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「南極から宇宙の謎に迫る」(視点・論点)

千葉大学 教授 石原 安野

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空を見上げるとたくさんの星が輝いているという光景は、夜も灯りがこうこうとともされている都会では、少なくなってしまいましたが、久しぶりに、灯りが少ない地域へ行くと、まずはその夜の暗さに驚かされると共に、晴れていれば思っていた以上にたくさんの星が見え感激する、ということもあるのではないでしょうか。
そこでは、空は宇宙に向かって開いている窓です。光はその窓を通って運ばれてくる宇宙からの手紙です。そしてその手紙の受取人は我々の目です。

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こちらの写真は、共同研究者の一人が南極点でとった写真です。オーロラもきれいですが、一般的なカメラであっても、これだけたくさんの数の天体が映っていることには、驚かされます。
南極点から見上げる南半球の空には、我々の住む天の川銀河の中心方向が見えます。こうしてたくさんの天体や広大な宇宙の存在を認識することで、我々の存在の小ささを改めて感じると、我々はこの宇宙のうちどれくらいを知っているのだろうかと考えてしまいます。

宇宙からの手紙は目で受け取ることのできる可視光だけではありません。様々な装置で宇宙を観測してみると、宇宙からは可視光以外の、この写真には写らない様々な光が放出されていることがわかってきました。
目に映る可視光よりもエネルギーの低いラジオ波や赤外線というようなものも光の一種ですし、よりエネルギーの高い紫外線、X線そしてガンマ線と呼ばれる光もあります。我々人類が可視光に対してだけ感度がある目を持っているのは、それがたまたまこの地球で生き延びるために効率的だったからでしょう。より広く、宇宙全体を理解しようと思ったらいろいろなエネルギーの光がどのように分布しているのかを調べ、それがどのように作られているのか、を考える必要があります。

さらに宇宙からのメッセージには光以外のものもあるということもわかってきました。これが重力波や私の研究テーマである宇宙ニュートリノです。
これらの光とは異なるメッセンジャーによる宇宙の観測は、言ってみればこれまで植物の成長を観察するのにガラス越しに詳細な観察日記をつけていたところに、目では見えない情報、例えば、その植物の触感やにおい、水の流れの測定なども加えて総合的に観察することが可能になったようなイメージです。
これまでと異なる種類の情報というのは、我々に新しい理解をもたらしてくれます。

宇宙ニュートリノや重力波による宇宙観測が可能になったのはこの10年以内のことです。
このような光以外のメッセンジャーを天体が放出しているというのは、理論的には何十年も前から予言されていました。しかし我々はそれを観測する手段を持っていませんでした。つまりこれまでも手紙は送られてきてはいたのですが、その手紙の受け取り手がいなかったのです。
その手紙の受け取り手として、2011年南極点にあるアムンゼンスコット基地に誕生したのがIceCube検出器です。南極点には厚さ3キロの氷河があります。
IceCube検出器は、その地下にあります。

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この図ではIceCube検出器を模式的に表しています。
氷河の深さ1.5㎞から2.5㎞のところに、5000個以上ものDOMと呼ばれるチェレンコフ光を検出する装置が縦17m、横125mの間隔で埋設されています。この光検出器で、ニュートリノから二次的に発生する粒子が出す微弱な光を測定することでニュートリノを検出します。この信号は、氷河の表面、そしてIceCube実験の中心にあるIceCubeラボと呼ばれるコントロールルームにケーブルで運ばれ、そこから衛星通信で北半球にある大学などの研究機関まで転送されます。
この観測の仕組みは、岐阜県の神岡鉱山にある、ニュートリノの観測で活躍中のスーパーカミオカンデ実験と同様です。しかし宇宙からくるエネルギーの高いニュートリノの数は非常に少ないため、スーパーカミオカンデ検出器と比較して、約2万倍以上もの大きさが必要となります。スーパーカミオカンデでは純水中のチェレンコフ光を検出するため大きな水タンクを検出器の一部として使っていますが、その2万倍以上の大きさが必要なIceCube検出器では、巨大な水槽を作る代わりに、南極の氷河を水槽の代わりにするというアイデアを採用しました。

この装置の完成により、宇宙からの手紙である高いエネルギーを持つ宇宙ニュートリノの受け取り手が、初めて地球上に現れました。

宇宙の探究で目指してきたもっと遠くへ、もっと細かく、という伝統的な望遠鏡の進化を天文学の発展の縦軸とすると、一つの手段やある種類の望遠鏡だけで理解するのではなく、より多面的に宇宙を理解しようというのが、新たな天文学の横軸です。
これはマルチメッセンジャー天文学、つまり光以外の観測手段も含めて多面的に宇宙を理解する手法、と呼ばれ、大きな成果を上げています。

基礎科学において学問に新たな軸を加えるというのは非常に大きなイノベーションです。
このような形の学問の発展というのは、一人の研究者だけで進められるものではありません。
宇宙ニュートリノ観測のための巨大ニュートリノ望遠鏡計画が始まったのは1980年代です。その無謀ともいえるような計画を実現するために多くの研究者が試行錯誤の努力を続け、2011年、ついにそれを完成させました。重力波の初検出に至るまでにはさらに長い時間がかかりました。

基礎的な検出原理の確立からスタートし、30年を超えるようなタイムスケールにおいて、検出器の改良を途切れないように進めていき、ようやくここ10年の間に、光以外の宇宙観測の手法が花開きました。そして、これらの新しい観測と、より伝統的な、光を観測する望遠鏡とが連携をとり、共通の目標のもとに観測を進めるという、新しい手法が生まれました。

これまで続いてきた知識やアイデアの進化を、途切れさせないためには、30年後、50年後に実を結ぶ可能性のあるアイデアの種を継続的に撒きそれを育てていくという、長期視点にたったサポートが必要であることがわかります。

近年、特に感じるのは、長期にわたって数年間の任期がついた研究職を渡り歩かざるを得ない研究者が増えているため、数年の任期内で成果を出すために、学問を広く中長期的に考えるための時間が犠牲になっています。そして、責任をもってそのようなことを考える訓練の機会も失われています。次世代の若手研究者に、今ある研究成果を土台として、今は思いもよらないような発見をしてもらうために、そして、こういった宇宙や基礎科学の研究の面白さを、子供たち世代にまで引き継いでいくためには、異なる世代・背景の研究者で長期計画を考えることが重要です。それを可能とするためにはどのような行動が今必要とされているのか、もう一度見直さなくてはいけません。

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