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「『循環革命』これからの30年を地域から」(視点・論点)

持続可能な地域社会総合研究所 所長 藤山 浩

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私は、島根県に本拠を置く研究所の所長をしています。近年、全国各地で田園回帰の動きが見られます。私は、そうした多くの地域現場で、持続可能な地域社会への挑戦を力一杯応援しています。具体的には、全都道府県で講演を行うと共に、地区別の人口予測や経済分析そして、定住や暮らしを支えるために地域住民が自ら運営する会社組織の立ち上げ支援等を日々展開しているところです。

さて、いよいよ2020年代が始まりました。
振り返ってみると、1990年代からの30年間は、私たちの国にとって、決して順調な歩みではありませんでした。いつの間にか、「失われた20年」は「失われた30年」へと延びています。数多くの「改革」路線が提唱されました。しかし、その多くは、ロケット花火のように一過性で、大部分の国民や地域を置き去りにして、頂上部分の利益のみを加速させて終わっています。

何が、間違っているのでしょうか。私たちは、あまりにも性急な成果を求め、誰か強力なリーダーシップを期待し過ぎだと思います。新しい年代を迎えたところで、まずは、しっかりこれまでの歴史の歩みを振り返り、小手先の改革ではなく、真に長期的な展望を開く時ではないでしょうか。人生100年時代、今生まれている子どもたちは、2100年まで生きるのですから。

日本の近現代史を振り返ってみると、世の中全体の転換のサイクルには、ほぼ30年かかっていることがわかります。

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例えば、明治維新。ペリー来航から15年後には明治維新を迎え、その10年後には西南戦争を経て、全国的な新体制が確立しました。注目すべきは、決定的な転換が10年ほどの短い期間に集中して起こっていることです。あの強権的な反動の嵐が吹き荒れた「安政の大獄」時、誰が10年後の幕府の崩壊を予想したでしょうか。しかし、時代の流れに反する政権は隆盛を誇っても、春先の「寒の戻り」のように長続きはせず、やがて本来の時代の歩みへと還っていくものなのです。

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日本が「大規模・集中」による成長経済に変貌した高度成長期についても、決定的転換は、1960年代の10年間に集中しています。わずか10年で、食料自給率は79%から60%、木材自給率は87%から45%、エネルギー自給率は58%から15%へと急落したのです。
この1960年代からの30年間における歴史的誤りは、何でしょうか。すでに1970年代前半には、「成長の限界」や「石油ショック」等の「規模の経済」の本質的限界に直面していました。1970年代末の「三全総」(第三次全国総合開発計画)では、人間と自然との調和のとれた「定住圏構想」も示され「地方の時代」と言われていたのです。しかし、1980年代後半から「バブル経済」と「東京一極集中」に走ってしまったのです。

現在まで続く「失われた30年」の背景は、この1980年代の大いなる「ボタンの掛け違い」にあります。経済の暴走に対してブレーキを踏むべき時に、アクセルを踏んでしまったわけです。

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続く1990年代は、バブル崩壊への対応に追われました。そして、「構造改革」の名の下、さらなる「大規模・集中化」を進めることにより窮地を脱しようという戦略に打って出ました。
まず、エネルギー分野では、原子力発電所の増強です。
2000年には一次エネルギー比率で史上最高の12.6%を占めるに至っています。1986年のチェルノブイリ原発事故による反原発と再生可能エネルギーへの世界的な流れに逆行してしまったのです。その結果が、2011年の悲惨な福島第一原子力発電所の事故となっています。
商業分野では、2000年前後の大規模店舗に関する法律の廃止等により、郊外型の大規模ショッピングセンター建設を野放しにしてしまいました。その結果、地方都市の中心街は「シャッター街」化し、域内経済循環はズタズタにされ、地方ごとの特徴ある美しい景観は失われたのです。これほど破壊的な地域政策は、そうそうあるものではありません。
行政分野では「平成の大合併」です。縁辺部の小さな自治体を潰した行政の大規模・集中化は、結局何をもたらしたのでしょうか。「自己決定権」を失った地域の多くは衰退の一途をたどっています。むしろ、私の研究所による全市町村の人口分析においても、勢いよく若い世代を田園回帰させているのは、無理な合併を拒否した縁辺部の小規模町村なのです。
かつてアインシュタインが看破したように、「問題を作り出した同じ考え方では、その問題を解決することは出来ない」のです。大規模・集中化の矛盾を、更なる大規模・集中化により解決することは不可能です。そうしたまさに「構造的な」誤りを認めなかったところに、「失われた30年」の根本原因があるのではないでしょうか。

これらエネルギー・商業・行政における「大規模・集中化」を志向した3つの失敗は、いずれも循環型社会の基本原則と逆行しています。地域そして地球の持続可能性を考えると、循環型社会への進化の他に選択の余地はありません。エネルギーや資源、食料の地域内循環は言うに及ばす、改めて地域ごとに特徴ある生態系の中に私たちの暮らしをつなぎ直していく、つまり「地元を創り直す時代」なのです。そのためには、大規模・集中を志向する中央集権的な手法は無力です。徹底した分権的手法により地域住民が主人公となった地域社会の設計と運営を進める必要があります。

現在、社会や経済の中枢に座っている60歳前後の人々は、「失われた30年」において3つの大規模・集中化を先導し、それで地位を築いてきた方々です。自らが登り詰めた大きな構造の誤りを認めることはつらいことでしょう。しかし、未来の扉は、その誤りを認めない限り、開くことは出来ません。次の世代は、あなたたちの背中を見ています。若い彼らが将来へと語り継ぐのは、みなさんの臆病さでしょうか、それとも勇気でしょうか。

この2020年代は、循環型社会への転換の30年に向けた基盤づくりを行う重要な10年間となります。地元に根ざした「土俵」、「人材」、「ネットワーク」の整備を連動させて行う年代です。

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まず、持続可能な地域社会の設計、運営を自己決定できる「循環自治区」のような新たな自治の「土俵」が必要です。日々の暮らしの舞台となる一次生活圏に応じた規模は、人口300人から3,000人程度であり、全国で数万単位となります。そこで、循環の核となる「小さな拠点」や「地域経営会社」を育てていくのです。
次に、住民を主人公とした取り組みを地元ごとに支える専門的人材が必要です。成果を上げている「地域おこし協力隊」を拡充し、環境保全を担うサポート人材を「グリーンレンジャー」や「グリーンマネージャー」と名付け、配置します。
                    
そして、最後に、地元単位のチャレンジを結ぶ全国的なネットワークが必要です。イギリスでは、10年ほど前から、「マス・ローカリズム」(mass localism) と称して、地域の主体性に基づいた取り組みを同時多発的に進行させ、その成果・課題を広く共有し、国民全体としても大きな進化を達成するボトムアップ的な地域政策手法が注目されています。
            
私も、全国を駆け巡り、地域同士をつなぎ、持続可能な未来への共同の進化に役立ちたいと思っています。次は現場で会いましょう。

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