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「失われたいくつもの命が教えてくれたこと」(視点・論点)

NPO法人チャイルドファーストジャパン 理事長 山田 不二子

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私は20年以上、子ども虐待の防止に取り組んでまいりました。
本日は、子どもの虐待防止において考えるべきことについてお話したいと思います。

2018年3月2日に当時5歳の船戸 結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった目黒区の事件については、香川県善通寺市から東京都目黒区への転居によって、この家庭への支援が途絶えてしまい、それが結愛ちゃんの死亡に大きな影響を及ぼしたことがすでに厚生労働省・香川県・東京都の死亡事例検証報告書にも記載されていますので、詳細は、そちらに譲ることとしますが、私が最も強調したいのは、「身体的虐待の場合、外傷が重症であれば、通常、虐待も重症と判断できますが、外傷が軽症だからといって、虐待も軽症とは言えない」という事実です。たとえば、口と鼻を塞ぐ鼻口閉塞は命に直結する身体的虐待ですが、外傷は何一つ残りません。
2度にわたる一時保護の際に、結愛ちゃんに確認された外傷の一つひとつは軽症で、特段の医療を要すものではなかったかもしれません。しかし、2度とも体表外傷が多発していました。1度目の一時保護のときは、父親が結愛ちゃんの食事を制限するために暴力を振るっていたことを強く示唆する口唇・口腔の外傷や、虐待以外では受傷することがまずない耳介の外傷なども認められました。さらに、2度目の一時保護の際には、口唇外傷のほか、腹部を殴られたり、蹴られたりしたことによると推定される皮下出血が腹部に多発していました。このような腹部鈍的外傷は、内臓損傷を引き起こす危険性があり、命に関わる虐待です。たまたま、そのときは内臓損傷を来さなかったとしても、繰り返されれば、命の危険を伴います。
2度目の一時保護を解除された後、2017年8月と9月にも結愛ちゃんには体表外傷が認められ、10月には結愛ちゃんが自ら一時保護を求めました。
たとえ、外傷一つひとつは軽症だったとしても、多発したり、頻発したりするのであれば、加害者の精神病理が深いか、子どもを守る家族機能が不全状態に陥っていることを意味します。にもかかわらず、「本児が受傷した外傷は治療を要さない皮下出血で、軽症だから虐待も軽症」と判断されて、結愛ちゃん本人から発せられたSOSはかき消されてしまいました。
身体的虐待の重症度アセスメントで重要なことは、外傷の重症度だけではありません。どのような暴力で起こったのかという外傷のメカニズムや頻度、加害者の精神病理、そして、加害者から子どもを守れない家族病理など、なぜ、その家庭で虐待が発生したのかという虐待の力動も併せて、重症度をアセスメントしなければなりません。

では、続いて、今年の1月24日に、10歳の栗原 心愛(みあ)ちゃんが死亡した野田市の事件を見ていきましょう。
千葉県の死亡事例検証が始まってから明るみに出てきた情報ですが、“2017年11~12月の保護期間中、医師や柏児相職員らに対し「父親から夜中に起こされ、窓の外に誰かいるから見てこいと言われた」場面について話した。「パパが急にズボンを下ろしてきた。パンツも脱げて『やめてよ』と言ってすぐに上げたら、パパから『そんなこと言うとバレるだろ』と言われた」と打ち明けた”そうです。
これらの情報がすべて事実だったとしても、性虐待はグルーミングと呼ばれる手なずけ行為を伴いながら、エスカレートするものですから、「1回だけだったから大丈夫」とか、「性的接触は未遂に終わってよかったね」ということにはなりません。
さらに言えば、もし、心愛ちゃんがこのような打ち明けをしたとき、まだ『ためらいがち』の段階にあった場合、ほんとうは、「やめてよ」とは言えなかったかもしれませんし、自分でパンツを上げて、性的接触を防ぐことはできず、実は、性虐待を受けていたのかもしれません。
子どもが性虐待にどのように反応し、どのようなプロセスを経て性虐待被害を打ち明けるのかといった基本的知識があれば、一時保護を解除するという判断にはならなかったでしょう。
ところで、「そんなこと言うとバレるだろ」という発想は加害者のものであり、被害児の発想ではありません。子どもがこの言葉を聞いたことがないのに、自分でねつ造して発言することはできません。ということは、心愛ちゃんは、必ずや、どこかの場面でこの言葉を加害者から聞いています。子どもが語る言葉のどれが、経験がなければ語れない事実で、どれが、ためらいがちの段階にあるためにすべてを話せなかった情報なのかを見極めるスキルも求められます。
なお、結愛(ゆあ)ちゃんのお母さんも、心愛(みあ)ちゃんのお母さんも、夫からDVを受けていたと言われています。DV加害者の支配下にある母親は、周りの支援を受け入れることが非常に難しい心理状態にあることを十分に理解したうえで、子どもたちをどう守り、支援していくかを考えなければなりません。

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最後は、2歳6か月の池田 琴梨(ことり)ちゃんが今年の6月6日に死亡した札幌市の事件です。この事件の場合、1歳6か月児健診が最大の介入ポイントでした。
琴梨ちゃんは、4か月児健診では身長 58.4 cm、体重 5,500 gと正常範囲だったのに、1歳6か月児健診では身長 68 cm、体重6,750 gと、標準偏差の4倍以上も平均値から外れていました。ちなみに、標準偏差の英語はStandard Deviationなので、SDと略されます。
身長や体重はほぼ正規分布を示し、次のようになります。

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正規分布では、+1 SDから-1 SDの間に68.2%が入り、+2 SDから-2 SDの間に95.4%、+3 SDから-3 SDの間に99.74%、+4 SDから-4 SDの間に99.994%が入ります。つまり、+4 SD以上が0.003%、-4 SD以下が0.003%なのです。
ここで、低身長に関する鑑別診断を頻度順に挙げますと、通常であれば、両親からの遺伝による体質性の低身長、基礎疾患に基づく低身長、低栄養による非器質性発育障害(Non-Organic Failure to Thrive: NOFTT)による低身長の順となります。
しかしながら、琴梨ちゃんが呈したこの低身長は、0.003%、すなわち、10万人に3人の水準でした。これは、両親からの遺伝による体質性の低身長では説明できません。従いまして、基礎疾患に基づく低身長か、非器質性発育障害が長期化したことによる低身長のどちらかということになり、この時点で、精査が絶対的に必要だったことを意味します。
琴梨ちゃんに関する最初の虐待通告は、1歳9か月時でした。このときに、琴梨ちゃんに入院してもらって基礎疾患を精査しつつ、適切な栄養を与えることで、身長や体重がキャッチアップすることを確認できれば、琴梨ちゃんが長期にわたって低栄養状態に陥っていたことが明らかになったでしょう。
非器質性発育障害は通常、やせで見つかることが多いのですが、低栄養状態が長期化すると、身長の伸びが止まって、身長と体重のバランスが正常化してしまうため、「単に小柄な子ども」と誤解されて、低栄養による低身長が見逃されてしまいます。
二度と同じ過ちを繰り返さないために、母子保健や児童福祉に関わる人たちは、非器質性発育障害に関する知識も十分に習得しておかなくてはなりません。

6月6日に亡くなった札幌市の琴梨ちゃんも、8月28日に亡くなった鹿児島県出水(いずみ)市の大塚璃愛來(りあら)ちゃんも、加害者として、お母さんのボーイフレンドが疑われています。母子家庭の子どもが母からネグレクトされている状態で、暴力的な男性が同居し始めると、子どもは重大な危機にさらされるということを忘れてはなりません。

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