「赤ちゃんの夜泣き、必要なのは『我慢』だけ?」(視点・論点)
2019年07月30日 (火)
NPO法人赤ちゃんの眠り研究所 代表理事 清水 悦子
皆さん、こんにちは。NPO法人赤ちゃんの眠り研究所の代表理事をしております清水悦子と申します。今日は、「赤ちゃんの夜泣き」をテーマにお話しをさせていただきます。
私は自分の娘の夜泣きに悩んだことをきっかけに、2011年から、講座や出版を通して、赤ちゃんの夜泣きに悩む家庭のサポート活動を行ってきました。2016年からは、NPO法人赤ちゃんの眠り研究所を立ち上げ、賛同してくれる仲間たちとともに活動を継続しています。
私は、夜泣きは各家庭だけの問題ではなく、社会全体で考えていくべき課題であるととらえています。育児中の母親の多くが、赤ちゃんの夜泣きに悩まされています。オーストラリアでの調査では、産後うつを発症した母親のうち、約70%が子どもの睡眠問題を訴えているということです。日本においても、「子どもが寝てくれずイライラした」という理由から虐待され、死に至るケースも聞かれます。母親だからといって、自分の睡眠を一晩に何度も阻害されても「大丈夫」「我慢できる」ということではありません。
そこで本日は、私たちの講座でお伝えしている夜泣きの原因や対処法のエッセンスをお伝えするとともに、子育て家庭ではない皆さんにも、赤ちゃんの眠りを社会全体の課題として考えるきかっけになればと思います。
赤ちゃんの夜泣きとは、一般的には、「授乳やオムツ替え、病気などといった特定の理由がないにも関わらず、毎晩のように夜中に泣く状態」と説明されます。生後6ヵ月前後から始まることが多く、数日や数週間で収まる場合もあれば、2,3歳まで続くケースも見られます。夜泣きは成長とともに解消されていくため、睡眠障害などの病気という区分ではありません。そのため、小児科や自治体の育児相談窓口などで相談しても、「今はそんな時期だから、もう少しの我慢ですよ」といった対応が多いのが現状です。
では、本当に「我慢」だけしか対処法はないのでしょうか。そんなことはありません。
オーストラリアやアメリカ、イギリス、イスラエルなどでは、乳幼児の睡眠問題に対して、非常に多くの研究がおこなわれています。それらの研究から、私たちが行う夜泣きの講座では、赤ちゃんの眠りの悩みの解決に向けて、主に2つのポイント、「生活リズム」と「寝かしつけ」の大切さをお伝えしています。
まずもっとも大切なのが、睡眠の土台をつくる「生活リズム」です。
赤ちゃんは一日の大半を眠って過ごすので、いつ寝ていつ起きても構わないというのが、これまでの一般的な考え方でした。昔は、大人も含め早寝早起きが当たり前の生活だったので、これでも問題なかったかもしれません。しかしながら、現代社会では、このような考えのまま赤ちゃんと生活すると、赤ちゃんの眠りの質が大きく下がってしまいます。
私たち人間は、体の中にある時計「体内時計」によって、寝たり起きたりを繰り返しています。このリズムがある程度一定であることが、睡眠の質を高く保つために非常に重要です。この体内時計は、光によって強くコントロールされています。「朝、同じくらいの時間に明るくなり、夜、同じくらいの時間に暗くなる」ということを毎日繰り返すことが、質の良い睡眠のためには大切なのです。そして、大人とは異なり、赤ちゃんの体内時計は発達の途上にあります。規則正しい生活を繰り返すことで、赤ちゃんの体内時計は成熟していき、その結果、夜にまとまって眠ることができるようになるのです。
夜更かし型の生活が当たり前になっている現代社会では、赤ちゃんを親が寝室に行く時間まで明るいリビングの下にいさせることも多くあり、赤ちゃんにとって、いつが昼でいつが夜なのかがわかりにくい生活になりやすい状況です。そうすると、赤ちゃんの体内時計が整いにくくなり、睡眠の質が低下し、寝つきの悪さや夜泣きに悩まされることが多くなるのです。
