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「アマゾン発、グレートジャーニー経由「地球永住計画」へ」(視点・論点)

探検家・医師 関野 吉晴

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20代、30代は20年間、ひたすらアマゾンを中心に南米を歩いてきました。
アマゾンやアンデスにはむき出しの自然のなかで、自然と一体となって暮らしている人々がいます。彼らの村に入り、同じ屋根の下で寝て、同じものを食べて暮らすことを許してもらいました。そしてできるだけ長く寝泊まりするという、定住型の旅を続けました。

アマゾンの民族、ヤノマミとは40年来の付き合いです。

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彼らの村に着くと、家の中に私のハンモックを吊る場所を空けてくれます。彼らの家はシャボノと呼ばれ楕円形の巨大家屋です。村人全員100-150人がその1軒の家で暮らしています。
私がハンモックに横になって周囲を見渡して、いつも思うことですが、周囲にあるものは見事に素材が分かるものばかりです。家を作っている屋根、柱、梁、柱や梁に載っている籠や漁網、ひょうたん、弓矢や糸巻き棒、燃えている薪、ハンモック等々。すべて自然から素材を取って来て、自分で作ってしまうのが彼らの流儀です。それに対して都会で暮らす私は、自然から素材を取って来て自分で作ることはありません。

作ったものはいずれ壊れます。バナナ、イモの皮、魚、動物の骨などと共に森に捨てられます。しかし、いつの間にかなくなっています。動物たちが持っていき、ムシや微生物が分解して土に還るのです。私たち文明社会では問題になっているごみというものはありません。ヒトも自然の循環の輪の中にいるのです。

 そのうちにアマゾン、アンデスの先住民がいつ、どこからどのようにやって来たのかを知りたくなりました。

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ヒトはアフリカで生まれました。そこから世界中に拡散していきましたが、最も遠くまで行ったヒトはシベリア、アラスカ経由で南米最南端まで達しました。その旅路をイギリス人の考古学者はグレートジャーニーと名付けました。私はこの大遠征のルートを、土地の先住民と交流しながら、自分の脚力と自分の腕力だけで、足掛け10年かけて歩きました。
 その途中でも、ヤノマミのように、文明の恩恵に与っていない人々から知恵を頂こうと思って、あちこち寄り道をして、辺境の伝統社会で長期滞在しました。

 アフリカのゴールに着いた時、海外の辺境をくまなくあるって来たけれど、足元をよく知らないことに気づきました。

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そこで、生まれた東京墨田区で豚皮なめし工場で職人として働かせてもらいました。その後、職場のある小平市で、「地球永住計画」というプロジェクトを始めました。
 火星移住計画はSFの世界ではなくなりました。火星移住計画はNASAや民間で調査研究が進んでいます。その結果分かってきたことは、この地球が命を育むのに如何に奇跡的な星かということの再認識でもありました。液体の水があり、酸素があり、太陽との距離も近すぎず、遠すぎません。オゾン層で紫外線を、磁場で放射線、宇宙線をブロックしています。 
この奇跡の星の生態系を孫やひ孫の世代にいい状態で繋いでいくにはどうしたらいいのか。自然や宇宙とのつながりを身近な環境の中に再確認するところから始めようというプロジェクトです。
「地球永住計画」の柱は3つあります。

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 一つが玉川上水の自然観察、自然調査です。
 二つめは、玉川上水流域の古老や達人、名人たちの話を聞き書きし、歴史を探ることです。
この2つは自分の足で歩いて、観て、調べることができます。しかし、自分ではできないことがあります。宇宙や太陽系の誕生、DNA,やAIなどは自分たちで観察、実験、調査は難しい。それはその道のエキスパートに聞くのが一番いいだろうということで、これまでいろいろな専門家にお願いして、公開講座、公開対談を開いてきました。この講座が三つ目の柱です。
 これまで自分の足で歩いて、見て聞いて、自分の頭で考え、自分の言葉で表現してきました。自分でフィールドワークができることは自分たちでやろうと思っています。

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今回は大学の近くを流れる玉川上水に着目しました。アマゾンに比べると小さな自然です。しかし保全生態学者の高槻成紀先生と歩いて見ると、草木が繁茂し、むしや鳥が飛び、動物たちが、動き回っています。その生き物たちがどのように繋がっているかはほとんど分からないと言います。「ほとんど分かっていない」と言う言葉に、私はすぐに反応し、血が煮えたぎりました。高槻先生の指導があれば、大した器具がなくても調べられると聞いて、熱くなったのを覚えています。

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どこにでもいるタヌキ、糞虫(ふんちゅう)を中心に、調べ始めて4年近くになります。その糞(ふん)を調べれば食性、行動半径なども分かります。糞があれば糞虫が来ます。タヌキが草木の実を食べれば、糞の中に種が残り、いつか芽を出し、群落ができます。そこに様々な虫や動物もやって来て、その土地特有の生態系ができます。
今まで辺境の伝統社会の視点から文明社会を見てきました。今回はタヌキや虫の視点という、私にとっては新しい視点で文明社会を見れるのではないかと思いました。
 すると伝統社会の視点も、タヌキや虫の視点も文明社会が同じように見えてくるのです。
伝統社会は自然の循環の中に組み込まれているが、文明社会はその環から外れていることが分かります。同じように野生の動植物の視点から見ても、野生の生きものはすべてが繋がっているのに、文明社会は野生動植物の循環の環から外れているのです。文明社会は、野生の動植物がいなければ生きていけないのに、野生動植物は文明社会を全く必要としていないのです。むしろ破壊者として、野生の動植物の多くを絶滅に追い込んでいます。
 文明の始まりは農耕牧畜でした。穀類を栽培することによって文明社会を築きました。余剰ができることによって、分業が可能になり。食料をため込むことができるようになったのです。
 ところが農耕牧畜が始まると、ヒトが、自分たちが利用するために、動植物を育て、殺して食べたり、荷役に使ったりするシステムに変わりました。ヒトのより良き生存と快適さのためには、どんなものも利用していく発想です。自然循環の環から外れて、自然を自分たちに都合のいいように操作するようになりました。
 高度工業社会、情報社会も基盤は農耕牧畜です。益々自然を操作し、核エネルギーを使い、受精卵や遺伝子まで操作するようになったのも必然的な帰結です。
 一方で、科学技術のおかげで、寿命は伸び、快適で便利な生活が送れるようになりました。徹底して自然を痛めつけている先進国では飢餓から解放されました。モノは溢れ、衛生条件も改善され、乳幼児死亡率も劇的に低くなりました。
 私も文明の甘い汁を舐めながら、偉そうに文明批判をするのは気が引けます。

しかし、孫やひ孫の世代に、「じいちゃんたちがメチャクチャなことをしたから、こんなひどい地球になってしまったんだよ」と言われないように、等身大の、自分でできることから持続可能な社会を目指して活動をしていきたいと思っています。

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