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「アメリカ大統領選挙の展望」(視点・論点) 

東京大学 教授 久保 文明 

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   こんにちは。
 アメリカの大統領選挙が重要な局面にさしかかっています。
 現在、野党民主党の公認候補争いが行われているところですが、その結果が少しばかり見えてきました。7月以降は、基本的には民主党公認候補と現職トランプ大統領の一騎打ちとなります。
 本日はまず民主党の指名争いについてお話しし、次いで本選挙の展望についても触れたいと思います。

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現在、民主党内では、主要候補としてバイデン前副大統領とサンダース上院議員の二人が残っています。最終的には7月に行われる民主党全国党大会において、各州から派遣される代議員の投票によって、公認候補が決定されます。その代議員獲得競争はまだ半数程度の段階ではありますが、バイデン氏がリードしています。1991票が必要とされる過半数であり、3月12日時点での政治専門サイトのリアルクリアポリティクスの集計によりますと、バイデン氏861人、 サンダース氏710人となっています。
これまでの流れを簡単に整理してみましょう。民主党内では当初20人を超える立候補者が登場していました。しかしながら、本年2月から始まった党員集会ならびに予備選挙、そして多数の州が同時に投票する3月3日のスーパーチューズデーを経て、ほぼ2人に絞られてきました。当初世論調査で優位に立ち、本命視されていたバイデン氏は最初の3つの州でまったくふるわず、サンダース氏の勢いが印象的でした。しかし、サウスカロライナ州予備選挙においてバイデン氏が圧勝して復活し、スーパーチューズデーにおいても予想以上の勝利を獲得しました。
二人の争いは、民主党内に存在する2つのイデオロギー的潮流の対決でもあります。バイデン氏は中道派を代表し、例えば国民皆保険制度創設の問題では、オバマ政権時代に作られたものを、それが不完全であっても徐々に改善していこうと訴えます。それに対してサンダース氏は、オバマケアを廃棄し、民間保険会社を排除した国民皆保険制度を一挙に作り出そうと主張します。さらには公立大学の学費無償化、学費ローンの帳消しなども提案しています。
今後の展開ですが、現段階で獲得した代議員数でリードしているバイデン氏が優位に立っているとみてよいでしょう。民主党では各州に配分された代議員は基本的に15%以上の得票を得た候補の間で、その得票数に比例した形で代議員が配分されます。勝者総取りであれば一挙に逆転することも可能ですが、比例配分の場合、一度差が付くとなかなか逆転できません。その意味で、現時点で先を走っているバイデン氏が相当有利であります。 
今回の民主党支持者の態度に見られる特徴の一つは、自分の考え方と合致するかどうかより、ともかくトランプ大統領に勝てる候補を求めていることにあります。これも中道派のバイデン氏に追い風となっています。

それでは、本選挙はどのように展開されるでしょうか。
最近の3人の大統領、すなわちビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、そしてバラク・オバマはいずれも再選されています。現職の強みは確かに存在します。しかし、ブッシュ元大統領の2004年の再選は実はわずか2.4ポイント差のきわどいものでした。2012年のオバマ前大統領の再選も、得票率における差では4ポイントを切っており、実は楽勝ではありませんでした。これらはそれなりに重たい事実であるかと思われます。

こちらをご覧ください。

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これはトランプ大統領と、その前の3人の大統領の1期目の支持率を示しています。オレンジ色で示されているのがトランプ大統領の支持率でして、このグラフの最後が示す49%は、トランプ大統領としては最高値です。今は実際には47%程度に下がっています。紫色はクリントン大統領でこちらは圧倒的勝利で再選されました。しかし、青色のブッシュ大統領、および緑色のオバマ大統領は、今お話ししたように、際どい勝利でした。トランプ大統領の支持率は、こちらにみられるオバマ氏の支持率のように、今後上がっていくのでしょうか、それとも下がるのでしょうか。かなり際どい所に位置していることがお分かりになると思います。
トランプ大統領の支持率には、一つ顕著な特徴があります。それはかなり狭い幅でしか変動していない点であります。ギャラップの世論調査でみますと、就任以来最低で35%の支持率、最高で49%です。ジョージ・W・ブッシュ大統領の場合、上は90%近くを記録した一方で、二期目になってからのことではありますが、下は30%以下と激しい動きをしたのと対照的です。最低値が35%に留まっていることについては、「トランプ大統領には固い岩盤のような支持基盤が存在する」としばしば説明されてきました。
それでは、最高値についてはどうでしょうか。就任直後のいわばご祝儀相場の時期でも高い数字は出ず、失業率が1969年以来最低といってよいほど良好な経済状態が実現されていながら、トランプ大統領の支持率は50%を超えたことがありません。経済がこれほどよいにもかかわらず、上昇しない支持率。これは何を意味するのでしょうか。トランプ大統領の大統領としての適格性、あるいは女性や不法移民に対する差別的な言動に対する批判が非常に強いことを示していると思われます。

もう一つ、ご覧いただけますでしょうか。

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こちらは、トランプ大統領を再選させることについての賛否を聞いています。数字は昨年のものでやや古いですが、いずれの調査も、右側の濃い赤、あるいは薄い赤との合計数が、すなわち再選に反対の人の割合が、左側の緑、ないし薄い緑との合計で示されている再選に賛成の回答者の割合を大きく上回っています。トランプ大統領に対する拒否反応が非常に強く、少なくとも再選への道のりがそう容易でないことを示唆しています。
 実際、最近のバイデン氏対トランプ大統領、あるいはサンダース氏対トランプ大統領の仮想レースにおける世論調査においても、バイデン氏、サンダース氏いずれにおいても、5ポイントから11ポイント程度の差で、トランプ大統領を上回っています。むろん、2016年選挙のときのように、世論調査には誤りやバイアスがあるかもしれませんので、注意しておくことは必要です。
 このような状況で登場してきたのが、今アメリカでも深刻になりつつある新型コロナウイルスによる感染症拡大の問題です。これは、株式相場の乱高下をもたらし、経済の先行きに対する不安感を一挙に高めています。いわば、トランプ大統領のもっとも強い部分を直撃しています。
 同時に、もし今後も多数の感染者や死者が出る中で、トランプ大統領がその重大さを否定する発言を続けた場合、ジョージ・W・ブッシュ大統領がハリケーン・カトリーナへの対応に失敗して支持率を一挙に低下させたのと同じ現象が起きるかもしれません。この時は、共和党支持者ですらブッシュ大統領への不支持を表明しました。
 
 トランプ大統領は、新型コロナウイルス危機にうまく対応し、経済の安定を維持することに成功し、そして民主党候補者の挑戦を退けることができるでしょうか。
不可能ではないものの、そう簡単ではないかもれない、というのが現段階での暫定的な見通しです。

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