NHK 解説委員室

これまでの解説記事

「動物に寄り添うと見えるもの」(視点・論点)

獣医師 入交 眞巳

s190924_004.jpg

私の専門は、あまり聞いたことがないかもしれませんが、動物の心療内科、あるいは動物の精神科の分野です。しかし私たちの分野では、精神科と言わずに、獣医行動学、という名前で自分たちのフィールドをよんでいます。

動物にも精神科、心療内科があるなんて驚かれるかもしれませんが、動物にも人と同じようにこの分野があるのです。
犬が飼い主にかみつく、猫がトイレ以外の場所、家中におしっこをしてしまうなどの問題があると、私たちの分野では、「問題行動」とよんでいます。獣医行動学が専門の獣医師はこれら問題行動と呼ばれるものがなぜ起こっているのかを考える仕事です。動物の家族である飼い主からお話を聞き、動物たちの行動や飼い主に向けられている行動を診て、なぜその問題行動が出てきてしまっているのかを紐解いていくのです。

私がご相談を受けた犬や猫の話を少しご紹介しましょう。
Oちゃんは3歳の柴犬の女の子で、60代のとても雰囲気のいい仲の良いご夫婦と一緒に住んでいます。Oちゃんにはもう1頭の柴犬Kちゃんという同居犬もいます。Kちゃんが目の病気にかかってしまい、視力が弱くなったことをきっかけに、Oちゃんとじゃれて目をケガしたりすると困るので、OちゃんとKちゃんはしばらくの間お家の中で隔離されていました。ある夜、奥様がくらい廊下側で休んでいるOちゃんに、お休みなさい、のあいさつをしようと近づき、頭をなでたところ、いきなりOちゃんが奥様の手をひどくかんでしまいました。奥様はびっくりして、でもかなり強くかまれたので、そのあとOちゃんのことが怖くなってしまって、Oちゃんのことが大好きなのに、怖くて触れなくなってしまい、私のクリニックにご相談に見えました。
クリニックにきたOちゃんは美人な柴犬ですが様子を見ているとちょっと神経質で怖がりな印象をその行動から受けました。飼い主さんご夫婦のお話を伺ううちに、Oちゃんは暗くてよくわからない状況の時に頭から首にかけて急に奥様に撫でられたようで、それが怖かったみたいです。犬は一般的に首あたりを触られるのは苦手です。犬同士のケンカを見ていてもお互いに首元を狙います。首は犬にとって致命傷を負う部分なので、暗がりで、一番弱い部分を急に触られたのはかなり怖かったようです。急に来たものが「おかあさん」である奥様だと理解する前に、まずびっくりして咬んだようなのです。
ご相談にいらしたご夫婦は本当に犬のことを大切に思われていて、かんでしまったOちゃんのことをひどく叱ったり、体罰を与えていなかったので、本当にほっとしました。怖くてびっくりしたから噛んだ行動に対して、「飼い主を噛む」という行動だけ見てたたいたり、叱ったりしていたら、おそらくOちゃんは飼い主さんのことがさらに怖くなっていたと思いますし、犬と飼い主の関係は悪化していたと思います。なぜその行動が出たのか、犬の心に寄り添うと、問題に対する対処が見えて、犬との関係が悪化するようなことがなくなります。うっかり叱ってしまって、犬と家族の関係が複雑になった例も多くみているので、犬の心に寄り添って、きちんと犬と向き合うことが大切なことが分かります。

猫のお話もしましょう。

s190924_001.jpg

私と一緒に住んでいる海の進くんは今おおよそ15歳ですが、うちに来てくれたのは9歳の時です。飼い主さんがいなくなってしまって、数年動物病院に暮らすネコでしたが、病院の入院室に入れているとおしっこを水飲みのお皿にしてしまう、あちこちの壁におしっこをかけてしまう、自分の毛をむしる、という問題をたくさん抱えていました。海ちゃんはほかの猫の命を救うために病院で血を分けてあげる供血猫としてのお仕事をしていたのですが、お仕事を引退したあと我が家の子になってくれました。
6キロもある海ちゃんにとって病院の入院室のトイレは小さすぎた、水飲み場が狭すぎたのでしょう。我が家では海ちゃんが排泄しながら動けるように大きなトイレを用意し、海ちゃんにあう食事を用意し、水飲み場所も広くとり、一緒に遊んであげるようにしました。寝床も我々夫婦と一緒で、入院ケージの中で寝ることがなくなりました。海ちゃんの住む環境が豊かになり、おしっこや毛むしりの問題行動はほとんど見られなくなってしまいました。海ちゃんのストレスは、じっくり遊んでもらえなかった、そしてトイレが十分な大きさではなかったストレスからきていたのですが、トイレが狭いよ、と行動で教えてくれていました。
猫の心に寄り添い、猫に猫らしい生活環境を与えることで、問題がなくなったのです。今も海ちゃんは我が家でのんびり過ごしています。

問題行動の中には自分のしっぽを追いかけて咬みちぎってしまうようなことをする犬もいます。先日も病院にまだ若い1歳未満のミニチュアシュナウザーの男の子で自分のしっぽを追いかけてかじってしまうために血が出てしまう、行動を止められない、という悩みの犬が来ました。実はこの犬は人の「強迫性障害」という手を洗い続けてしまうような症状がある病気と同じで、動物の場合「常同障害」と呼ばれる病気を持っている子でした。この症状は、人の強迫性障害と同じように、脳の機能の異常があるとわかっているので、人と同じお薬を使って、さらに認知行動療法に似ている行動修正法を使って治療しています。
犬や猫の心に寄り添った時に、人でいう精神科の領域の病気で苦しんでいる動物たちもいて、その場合には人と同様、お薬を使って治療もするのです。

s190924_002.jpg

現在我が家には2か月齢の子猫の男の子が3匹います。友人のおうちの庭の室外機の下に野良猫のお母さんが生んで、置いておいたらしいのですが、お母さん猫が何等かの都合で帰ってこなくなり、3-4週齢で友人により助けられた子たちです。実は2-3か月齢までの子犬や子猫の時期は人同様とても大切な時期になります。「三つ子の魂100まで」の言い伝えがありますが、犬猫も生まれて最初の2カ月間は母動物、兄弟、そして周りにいる人や環境に慣れていき、お互いにコミュニケーションの方法を学び、社会化を身に着けていきます。現在その大切な成長を遂げている子猫たち3匹が自宅にいますが、彼らの成長は毎日見ていて面白く、1日1日新しい行動ができるようになって、どんどん新しいことを学んでいることが見て取れます。兄弟同士の遊びから猫同士のコミュニケーション方法を学んだので、ぼちぼち人間家族のもとにそれぞれ旅立つときかなと思っています。
子犬子猫時代に仲間同士と遊ぶ機会がなくてコミュニケーションを学びあったり、周りの環境に慣れることができないような環境、例えば狭いケージの中にずっといるような環境に育つと、大人になっても心にその傷が残ることが分かっています。

動物の心も人同様小さい時から大切に育てないといけないのです。
動物たちに寄り添うと、その奥深さが見えてきますし、その心の基本は人と本当に似ていることがよくわかります。動物にも感情をつかさどる心があるのです。人とまったく同じとは言いませんが、基本的な部分は一緒です。だから動物と付き合う時も人の子どもと付き合うように心を読んでいただくと彼らの言葉が見えてくるかもしれません。
私は動物の心療内科医として、動物の気持ちや心を飼い主家族に伝える仕事をしています。この学問が広がることで幸せな人と動物が増えることを願っています。

関連記事