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「頂上氷河がとけてゆく」(視点・論点)

登山家 大蔵 喜福

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ごらんいただいているのは、昨年の秋、麓からのエベレストの大景観です。

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世界最高峰の頂を白く包み込んでいるのは、氷河の一番上にあたる雪帽子、尖った頂には氷河はありませんが、広い意味で私たちはこれを頂上氷河と呼んでいます。頂上氷河は主に平らな頂上を持つ山にあります。

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次に春、登山中の南東稜から撮影した8848メートル頂上付近の様子です。
 きょうは、この頂上氷河の異変についてお話します。

 わたしは登山家として、1970年からほぼ半世紀をかけ、エベレスト、モンブラン、キリマンジヤロなど、七大陸の山々を広く登り続けてきました。山登りには人それぞれに登り方があり、冒険登山から文化、健康の登山まで、目的をもって楽しんでいます。
 私の人生においての山は、自然と一体になって自由に地球を遊ぶ、そして生きるということを実感する場所です。またいつまでも美しい氷河に出会いたいと願っています。

 しかし、今、高山の氷河に大異変が起きています。気象変動による氷河の融解が一気に進んでいるのです。
 たとえば低緯度のヒマラヤ、中緯度のヨーロッパアルプスなどは、高山帯の谷を埋める氷河、頂上周辺に氷冠といった形で存在しています。これらの氷河は現在いずれも融け続け、後退が観測され、消滅した氷河まで確認されています。また氷河湖の決壊による洪水も下流域の人々に大きな脅威となっています。

 私は昨年まで30年間、アラスカ・マッキンリー・デナリ山の5715メートルに観測点をつくり、気象調査をしてきました。

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 これは1990年から2004年の15年間の観測地点の平均外気温データから起こした温暖化の傾向を見るグラフです。グラフで明らかなように、右上がりの温暖化が顕著に表れています。
 そしてデータ以上に、現場で目撃する風景は衝撃的です。三つの例をご紹介します。

 昨年の9月22日、スイス東部のアルプス・ピツォル氷河で、250人が喪服で登山し、氷河の消失を悼む「葬送行進」が行われました。AFPの記事には、『アルペンホルンの調べが響く中、雪氷学者、マティアス・フス氏が「ピツォル氷河に別れを告げるために集まった」と宣言。地元メルス村の牧師が「気候変動に伴う計り知れない困難との闘いを助けたまえ」と神に祈りを捧げた。』とあります。
 フス氏によると、「1850年以降、推計では500本の氷河が完全に消滅した。」と指摘します。ピツォル氷河はここ3年間で8~9割が失われ、残っているのは僅かサッカー場4面分、2万6千㎡ほど、もはや氷河とはいえない程になっています。

 地元の氷河モニタリングネットワークによると、「スイス国内には同じような氷河が約4000本点在し、生み出された水により、数百万人もが恩恵を受けてきた。」と言われており、「温室効果ガスを抑制しない限り、アルプスの氷河は今世紀末までに、ほとんど消滅するだろう」と警鐘を鳴らしています。氷河の融解は、人々の生活手段をも脅かしているのです。

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 赤道の直下にある、アフリカ最高峰5895メートル、キリマンジャロは、赤道よりやや南で、頂上は氷河や凍土が保たれる環境にありました。しかし、近頃は驚異的勢いで氷河が溶け始めています。1998年には、エルニーニョ現象による大雨が続き、2000年には大干ばつなどの大きな気象変動が起こり、温暖化を促進、氷河融解の主な因子とされています。

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 年間降水量の多いのは、季節風に直面する南斜面2000メートル以下で、約3000㎜の降水量があります。しかし、4200メートル以上の高所では、250㎜と劇的に減少、氷河の蓄積となるほどの降雪はありません。

 今から1万数千年前の氷河期には、現在の氷河面積の80倍ほどもあり、東京ドーム3000個の面積、150㎢を誇っていました。氷河面積は今、2㎢以下です。30年前は頂上の気温も夜明け前でマイナス15℃ほどでありましたが、今は5℃ほど高くなっています。

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 私は十数回登っていますが、山容を眺め一番気になるのが、頂上の氷河の状態です。
どんどん衰退し、もはや寂しさしかありません。記録写真を比較しても、あと10年で消滅というのも納得できます。

 昨年3月、ネパールのアイランド・ピーク登山で異常な状況に遭遇しました。
素晴らしい景色と優美な雪の尾根を堪能するはずでしたが、頂上氷河そのものがズタズタに割れて、登りようのない無残な姿でした。頂上の東面は殆ど氷雪がはげ落ち、醜い岩肌を曝け出しているという情景です。以前は白い斜面に自由に絵を描くごとく登れた楽しみは失せてしまいました。
 エベレストをはじめ、8000メートルの連なるクーンブ山群にあるヒマラヤ入門の山です。世界中の登山者に愛されているこの峰は、このまま温暖化が進み氷河の崩壊が続くならば、
数年のうちに誰も登れなくなると思うと、悲しさがこみ上げました。

 私は、アイランド・ピークには4回の登山経験があります。約10年毎の登山なので、写真で比較してみましょう。

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 01年までは変化は少なく、09年ころより5850メートル以上の上部氷河の末端に大きなクレバスが表れ始めますが、危険なところはありませんでした。
 それにしても短期間での変化は、登山ルートの訂正をしないと危険です。いずれにせよ氷河の衰退は幾多の登山ルートを難しくしていることに違いはありません。
 さらに、大自然にもその中の人の生活にも大きな影響を及ぼしていることに気付かねばなりません。

 私のかかわる登山界は、登る者すべてが自然の代弁者として、見て聞いて触り、大自然からのメッセージを、人々に伝える義務があります。自然保護とは人の奢った発想です。
大自然に入り込んで何が起こっているかを知るべきです。気象変動への危機感は、生態系の絶滅という危機に同じです。
 自然に対し依存度の高い人類も、ただでは済みません。
「水、空気、エネルギー、食糧…諸々」個々の身に直接及ぶ重大問題とし、ひとりひとりの意識改革で、温室効果ガス抑制に少しでも役立つ生活の工夫を考え、乗り切っていきたいものです。

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