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「まばたきの意外な役割」(視点・論点) 

大阪大学 准教授 中野 珠実 

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私たち人間は、およそ3秒に1回の頻度で自発的に瞬きをしています。瞬きの度に視覚の入力が0.3秒間ほど遮断されるので、起きている時間の約1割の視覚情報が瞬きのために犠牲になっています。それなのに、こんなに頻繁に瞬きをする理由は、未だに解明されていません。私は、この謎を解き明かすために、瞬きのタイミングに注目し、人々の行動や脳活動を調べてきました。今日は、これまでの研究により見えてきた瞬きの意外な役割についてお話したいと思います。

「瞬きは何のためにしていますか」と尋ねると、ほとんどの方が、「目を潤すためにしている」、と答えます。確かに、瞬きをするたびに、涙液により目の表面に潤いの膜が作られます。でも、瞬きを1分間に3回程度すれば、目を潤すためには十分であることがわかっています。それなのに、我々は、1分間におよそ20回も瞬きをしています。目を潤すために必要な回数の5倍も瞬きをする理由は未だに謎のままです。
実は、人の精神状態によって瞬きの発生頻度は大きく変化します。ゲームやパソコン作業など視覚作業をしているとき、瞬きの発生は抑制されます。一方、人前で緊張して話すときや難しい問題を解いているとき、瞬きの回数は増加します。ただ、疲れているときや退屈しているときも瞬きの回数は増加するので、瞬きの回数の増減だけで心の状態を推定するのは、なかなか難しい状況です。ただ、瞬きが何らかの脳の情報処理との関係で生じている可能性が考えられます。もしそうであれば、同じ映像を見ているときには、皆が同じタイミングで瞬きをするのではないか、と私は考えました。そこで、それを確かめるために、イギリスのコメディドラマ「Mr.Bean」を人々に観てもらい、その時の瞬きのタイミングが揃っているか、それともばらばらかを調べました。すると、瞬きのタイミングは、0.6秒以内という短い時間差で同期して発生していることがわかりました。人々の瞬きが揃って生じるのは、主人公の動作の切れ目や繰り返しのシーンなど、映像の暗黙裡の句読点で生じていることがわかりました。つまり、私たちは、無意識に環境の中から出来事のまとまりを見つけ、その切れ目で選択的に瞬きを発生させているのです。そして、そのタイミングが人々の間で共通しているのです。
この映像の切れ目で瞬きをしているとき、脳の中では何が起きているのでしょうか。それを明らかにするために、今度はMRIという脳の血流変化を測定する装置の中で、先ほどと同じ映像を見てもらい、瞬きに伴う脳活動の変化を調べてみました。すると、瞬きの度に、脳の様々な領域の活動が大きく変化することがわかりました。

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この図のオレンジ色に塗られた領域は、瞬きの度に活動が上昇しました。なかでも、黄色で囲んだ3つの領域は、デフォルト・モード・ネットワークと呼ばれる神経ネットワークを構成しています。このデフォルト・モード・ネットワークは、外界をモニタリングしているときは活動が低下するのですが、考え事をしているときなどに活動を増やすことが知られています。このデフォルト・モード・ネットワークは、映像を見ているときは活動が抑制されているのですが、瞬きの度にその抑制が外れて、一過性に活動が上昇しているのです。

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一方、この青く塗られた領域は、瞬きの度に脳活動が低下していました。これらの領域は、注意の神経ネットワークと呼ばれており、外界のどこに目を向けるか、注意を払うか、という機能を司っています。本来、映像を見ているときは、このネットワークが常に活動をしているのですが、瞬きの度に、一時的に活動が低下していることがわかりました。

つまり、瞬きの度に、外界をモニタリングする神経ネットワークと内省をつかさどる神経ネットワークの活動が一時的に交替しているのです。人は、情報の切れ目で瞬きをすることで、外界と内省の情報処理のバランスを保っているのかもしれません。

つぎに、瞬きの度に、脳のネットワークの活動状態が大きく変化しているのであれば、その影響を受けて身体の状態も大きく変化しているのではないか、と予測しました。そこで、映像を視聴しているときの瞬きと心拍数の関係を調べてみました。

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その結果がこの図になります。瞬きが発生した時間を0秒として、瞬き前後での瞬時心拍数の変化を描いたものになります。御覧の通り、瞬きの度に、その直後の数秒間、心拍数が上昇していることがわかると思います。このことから、瞬きの度に、身体の状態をつかさどる自律神経が、副交感神経が優位の状態から、交感神経が優位の状態に一時的に交替していることがわかります。

これらの発見を踏まえて、瞬きの隠された役割とは、脳と身体の活動状態のバランスを保つことなのではないか、と私は考えています。

さらに、瞬きには、社会的な役割があることも発見しました。人間の瞬きは、0.3秒にもわたる瞼の開閉運動なので、容易に観察できます。そこで、対面した状態で話を聞いているとき、話者の瞬きが聞き手の瞬きにどのような影響を及ぼすのかを調べてみました。

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その結果がこの図になります。話者が瞬きした瞬間を0秒にして、聞き手の人の瞬きの発生率の時間変化を描いたものになります。話者の瞬き開始から、0.25秒遅れて、聞き手の瞬きの発生率が増加していることがわかります。特に、話の切れ目で話者が瞬きしたときに、聞き手側も引き込まれて瞬きをしていました。この結果から、我々は瞬きを介して、無意識に話の切れ目を共有していると考えられます。
しかし、コミュニケーションの障害が主症状の自閉症スペクトラム障害の方では、話の内容は正しく理解していたにもかかわらず、話者の瞬きとの同期は見られませんでした。話の切れ目というものを他者と無意識に共有する行為は、円滑なコミュニケーションの成立に重要な役割を果たしている可能性が考えられます。
さらに、この二者間の瞬き同期現象は、人間同士だけでなく、人間に見た目がそっくりのアンドロイド・ロボットと人の間でも起きることがわかりました。アンドロイドに話の切れ目で瞬きをさせたところ、向かい合って話を聞いていた人間は、アンドロイドの瞬きに引き込まれて、瞬きをしていました。ところが、アンドロイドが目をそらした状態で話をすると、瞬きの引き込みは消えてしまいました。そこで、今度は逆に、アンドロイドの手に自分の手を重ねた状態で話を聞いてもらいました。すると、アンドロイドと人の間の瞬き同期は、手を重ねていない状態よりも、ずっと高まったのです。二者間の瞬きの同期の度合いというのは、両者の間のコミュニケーションの質を鋭敏に表しているのです。

一連の研究により、瞬きは注意の切れ目で脳や身体の状態をスイッチさせる役割やコミュニケーションを円滑にする役割があることがわかってきました。
今後は、瞬きの同期現象を活用することで、人々の興味がどこにあるのかを的確に推測するシステムの開発など社会応用に積極的に取り組んでいきたいと思います。

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