次に寝かしつけについてお話します。なぜ、寝かしつけが赤ちゃんの夜泣きにつながるのでしょうか。赤ちゃんの眠りの特徴を見てみましょう。
人間の睡眠には、夢を見る睡眠と言われる「レム睡眠」と、それ以外の「ノンレム睡眠」という状態があり、決して一定の状態で眠っているわけではありません。
このような睡眠の特徴から、赤ちゃんの眠りの邪魔をしないために、気をつけたいことが2点あります。
1つ目は、赤ちゃんが寝ぼけているときに起こさないことです。レム睡眠中の赤ちゃんは、ときどき寝ぼけて声をあげたり、動いたりすることがあります。この寝ぼけた状態を、「起きた」と勘違いして、授乳やオムツ替えをしてしまうと、赤ちゃんを起こしてしまうことになります。産後の母親はホルモンバランスの関係で眠りが浅くなっていて、赤ちゃんのちょっとしたぐずりにも敏感に反応してしまいがちですが、「寝ぼけているのかな?」と思ったら、赤ちゃんを触らずにそっと見守ってあげてください。そうすると、何回かに1回は、自分で泣き止んでまた眠りに戻っていくことがあるでしょう。
2つ目は、なるべく手のかからない寝かしつけ方法を習慣にすることです。「ノンレム睡眠」は大まかに、浅い眠りと深い眠りにわけられます。ノンレム睡眠の浅い眠りの際に、赤ちゃんは一度起きて周りを確認するような動作が見られることがあります。これは、眠っているときに何か危険があったら対応ができるようにという生物学的な命を守る仕組みです。睡眠中は無防備で、危険と隣り合わせであるために、赤ちゃんは安心を求めて、寝かしつけの習慣に強いこだわりを持つことがあります。夜中に同じ寝かしつけをしてほしいと泣かれても、これくらいだったらできるかなというくらい楽な寝かしつけで、赤ちゃんを寝かせるようにしましょう。すでに手のかかる寝かしつけが習慣になっていて、夜間に頻繁に起こされる状況が続いている場合には、その癖になってしまった大変な寝かしつけ習慣を辞めていくための、さまざまな行動療法による改善策があります。今回は時間の関係で紹介だけにとどまりますが、「ねんねトレーニング」といった言葉で、書籍やインターネットを調べ、実践してみてもいいでしょう。
このように、これまで「理由がわからない」とされてきた赤ちゃんの夜泣きですが、その一部には、赤ちゃんなりの理由があって泣いているものがあり、ひどい夜泣きを予防したり改善したりできることが、多くの研究で示されているのです。
赤ちゃんの眠りの特徴について、こういった知識を得て行動に移すことで、育児が楽になることがあります。しかしながら、それだけでは十分ではありません。
ママたちのお話を聞いていると、「夜泣きが解消されること」だけではなくならない悩みをもっていらっしゃる方も多いと感じます。
それは、孤独の「孤」という字を書く「孤育て」の問題です。
夜眠れないことがつらいということをパパに伝えられない、また伝えたとしても理解や協力をしてくれない家庭内での孤立。
夜泣きが続くと、近所の人に虐待と思われるのではという、地域からの孤立。
早く寝かせてあげたくても、早く帰るための会社の環境が整っていないという、経済社会からの孤立。
子育ては一人ではできません。ママ自身もいろんな人を巻き込みながら育てていく意識を持ち、また、近所の人たちも「おはよう、大きくなったね」と声をかけ、温かいつながりの中で子育てができるようになると、夜泣きが続いたとしても、心が軽くなることもあるのではないでしょうか。
また、赤ちゃんや大人たちが十分な睡眠時間を取れるように、社会全体の構造や仕事のあり方を考えていくことが、子どもたちの健全な育ちのために不可欠だと私は考えています。