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「フリーランス人材と独占禁止法」(視点・論点)

上智大学法学部 教授 楠 茂樹

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 最近、労務提供をめぐる独占禁止法の適用が注目を浴びています。
雇用関係を結ばずに、特定の企業のために個人で役務提供の仕事している人々、すなわちフリーランス人材といわれる人々は、実質的に労務の提供をしていながらも、労働法上の規律の対象にならず、各々事業者として理解されます。独立して活動するシステムエンジニア、プログラマー、IT技術者、記者、編集者、ライター、アニメーター、デザイナー、コンサルタントなどなどです。そして球団やクラブに所属するプロ・スポーツ選手や芸能事務所に所属するタレントも、企業と雇用関係になく、法的には独立した事業者として扱われます。

 今、こうしたフリーランス人材をめぐる契約のあり方、特に移籍制限の問題が大きな話題となっています。そこで注目されている独占禁止法との関係についてこれからお話ししたいと思います。

 確かに誰もが知っているような有名なデザイナーとかプロ野球選手であれば、引く手数多でしょう。企業や球団との関係で独立した事業者として扱っても、何の問題もないように見えます。
しかし、フリーランス人材の多くは、実は取引相手である企業との関係で、非常に弱い立場にあることが多いのが実情です。
プロ・スポーツ選手の多くは、必ずしも高い報酬をもらっているわけではないのにもかかわらず、将来の立場が不安定な状況にあります。芸能事務所に所属するアーティストやタレントもほとんどがそうでしょう。フリーランスは、労働法制の盾を用いることができない、丸腰の「働き方」なのです。

 近年、「ギグエコノミー」と呼ばれる、企業に雇用されることなく単発の仕事を請け負う働き方が普及してきました。通信技術、ネット技術、AI技術の進展とともに、そのような労務形態が効率的になされるようになってきました。世界で普及している、携帯アプリをツールとした配車サービス、宅配サービスはその典型といえるでしょう。そこでは運転手や配達員の一人一人が、企業の提供するデジタル・プラットフォーム上で活躍するフリーランス人材なのです。

シェアリング・エコノミーと呼ばれる、物・サービス・場所などを多くの人と共有・交換して利用する社会的な仕組みが定着しつつある中、フリーランスという「働き方」は人々の「生き方」として、ますます普及することになるでしょう。
そこで注目されるようになったのが独占禁止法なのです。

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 独占禁止法は「公正且つ自由な競争を促進する」ことを目的とする法律です。そこで競争の機能を妨げる行為を禁止し、あるいは取引の健全性を害するような行為を禁止しています。共同行為による不当な取引制限、他の事業者の排除や支配を通じた私的独占、あるいは不公正な取引方法として、抱き合わせ、取引の不当な拒絶、相手方への不当な拘束を伴う契約、優越的な地位を濫用する行為などが禁止されています。
独占禁止法は、このような「公正且つ自由な競争を促進する」観点から違反の射程が決まる政策的な立法で、このような政策を競争政策といいます。
 2018年2月、公正取引委員会の有識者会合である「人材と競争政策に関する検討会」が報告書を公表しました。

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そこでは、これまで曖昧にされてきた、フリーランス人材による労務の提供契約への独占禁止法の適用について、その考え方を明確に指摘しました。
 この報告書では、労働組合法上の労働者ではない「個人として働く者」をめぐる、発注者、使用者による単独の行為、そして発注者、使用者同士の共同行為について独占禁止法上の問題点を検討、整理しています。

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 例えば、スポーツのクラブチーム同士で選手の引き抜き行為を制限するような取り決めがなされ、選手が自由に移籍先を探すことを妨げるような場合について、同報告書は、そのような行為は人材獲得競争を停止・回避するものであることから独占禁止法上原則として問題となる、と指摘しています。
 注目すべきは、発注者、使用者が「優越的地位」にあると判断される場合、以下のような行為が独占禁止法上問題となる場合がある、と指摘されていることです。
 例えば、規約上、管轄団体が、そこに競技者登録している選手に対して、当該管轄団体の公認のない試合に出場することを禁止し、これに違反した場合は競技者登録を取り消すような場合です。
 あるいは、契約満了時に芸能人が契約更新を拒否しようとする場合に、芸能事務所のみの判断により、契約を一度更新できることを元々の契約に盛り込むような場合です。

 報告書では、またフリーランス人材に対して「秘密保持義務、競業避止義務又は専属義務等を課すこと」は、「それによって他の発注者、使用者が役務提供者を確保できなくなり、商品・サービスの供給が困難となる場合には、独占禁止法上、問題となる場合がある。」と指摘されています。

 2019年になり、スポーツ界、芸能界に対する公正取引委員会の動きが活発になりました。6月には、「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方」を公表し、7月には大手芸能事務所に対し注意を行いました。11月には「芸能事務所を退所した芸能人の活動を一定期間禁止する契約は独占禁止法違反に当たる」との見解をまとめたことを、各メディアが報じています。

 一連の動きを経て、フリーランス人材をめぐる競争について独占禁止法の適用の方向性は明確になってきましたが、まだまだ不透明な部分は多々あります。
 例えば、スポーツ事業分野において移籍制限の取り決めをするのは、選手の育成費用の回収を可能にするためであり、それは選手育成インセンティブを向上させることにつながる、といったことや、チームの戦力を均衡させることにより、スポーツリーグ、競技会としての魅力を維持・向上させることができる、といった選手の活動の自由を制限することの「プラスの効果」も報告書では指摘されています。
 結局、どこで線引きするかは、ケースバイケースということになるでしょう。そこが難しいのです。

 業界団体などからは移籍金の制度や、契約解除金で契約を終了できる、いわゆるバイアウト制度が模索されているようです。サッカーなどスポーツ界では定着している制度です。
 これによって、選手やタレントの自由な移動の余地が大きくなるというのはその通りです。ただ移籍金、契約解除金はその運用次第で競争を妨げたり、フリーランス人材の自由を相当程度奪ったりすることも可能になる点には注意が必要です。
 移籍金等はそれまでの育成費用やリスクをとって投資したことに対する費用回収の意味があったり、育成が成功したことに対して付加されるプレミアムのような意味があったりしますが、それがどの程度であれば妥当かという判断は今後の課題となるでしょう。
 そして前に触れたデジタル・プラットフォーム企業との関係を、どう独占禁止法上対応していくのか、といった問題も今後論点になるでしょう。いわゆるGAFA規制に連なる議論がこの人材をめぐる独占禁止法の問題に係ってくるかもしれません。
人材をめぐる独占禁止法の動きに、今後も注目が集まることでしょう。

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