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「新型肺炎への中国指導部の対応」(視点・論点)

東京大学 教授 川島 真 

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 本日は、新型肺炎への中国指導部の対応とそこから読み取れるもの、また日中関係などについてお話ができればと思います。

 新型コロナウイルスは、中国各地から世界各地へと広がりを見せています。

 12月中旬から下旬にかけて病気はすでに武漢市と湖北省で拡大していました。武漢市や湖北省の政府は当初、極力この問題を拡大させようとはしなかったようです。背景の一つには、1月6日から武漢市の人民代表大会が、12日から湖北省の人民代表大会と政治協商会議が開かれることがありました。そして、これらの会議期間中、情報公開が抑制され、会議終了後に感染者数が発表され、数値の増加が確認されました。17日のことです。これをみて、政治日程が優先され、情報公開が遅れたと、人々は考えたものと思われます。

また、武漢市や湖北省政府などは、当初この病気が獣肉を経由して感染すると考えられていたので、野生動物保護法や食品安全法に抵触するのではないかと考えたという見方もあります。ただ、伝染病防治法も重要であったと思われます。この法律では、コロナウイルスなどについて地方政府は独自に事態に対処できず、基本的に中央政府の担当機関が対処することになっています。地方政府は中央に正確な情報を上げる必要があるのですが、地方政府で独自の対応はしにくい状況にあったのです。

習近平政権は、1月17日の湖北省の会議が終わった三日後、1月20日になって会議を開いて事態の対処に乗り出しました。ただ、この1月20日というタイミングは遅かったと中国で批判が集まりました。

情報については、李文亮という武漢の医師をめぐる問題がありました。この医師は、2019年12月下旬の段階で、すでに新型コロナウイルスの感染が湖北省で広がり、それがSARSクラスであることを指摘していました。当初は、獣肉を扱う関係者だけに感染するとか、ヒトからヒトへの第三者感染はないなどとされていたので、李医師の昨年末のSNSでの警告は中国で広がりを見せました。しかし、武漢市当局はこの医師の発言を不適切だとして処罰し、その後も現場で奮闘した李文亮医師は死に至ることになったのです。最終的に、批判を受けた政府は、「正しい情報」を流した医師の名誉を回復し、罰した側が罰せられました。

 さらに中央政府は、『求是』という雑誌において、実は1月7日には習近平らの中央のリーダーたちが対策会議を開いていたとの記録を公開しました。しかし、これもまた中央政府の責任を軽減するための歴史創出だとの見方もあります。

 このように地方政府などに責任があるとした習近平政権ですが、政権批判はそれにとどまりませんでした。

 批判の第一点は、この政権が様々な権限を中央に集中させてきたことによる弊害でした。習近平政権は、権力が分散しがちだとされた胡錦濤政権時の反省を踏まえ、権限を中央に集中させ、反腐敗運動などを用いながら、習近平、あるいは党への忠誠を求め続けました。それだけに、地方政府などの現場が、独自の判断を行うことに対して萎縮するという状況が広がっていたのです。

 第二に、習近平政権下で官僚主義の弊害が指摘されています。報告を受けた各部門がそれぞれ情報を共有しなかったり、自らの部門の都合だけで政策決定をしたりしていけば、事態全体への対応はできません。今回の場合、武漢市の組織が、各地から得られた援助物資を分配できず、有効な対応ができなかったことなどが指摘されています。

 こうした意味で、今回の感染の広がりには「人災」、それも習近平政権が進めた政策の結果ではないかという見方が広がり、知識人などからの批判が集まりました。

最終的に、1月末になって李克強首相が武漢に入ることで、中央が案件を直轄し、首脳が陣頭指揮をとって事態に対処しているというイメージを、メディアを通じて作り出しました。そして人の移動や工場、また教育現場についても厳格な措置がとられ、「封鎖」される都市が相次ぎました。非常事態に対するだけの制度や方法、また人的リソースがあることを内外に示した格好になりました。

また、3月に北京で予定されている全国人民代表大会や政治協商会議は、延期ということになりました。これは昨年末から今年初めにかけて開催されるはずの省や特別市レベルでの人民代表大会などが、新型コロナウイルスの感染により、一部開催されていないことによります。これらが再開されなければ全国の大会は開かれません。全国人民代表大会は、法律や予算を決める中国の最高議決機関です。中国には様々な臨時措置をとる余地があるとはいえ、これらの開催が遅延することは一定の影響を人々の生活に与えます。また都市を封鎖し、春節休みを延長したことで経済へのダメージは計り知れません。海南航空を初め一部大企業が経営危機に陥りました。そして製造業の多くでは、労働者が農村から移動できず、再開が難しい状況にあります。中央政府は、現金を多く還流させて、経済循環が滞ることを防ごうとしていますが、逆にそうした支援をめぐって、地方政府や破綻可能性のある国有企業なども含めて、争奪戦が生じる可能性もあります。

 このように、今回の新型コロナウイルスをめぐる事態は、習近平政権の政治、統治のあり方には大きな試練の時になりました。人々の口コミや、大量のSNS上の発信も食い止めようがありません。個々人の移動データを把握し、ビックデータを使って動向を把握できはしますが、逆にSNSは人々の意見を集約する場にもなってきており、政権への批判も知識人を中心に後を立ちません。
このような状況の中で、習近平政権にとって、まずは事態を収束させ、その収束過程で威信を回復することが課題となっています。
 まず、習近平政権は国内宣伝を強化し、国民が一致してこの困難、つまり敵に立ち向かうという「戦争」の雰囲気を作り出しました。そして、その中で政権批判をしてきた知識人を摘発していったのです。
 次に、先進国では考えられない都市封鎖などの手法で、事態に対応しつつ、その成果を強調し、感染者数の伸びが鈍化してきた、2月末には逆に外国から感染者が入国することを防ぐ、つまり国を守るという論理を用いながら、信頼回復に努めている。
  このことは日中関係にも影響しています。中国で感染が拡大している時には、日本が支援し、また日本は中国に配慮して、入国を完全には制限しなかったのですが、当時の習近平政権は国際社会からの支持や支援があると、日本を事例にして国内で強調しました。
しかし、中国国内で感染が回復局面に入ると、逆に日本などからの病気の流入を防ぐ姿勢を見せて日本からの入国を抑制する姿勢を見せ、逆に日本に支援するなどと言って、国内での威信を取り戻そうとしています。さらには、今回の感染源が本当は湖北省ではなく外国にあったのではないかとの話も出てきています。

 現在、中国では事態を管理し、沈静化する過程から、湖北省などの例外はあるにせよ、いかに回復させ、信頼を取り戻すかという段階に入りつつあります。
そのプロセスを、国民の支持を得ながらいかに順調に作り上げることができるのか、習近平政権にとっては正念場になっています。

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