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「尾瀬 植物たちは今」(視点・論点) 

自然写真家 新井 幸人

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今年もまた、尾瀬に夏が巡ってきました。
「おはようごさいます」「こんにちは」と、木道を渡ってくる尾瀬学校の児童や生徒達の元気な声がこだまする尾瀬は、2007年日光国立公園から分離し、会津駒ヶ岳、帝釈山、田代山などを編入して新しく尾瀬国立公園として生まれ変わりました。群馬県、福島県、新潟県、栃木県の4県にまたがっています。
尾瀬国立公園で最も多くの人が訪れるのが、本州最大規模の高層湿原と言われている尾瀬ヶ原で、標高が1400メートルあります。

【VTR】
 この映像はドローンで撮影しました。緑の湿原の中に点在する大小の池塘(ちとう)が、
さわやかな夏の尾瀬を象徴しています。
 1974年6月の深夜、三平峠を越えた私は、尾瀬沼畔で幻想的な夜明けに出会い、その光景に衝撃を受けました。そして休日を利用して尾瀬の撮影に没頭しましたが、もっと深く尾瀬を撮影したいと、1982年、職を辞して写真家として独立しました。

その尾瀬ヶ原で、夏の代名詞とも言われているニッコウキスゲが、梅雨空の下、見頃を迎える季節になっています。しかし、残念なことに、かつてのように緑の湿原を黄色く染め尽くす姿はなく、最近では木道の脇に点在する程度となんとも淋しいありさまです。

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 ご覧いただいているのは10年前の風景です。10年程までの写真にはニッコウキスゲが咲き揃った中田代下ノ大堀だけでなく、奥の湿原も黄色いニッコウキスゲに彩られています。
一方、こちらは先週同じ場所で撮影したものです。写真にはヤチヤナギはヤマドリゼンマイの姿はあるものの、残念なことにニッコウキスゲはほとんどみられません。
では、なぜ尾瀬ヶ原からニッコウキスゲの群落が消えたのか、考えてみたいと思います。
 
 まず、大きな要因といわれているのがニホンジカによる食害です。

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ニホンジカはニッコウキスゲだけでなく、大好物といわれるミツガシワを始め多くの植物を手当たり次第に食べ尽くし、植物の宝庫・尾瀬に壊滅的な被害を与え続けています。
加えて、ニホンジカは体についているダニなどの寄生虫を落とすためなどに泥を浴びます。尾瀬では泥の代わりに湿原を形成している泥炭でそれを行いますから、一年間に1ミリしか成長しないと言われている湿原の泥炭は、あちこちで掘り起こされ、見るも無惨な姿になっています。これを「ヌタ場」と呼んでいます。

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そんなことから、尾瀬を管理している環境省では、尾瀬ヶ原中田代の一角に、柵を設置して、ニッコウキスゲをニホンジカの被害から守る調査を始めました。

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こうした防鹿(ぼうろ)と呼ばれる植生保護柵は、やはりニホンジカの食害などでニッコウキスゲが大打撃を受けた大江湿原で林野庁が、また同様に壊滅的な被害を受けた尾瀬ヶ原竜宮のリュウキンカと、ミツガシワの群生地に群馬県がそれぞれ設置しています。その結果、大江湿原にはニッコウキスゲの姿が戻り、竜宮でもリュウキンカの数が年々増えてきています。
つまり、植生保護柵は一定の成果を得ていることが大江湿原、尾瀬ヶ原竜宮で立証されたことになります。
しかし、東西6キロメートル、南北2キロメートルに及ぶ広大な尾瀬ヶ原全体を保護柵で囲むことは、半年以上豪雪に覆われてしまう特異性などを考えれば、保護柵を、毎年、雪解けに設置して根雪までに撤去する作業を、ボランティアや企業の協力だけで行えるかなど、クリアしなければならない課題が多く、現実離れしてしまうのが事実です。
加えて、至仏山、燧ヶ岳、アヤメ平、尾瀬ヶ原、尾瀬沼地区など全域が国立公園の特別保護地区に、文化財保護法の特別天然記念物に指定されているために、銃や麻酔銃、ワナなどによる捕獲が出来ない地域でもあります。
そんなことから、特別保護地区の外側で群馬県側、福島県側ともにニホンジカの捕獲を行っていて、群馬県、福島県で数百頭を捕獲しているとのことですが、それぞれの猟友会会員の減少、高齢化などもあり、必ずしも芳しい成果を得られていない状況です。

では、なぜ、尾瀬でここまでニホンジカが増えてしまったのか、素人なりに想像してみますと、考えられるのは、いわゆる温暖化の影響で冬場の積雪量が、年々、減少してしまったことではないでしょうか。

【VTR】
映像は1996年のヨッピ吊橋の除雪風景です。除雪隊員と橋、あるいはアンカーをご覧いただくと、積雪量が一目瞭然かと思います。
尾瀬は国内でも有数の豪雪地帯と言われ、私が頻繁に厳冬期に入山していた1980年代頃、4、5メートルの積雪はあたりまえで、時として6メートルを超す年もありました。それがいつのまにか積雪が3、4メートルと減り、厳冬の尾瀬ではすめないといわれていたニホンジカと出会ったのは約15年ほど前のことでした。そして最近では積雪が2メートル程度と激減したまま推移していますから、雪の中でも餌となる植物を十分確保できる環境に、尾瀬がなってしまったのではないかと思われます。それから、ついでに触れますと、尾瀬は元来、野鳥を含めた動物や昆虫たちの住処(すみか)でしたから、登山道で、あるいは木道でこうした先住民に遭遇することもあります。しかし厳冬期にニホンジカの姿を見るようになったのは、やはり暖冬小雪になってしまった近年なのです。

さて、尾瀬では、2017年、約20年ぶりに第四次尾瀬学術総合調査が始まっています。この調査では陸上の植物だけでなく、水生植物の生育環境調査、昆虫類、水生昆虫など、さらに湿原の植生と泥炭環境調査、もちろんニホンジカによる植生への影響調査なども専門家によって行われていると聞いています。
また、1952年の第一次調査から65年ぶりとなる動植物の生息調査、基礎研究も同時におこなわれているとのことですから、私たちが木道を歩きながら眺めている季節の尾瀬の姿に見える変化、また私たちの目には見えない変化なども解明されて、今後の尾瀬保全に生かされるものと期待しています。
1949年に発表され多くの方が一度は口ずさんだことのある唱歌「夏の思い出」は、現在でも中学校の音楽の教科書に載り、多くの人たちに歌われ親しまれています。
その尾瀬は日本の自然保護活動発祥の地、あるいはその原点と言われてこれまで先進地として、他の国立公園などをリードしてきた歴史もあります。
がしかし、地球規模の環境の変化に飲み込まれてしまいかけているのかもしれません。今を生きる我々の世代が英知を出し合って、尾瀬を守り、次の世代の人たちに「はるかな尾瀬」を伝える使命を感じます。

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