はできる限りの抵抗したかもしれないのです。これ以上、ひどい目に遭わないために黙って耐えたかもしれないのです。
抵抗しないことで、自分の身を守った被害者の行動を、私たちは正しく評価する必要があります。
そして、同意のない性交とは何か、何をしてはいけないと刑法に定めるのかを、議論する必要があります。
2017年、性暴力を告発するMe too 運動が高まり、2019年からは無罪判決に抗議し、自らの被害経験を語るフラワーデモが全都道府県で開催され、述べ1万人が参加しました。
社会は変わりつつあり、日本も変わることができます。
そのために、みなさん一人一人がこの問題を考え、声を上げることが大切です。
刑法改正を求める署名には9万4千人の方が賛同し、性被害当事者らを中心に行なっているOneVoiceキャンペーンにも、性暴力のない社会を求める多くのメッセージが寄せられています。
私は、より良い方向に変えられるという希望を持っています。
良くならないはずはないと思っています。
でもそれは全て、私たちが、署名やメッセージを通じて、同意のない性交を性犯罪とできるよう声を上げられるか、安全な社会を作るために、今年どう行動するかにかかっているのです。