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「DV・虐待 加害者更生のために」(視点・論点)

立命館大学 教授 中村 正

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1 親しい人同士でおこる暴力の特徴

きょうは私が取り組んでいる加害者向けのグループワークのお話を中心に、DVや虐待を減らすため、加害者更生について考えたいと思います。

まず、被害の現実です。

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内閣府の調査では女性の30%程度がDVの被害にあっています。男性の被害者もいますが、今日は女性が被害者で男性が加害者の場合について話をします。被害者救済は徐々に整備されてきましたが、加害者対策は、処罰以外は構築されておりません。

DVや虐待は、身体への暴力が多いのですが、その背景には心理的な暴力があります。パワーとコントロールといいます。被害者の話からそうした加害者の行動がみえてきます。
いくつかご紹介いたします。

「自分のものを買うときにいつも一緒に付いてくる。『僕の好みの女性になってほしい』と言う。自分が自分でなくなっていく感じがする」

「交通の便の良くないところに住んでいるので本当は免許が欲しい。必要なのに、免許を取らせてくれない。『運転が下手だから』って言う。だからいつも彼の車で行動することになる」

「『習い事をしている』と言うと、『それは男性から教わるのか』って聞いてくる」

「DVを受けているのに彼といる方が安全だと思うような意識になったことがある。実家に逃げていると追いかけてきたり、メールが頻繁に入ったりするので、結局一緒にいることで落ち着くこともあり、しぶしぶ元の関係に戻ってしまう」

「『今日は何をしていたのか』と聞いてくる」、「『死んでやる』と言われると別れられない。元の関係に戻ることが多い」

「授業の前に携帯メールがあった。『俺のとっている講義が休講になったのでこれから会いたい』と。彼女はこれから講義がある。そうしないと愛情が薄いと非難されると思うと怖い」。

 もちろんこれらはすべてが直ちに暴力だというわけではありません。愛情、配慮、心配の裏返しともいえます。とはいえ、境界域にあるコミュニケーションや行動です。共通していることは「関係をコントロールしようとしている」ことだといえます。

 親密な関係性では、いまここで起こっていることの意味づけの枠組の混乱が生じやすいのです。例えば、「暴力は愛という名の鞭」という言い方が典型です。この背景にあることは、養っている自分が一番という特権意識、さらに俺の家族や恋人だという所有意識があります。そして自分を怒らせる相手が悪いので自分こそが被害者だという意識もあります。
 
 こうした関係が長く続くと被害者は、恐怖感や無力感に陥ります。責められ続けると自分にも落ち度があったのではないかという「自責の念」を持ちやすくなります。

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 さらに、DVと虐待の重なりも重大です。DVは子どもからみたら母への暴力に他なりません。面前DVといいます。お前の子育てはなっていないとか子どもを虐待しろと命令することがあります。母であり妻である女性への暴力となります。

2 脱暴力の場をつくっています
 
私は、夫婦、親子の家族同士で暴力を振るってしまう加害者たちの脱暴力にむけた更生に取り組んでいます。これを「加害者臨床」といいます。子ども虐待で児童相談所に介入され、親子分離された父親たち、DV防止法で保護命令を受けた夫たち、DVや虐待が理由で離婚調停を申し立てられ、混乱している夫たちです。なかには傷害や暴行の罪で刑事事件となった男性もいます。その妻、子どもと面談することもあります。
 暴力加害者一人ひとりとの対話だけではなく、グループワークもしています。大阪で児童相談所と連携して虐待とDVの父親向けの「男親塾」という名のグループワークを主宰しています。グループワークとは、薬物やアルコールへの依存、性犯罪の再犯防止等にも使われている手法です。

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同じ問題を抱える人同士が集まり、問題をなくしていくプログラムをおこなう場となります。
 そうした場を「セラピューティック・コミュニティ」といいます。私は、「脱暴力のためのサークル」と位置づけています。暴力から離脱するには支援が必要です。一人では難しいからです。基本的な考え方は、処罰だけでもなく、マンツーマンのカウンセリングだけでもない、相互に学び合い、自ら問題を解決する力をも身につける場なのです。

3 脱暴力のための場への「受講命令・社会更生命令等」の制度構築が必要

 法律に従って、DVがあると保護命令が出され、接近禁止が指示されます。子ども虐待の場合は親子の分離がなされます。加害者は、介入された後にこそ、不安が高まり、孤独感にさいなまれ、ひとりでもがくことになります。こうした分離の措置の後に、問題を解決するための機会となるような場に参加するような指示が効果的です。

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これを脱暴力のプログラムへの「受講命令・社会更生命令」といいます。しかし日本ではこの制度はありません。
海外では韓国やイギリスで、社会奉仕・受講命令、相談委託、社会更生命令などが制度化されています。
 
私が試験的に実施している「男親塾」は自治体と連携した脱暴力のグループワークです。現在は受講と参加を命令する制度がないので、任意の自発的な参加です。児童相談所の担当ケースワーカーが進めることとなっています。DVの場合は妻から言われて参加する人がいます。暴力があるので離婚調停中の人もいます。虐待での介入と重ねてDVの保護命令を受けている男性もいます。

 「男親塾」の参加者のほとんどは、加害性について「否認」をします。それは相手が悪いと思っているからです。私が取り組んでいるのは、加害者が自らの行為を合理化し、正当化するために保持している「暗黙理論」を取りだし、それと対話するやり方です。DVや虐待で介入されることになった事実を振り返り、その時の加害者の「言い訳」という「主観的な意味づけ」に注目します。「相手が悪い」という解釈や意味づけがでてきます。これは暴力を肯定し、責任を逃れる「中和化」でもあります。冷静になって、これを支えている認知の仕方の問題点をグループワークで一緒に考えていきます。

 ほとんどの加害者は家族だけ、恋人だけ、子どもだけと相手を選択しているのですから、その時点で意思が働いています。その際の言い訳を聞きながら暴力を肯定する認知の仕方を言葉にし、それを修正していくことにしています。

 DV加害男性たちの中には「親密な相手だからこそ殴ったのだ」、「家族だから犯罪には当たらない」といった身勝手な理屈、甘えの意識が内在しています。しかし、自分よりも力の弱い者に暴力を振るうことは一般的な男らしさの規範に照らすと「卑怯」であることになります。そこで必要になってくるのが「正当化のロジック」です。先ほどの、被害者意識をもつことで、この卑怯さを誤魔化しているのです。
 さらに私が重視していることは加害者の多くが男性である点です。もちろんすべての男性が加害行為をするわけではありませんが、暴力の程度が激しく、数も多いからです。
「男らしさの病」と名づけています。

4 加害者対策のための「治療的司法」

 脱暴力のための機会を提供する加害者臨床は、受講命令・社会更生命令を発することのできる問題解決をすすめる司法制度がないと展開できません。これを「治療的司法」といいます。それを実践するためのグループワークやカウンセリングの組織が必要です。これは「治療のためのサークルやコミュニティ」です。
受講命令・社会更生命令制度の構築が早急に求められています。

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