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「欧州議会選挙とEUの今後」(視点・論点)

北海道大学 教授 吉田 徹

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 先の5月23日から26日にかけて、EU各国では欧州議会の議員を選ぶ欧州議会選挙が行われました。751議席からなる欧州議会は、EUの政策を決める重要な機関のひとつであり、世界最大の議会のひとつです。
今回の欧州議会選では、注目された、いわゆるポピュリスト政党の伸張は予想されたほどではありませんでした。代わりに複数の会派が群雄割拠するような、議会の分極化がみられました。各国の政党政治の流動化が欧州議会にも反映されたといえるでしょう。
それでは、今回の欧州議会選挙の特徴は何であったのか、また今後のEUはどこに向かうのか、そして世界や日本とどう関係するのかということを見ていきたいと思います。

まずは、欧州議会の新たな議席数を見ていきましょう。

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 こちらのグラフは、青色が親EU派、赤色が反EU派の議席の数です。このように、欧州議会議員が比例代表で直に選ばれるようになった1979年から、両会派合わせて常に過半数を占めてきた、中道右派の「欧州人民党」と、中道左派の「社会民主進歩同盟」が過半数割れを初めて経験しました。代わりにリベラル派の「欧州自由民主連盟」、環境保護派である「緑グループ・欧州自由連合」が躍進し、さらに極右ポピュリスト勢力の会派である「国家と自由の欧州」と「自由と直接民主主義の欧州」が得票率をほぼ倍増させ、合わせて議席の約15%を獲得しました。もっとも、イギリスの「ブレグジット党」やポーランドの「法と正義」など、有力な反EU勢力の横断的な会派形成はなく、またイギリスのEU離脱が実現すれば欧州懐疑派の議席もあわせて減るため、反EU勢力の影響力は過小に留まると予想されます。

 さて、今回の選挙では3つの特徴が見られました。
ひとつは、主要国の保革中道政党が票を大きく減らしたことです。ドイツの与党キリスト教民主同盟は第一党の座を守ったもの、得票を減らし、連立を組む社民党も歴史的な大敗を喫しました。EU離脱に揺れるイギリスの与党、保守党の得票率は10%にも届かず、野党第一党の労働党も得票率3位に甘んじました。オランダやオーストリア、デンマークなどでは与党が首位に立ちましたが、既成政党の衰退は顕著なものとなりました。
 次の特徴は、環境保護派の伸張が見られたことでした。ドイツ、フランス、オーストリアなどでは環境政党が大政党に肉薄、大きな存在感を示したことは、驚きを持って迎えられました。これは、特に都市部の環境保護意識の高い若年層の支持があったこと、また既成政党に不信感を持つ有権者による投票があったことが理由とされています。右派ポピュリストの台頭が地方の中高年有権者の「右傾化」の傾向だとすれば、その反作用として若年層の「左傾化」が見られたことが分極化に拍車をかけました。

最後の特徴は、高い投票率です。欧州議会選は各国有権者の関心を呼ばない「二次的選挙」と呼ばれてきましたが、今回は平均投票率51%と、過去最高の数字を実現しました。これはイギリスのEU離脱、反EUを掲げるポピュリスト政党の台頭、さらにアメリカ外交の変化や中国の台頭などによって、世界秩序が激変する中、EUに関心が向かったためとされます。

このように、欧州議会では、過半数を失った保革両会派、リベラル政党と緑の党の伸張、さらに極右ポピュリスト政党の定着をみましたが、次の焦点となるのが、EU機関の人事です。EU条約では、欧州委員会委員長の指名に際して、各国首脳は欧州議会の構成を考慮すると定められ、さらに前回の選挙から「筆頭候補」と呼ばれる、各会派による委員長候補が擁立されるようになりました。もっとも、今回最大会派となった欧州人民党の擁立するドイツのマンフレート・ウェーバー欧州議会議員の任命を、フランスのマクロン大統領が経験不足を理由に反対したため、人事案の協議が続いています。EU懐疑派は最大でも議席全体の約2割に留まったものの、欧州議会の分極化は、今後のEUの見通しを難しくしています。欧州委員会委員長の候補者について、6月21日の欧州首脳会議で夜を徹して議論されましたが、何れの会派の筆頭候補も指名されるに至りませんでした。欧州委員長、さらに個別政策を担当する各委員の任命に続いて、EU大統領と呼ばれる欧州理事会の議長、EU外相と呼ばれるEU外務・安全保障政策上級代表、さらに単一通貨ユーロを司る欧州中央銀行の総裁についても各国で合意を見出さなければなりません。こうした人事は、各国の利害、党派、男女比、大国と小国などのバランスを考慮して決定しなければなりません。EUは各国が協調することで大きな力を発揮しますが、足元が乱れれば、EUの存在意義そのものが揺らぐことになりかねず、微妙なかじ取りが求められることになります。
 マクロン大統領はEU改革に弾みをつけるため、これまでEU防衛力の強化やユーロ圏政府の創設などを訴えてきましたが、EU域内の不均衡を是正するためのユーロ圏の共通予算案はドイツなどの反対もあり、縮小を余儀なくされました。さらに極右と極左ポピュリスト政党からなるイタリアの連立政権による予算案は、EUの財政規律に触れるため制裁が検討されており、ハンガリーやポーランドといった旧東欧諸国では、法の支配やマイノリティの権利などが侵害されていることから制裁がやはり模索されており、加盟国は一枚岩ではありません。
つまり、反EU勢力を封じ込めるためにも、EUが市民にとって有益と感じられる改革が求められていますが、しかし他方では、各国の協調姿勢がなければ改革が実現できないというジレンマにEUは直面していると言えます。このまま改革が進まなければ、EUへの関心は再び衰退してしまうかもしれません。
ユーロ危機に続く高い失業率や不平等の拡大、各国でのテロ事件、さらに数百万人にのぼる移民・難民の流入危機は、多くのヨーロッパ市民が、EUのガバナンス能力に不信感を抱く出来事となりました。こうした超国家ガバナンスに対する不信に乗じて伸張してきたのが、各国のポピュリスト政党でした。こうした状況は、イギリスのEU離脱の国民投票、ドイツでの極右勢力の議会進出、さらに最近のフランスの黄色いベスト運動といった現象として現れました。ある世論調査では、来る10年から20年の間にEUが崩壊するのではないかとするEU市民も半数程度存在しています。

 もっとも、5月に行われたEUによる世論調査では、加盟が国益に資しているとするEU市民は平均して約7割と、1983年以来の高い割合を示しました。こうしたEU市民の戸惑いは、EUがどのような役割を果たしてきたのか、あるいは果たすべきなのかについて評価がまだ定まっていないものの、これまで築き上げてきたEUが崩壊してしまうことについての不安が強まっている証ともいえます。
 EUの行方は、世界と日本にとってどのような意味を持つのでしょうか。自国ファーストの姿勢が強まっているのはアメリカのみならず、EU各国でも同じです。もっとも、各国が国境を越えて協力することによって市民の厚生を高めようとしてきたのが欧州統合の歴史です。経済や環境など、一国単位では解決できないグローバルな課題がますます山積する中、緊密な国家間協力のモデルをヨーロッパが示し続けることができれば、それは国際協調主義を掲げる日本にとっても重要な意味合いを持つといえるのではないでしょうか。

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