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「学校管理下の事故を予防する」(視点・論点)

NPO法人 Safe Kids Japan 理事長 山中 龍宏

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 子どもたちが学校生活を送る上では、「安全を最優先に」と言われていますが、現実には事故が起こり続けています。今日は、学校管理下の事故について、どのような実態なのか、予防対策がきちんと行われているかどうかについてお話したいと思います。

まず、実態をみてみましょう。
わが国の学校管理下の事故のデータはよく整備されています。日本スポーツ振興センターの災害共済給付制度は、子どもたちが家を出て、学校生活をし、家に帰り着くまでのあいだに、ケガをした、あるいは病気になって、総額で5,000円以上の医療費がかかったものについて災害共済給付金が支給されるシステムで、毎年、申請されたデータの統計が出ています。災害共済給付への加入は、幼稚園、保育所の子どもたちは8割くらいですが、小学校、中学校、高等学校の子どもたちの加入率はほぼ100%となっています。1700万人弱の子どもたちが加入しています。

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毎年、発生件数は100万件を超えており、その9割以上はケガによるものです。最近2年間のデータを見比べてみましょう。驚くほど、似ていますね。就学前の子どもは2%、小学校では5%、中学校では10%、高等学校では8%の子どもたちが災害共済給付の支給を受けているのです。これ以前のデータを見ても、ほとんど同じです。極端に言うと、昨年のデータをコピーして、今年のところに貼り付ければ今年のデータになるのです。
この数値から、時間当たりの発生頻度を計算してみましょう。子どもが家を出て、保育や学校生活をし、家に帰り着くまでを9時間と仮定し、年間の授業日数を200日として計算してみると、6秒に1人、1分間に10人が災害共済給付を受けるケガをしていることになります。これは、医療機関を受診した重症度が高い事故ですが、医療機関にかからない事故は、この何倍か、発生しているのです。

学校管理下で死亡事故が起こると大きなニュースになりますね。
重大な事故が起こってからの経緯を図に示しました。

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事故直後はメディアで大きく取り上げられ、校長が謝罪し、文部科学省は安全に配慮するよう通達を出し、消防庁からは過去にも同じ事故が起こっていたことが報告されます。2~3か月経つと、教育長から「危険に対する認識が不足していた」とコメントがあり、メディアは「事故の情報が共有されていなかった」と指摘します。警察は担任と校長の責任を問うため業務上過失致死の疑いで送検し、1年半も経つと起訴され、有罪判決が出るころには、また他の学校で同じ事故が発生するというパターンを繰り返しています。この図に示した状況は、プールの排水口に吸い込まれての死亡、学校の校舎の天窓からの転落死、サッカーゴールが倒れての死亡、食品による窒息死、スポーツ事故による死亡などで見られています。行政処分を行うだけで終わってしまう現在のようなシステムでは、次の同じ事故を予防することはできないのです。
 これらの事実から、学校管理下の事故に対する取り組みは行われていない、あるいは行われていたとしても効果がないといえます。
それではどうしたらいいのでしょうか? 
交通事故に対する取り組みを見てみましょう。

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 交通事故については交通事故総合分析センターから毎年、報告が出ています。ほぼ毎年、交通事故の死者数は減少しており、2018年の交通事故による24時間以内の死者数は3,532人でした。10年前に比べて、発生件数、死者数、負傷者数はそれぞれ大幅に減少しています。
 2018年の労働災害の発生件数は、約12万7千人、死亡は909人と報告されていますが、労働災害の発生数もほぼ毎年減少しています。
 これらの分野は、交通安全基本計画や労働災害防止計画として5年ごとの目標値を掲げ、予防計画を立て、実態を把握して分析し、どうしたら目標値を達成できるかを検討し、そのための具体的な対策を立てています。その結果、事故の発生件数が着実に減っているのです。交通事故への対策をモデルにして、学校管理下の事故に対しても、毎年出される災害共済給付のデータを分析して課題を明らかにし、関係者が対策を検討し、実行した対策によってどのくらい事故が減ったかを検証することが必要なのです。
 例えば、カナダでは、小学校の遊具の設置面を砂にした場合とウッドチップにした場合のデータを集めたところ、砂の方が骨折が少ないことがわかりました。その結果に基づいて、設置面を砂にする対策を普及させることになりました。
 事故の情報収集に関しては、日本スポーツ振興センターとは別に、保育管理下の事故も収集されるようになりました。2016年4月から、内閣府、厚生労働省、文部科学省によって、死亡事故と治療に要する期間が30日以上の重篤な事故の報告が義務付けられました。この情報は、内閣府子ども・子育て本部のホームページの「事故情報データベース」で誰でも見ることができます。2017年は1234件の事例が登録されています。

学校管理下の事故を減らすためには、どうしたらいいのでしょうか? 

対策がうまくいって、事故件数が毎年減っている交通事故や労働災害のシステムをモデルにするとよいと思います。

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交通事故については、内閣府に中央交通安全対策会議が設置されていますので、それと同じように「中央学校安全対策会議」を文部科学省に設置し、交通安全基本計画と同じように、学校安全基本計画を国として策定し、5年ごとに評価するシステムを構築することが必要です。学校事故は、交通事故の倍以上も発生しているのです。交通事故総合分析センターに相当する「学校事故総合分析センター」を設置して、情報の収集、分析、評価をする必要があります。
もう一つは、リスクマネジメント体制の整備です。学校現場で重症のケガが起こったり、死亡事故が起こった後は、大変なことになります。それを現場の校長だけで対処するには限界があります。そのような事態はめったに起こるわけではありませんので、各県に一人、教育委員会に危機管理官を任命して、事故死が起きたらすぐに現場に行って支援する、また、弁護士も配置していっしょに対応するシステムが必要です。

 これまで、事故は、偶発的に、ランダムに起こると考えられ、ケガを負うのは「運が悪い」、あるいは「不注意のため」とされていました。
 事故が起こると、「あってはならないこと、注意喚起、周知徹底、安全管理を徹底、再発防止に努めたい」などと言われるだけでした。学校事故では、それらの対応の効果を評価することは行われず、何か言いさえすれば対策をしていると認識されているようです。現在、事故予防が進んでいる分野では、「心がけ」ではなく、科学的に効果があることを実施しています。予防とは、変えられるモノを見つけ、変えられるモノを変えることなのです。
学校管理下の事故の情報は、本来、子どもたちと子どもたちを守る国民の貴重な共有財産なのです。目の前に、学校管理下で起こった事故の正確なデータ、1年間に100万件のデータがあるのです。学校安全のためには、「学校事故総合分析センター」を設置して、科学的な事故予防に取り組む必要があると私は考えています。

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