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「次世代工業材料開発に賭ける」(視点・論点)

東京工科大学 学長 軽部 征夫

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日本の素材産業は製造品出荷額などが56兆円、付加価値額が20兆円を誇る我が国のリーディングインダストリーになっています。代表的な素材は、プラスチック、紙・パルプ、ガラス、セメント、セラミックス、複合材料などです。特に、鉄鋼、高分子、セラミックス、複合材料などの重要材料分野で諸外国には真似のできない素材を作り出すことに成功するとともに高度な技術力を持つに至りました。これらの素材を組み合わせて製造する航空機を例に、新素材の応用について話をしたいと思います。

世界経済の発展とそのグローバル化により、航空旅客数や航空貨物の数が急激に伸びており、20年後には輸送量は現在の2.3倍、機体数は2倍になると推定されています。このままではCO2排出も2倍になってしまいます。航空機はエンジンにおいて化石燃料を消費し、温室効果ガスや、有害排出ガス、そして騒音を生み出し、環境に悪影響を与えます。そのため、航空機用ジェットエンジンの性能の改善が不可欠です。

まず、ジェットエンジンが排出するCO2を減らすには燃焼効率の改善が有効です。現在のジェットエンジンでは高温に長時間耐える「超合金」が使用されていますが、その耐用温度は既に金属の限界に到達しており、これ以上効率を上げることができません。そこで、新素材がエンジンの高温部品として、利用されるようになってきました。
 それはセラミックス複合材料です。CMC(Ceramic Matrix Composite) とも呼ばれます。CMCは金属よりも遥かに高温で利用することができるため、ジェットエンジンの燃焼効率を大幅に改善することができ、消費するエネルギーの削減、排出するCO2の削減、有害排出ガスの削減、騒音削減に大きく貢献します。
 複合材料というものは、異なる特性の材料を組み上げて作製された、より良い性質を持つ材料のことをいいます。CMCの場合、セラミックスの繊維をセラミックスと組み合わせることによってできた複合材料を意味します。

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ご承知の通り、セラミックスは軽量で耐熱性という点で金属より大変優れていますが、もろいという弱点があります。そこで考え出されたのが、セラミックスに使用する炭化ケイ素・SiCに繊維を組み込むことで、壊れにくくしたCMCです。

 CMCの中でも炭化ケイ素の繊維を炭化ケイ素のセラミックスの中に閉じ込めることで複合化した素材は、1500℃の高温に耐えることから、ジェットエンジンの部材として最適です。主要なジェットエンジンメーカー3社すべてが、炭化ケイ素でできたCMCをジェットエンジンの部材として使用する方法を現在研究開発しています。ところが、このCMCを作るには日本の技術がなければできません。そのため、日本企業のCMCの部材化に関する研究開発に熱い視線が注がれています。

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CMCに用いられているSiC繊維は日本で開発された物であり、それを事業化して安定的に製造できているのは日本国内の2社のみです。国内ではSiC繊維が日本発の素材であるという優位性を生かして、国際的にもこの分野の製品開発をリードしていくことが期待されていました。
しかし、このように優れた素材がありながらCMCを民生用航空機材料として最初に実用化したのは米国の航空機エンジンメーカーであり、日本は遅れをとってしまいました。日本のポテンシャルを最大限発揮するには、産官学が一緒になって素材製造と製品製造の連携、製品化に必要な研究の加速が必要であると考えられていました。

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本学のセラミックス複合材料センターは、日本におけるCMC開発の中心となる研究センターを作りたいという産業界の求めに応じ、経済産業省の協力のもの2017年4月に創設されました。新たな工業材料が使われるタイミングは、その業界に新規参入する好機でもあり、タイムリーに製品を投入するためには産官学が連携して研究開発を加速する必要があります。ところが、CMCの実用化を推進するための総合的な研究所は、日本はもとより世界にもなく、非常にユニークな組織です。
CMCセンターでは実用化の加速を使命とし、人事も工夫しました。企業で長年CMCの研究開発に携わった専門家を特別研究教授として招聘し、大学の研究者と一体となってCMC用の素材、プロセス技術、特性測定、品質保証などの研究を重点的に推進しています。 
 大学の中で近未来の最先端材料の研究開発を行うことのメリットは多数あります。その一つは、他分野の知識を素早く利用可能であることです。現在の材料開発は、従来の実験に加えて、コンピュータシミュレーション、人工知能など、これまで材料開発と縁遠かった領域の知識の活用が重要だといわれています。これらの知見を総動員し、サイバー技術を活用した材料開発を、CMCを対象として行っています。また、学生がこれらの研究に参加することで、次世代の人材育成も行うことができます。

素材産業には強い競争力がある一方、より付加価値の高い、部材、ユニット、最終製品の分野では、厳しい戦いを強いられています。日本の企業は、素材は強いが利益率は低いことが現実です。それに対して、欧米企業の場合、世界中から調達した良い素材を優良な製品へと展開することで、より多くの利益を享受しています。
素材から製品まで結びつけることが出来さえすれば、日本の産業は今後も持続的に発展できると考えられます。そのためには、第一に素材産業自体が今後も技術力を保持し続ける、第二にそれら素材の特性を生かし製品まで作り上げる技術力を身に着けるべきでしょう。今後、最先端のサイバー技術を駆使することで、生活者のエクスペリエンスに直結する製品を開発していくことが求められます。
そのためのオープンな研究の場として、大学が果たす役割は極めて大きいと考えます。

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