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「野生のアフリカゾウと共に生きる人間の暮らし」(視点・論点)

酪農学園大学 特任教授 中村 千秋

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 私は今から30年前の1989年より、アフリカのケニアにある国立公園とその周辺地域を中心に、野生のアフリカゾウと地域住民の共存のための研究と活動を続けています。活動を通して、この地域の自然生態系の循環には、野生のアフリカゾウがとても重要な役割を果たしていることが分かりました。そしてそれはケニアにとどまらず、人間社会全体を守ることにもつながると考えるようになりました。
 なぜ、ゾウの生活する場所を保護することが、人間社会を守ることにつながるのでしょうか。今日は私の30年間の活動を紹介しつつ、お話ししたいと思います。

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私の研究活動の場は、ケニアの東南部にあるツァボ地域です。そこは、四国ほどの広さのツァボ国立公園とその周辺地域を含み、その約4万平方キロメートルは、ツァボ生態系と呼ばれています。

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 日本でゾウの糞の成分分析をしていた私は、ケニアでもゾウの食べること、排泄することから研究を始め、国立公園内で四輪駆動車を走らせ、ゾウを探して観察し、糞を見つけて拾い集めました。
その結果、ツァボ国立公園のゾウは、百種以上の植物を食べているのがわかりました。一方で、その半分以上をそのまま排泄しているのを観察して、消化吸収の効率が悪く、人間からは無駄に見える食行動が、自然生態系の中では、重要な役割のひとつを果たしていることを知ったのです。糞の中には種子が含まれていますし、糞そのものは他の動物の食べ物にもなります。植物を食べる時には、葉や枝をむしり取ったり、樹木の皮をはいだり、イネ科の草をむしり取ったりします。破壊的に見えますが、植物の根を食べずに残す、皮をはいだ痕からは水分を他の動物が取れる、むしり取られた葉が落とされたのを他の動物が食べるなど、どの食行動も、自然生態系の中に組み込まれているのです。

 ツァボ地域の気候は雨季と乾季があります。季節の変わり目にゾウたちは、地域を時に数千平方キロメートルにもおよぶ大移動をします。
 これを季節的移動、またはマイグレーションといいます。鳥類や魚類が移動するように、ゾウがダイナミックにマイグレーションをすることをフィールドで観察した時には、感動しました。大自然のスケールの大きさと人間の小ささを感じたものです。大移動によって広範囲に排泄された糞には多種多様の化学成分が含まれ、土を肥やしますし、死体も土を通して植物が生育するための無機的な環境を生む役割を果たします。
 つまり、ゾウの生活がまるごと生態系の循環を促しているのです。ゾウが絶滅すると、この生態系の循環が止まってしまいます。アフリカゾウは自然生態系を動かすための要、キー(鍵)となっていて、ツァボ生態系のキーストン種、または礎石種といえます。ツァボ生態系ばかりでなく、こうして歴史的に作られ続いてきたのがアフリカの大自然です。そしてアフリカの自然は、地球の自然の循環を支えてきた要であるのです。人間も生物の種の一つとしてその恩恵にあずかってきたのですから、野生のアフリカゾウは地球にとっても、人間にとっても、重要な生きものであるといえるのです。

 このように重要な役割を果たすアフリカゾウが生活する地域に、人間が入り込み、狩猟や農耕生活を営むようになったのは、アフリカゾウという種、生きものからすれば、つい最近のことです。人間の数が増えた結果、ゾウの生活する場所が脅かされるようになるとともに、地域住民とのトラブルが増えていきました。水や食糧を得るために精一杯の暮らしをしている地域住民にとって、畑を荒らし人を襲うゾウは生活の敵です。人間を被害者とし、ゾウを加害者と捉えてしまうのは、ゾウが地域の住民に生活の向上をもたらさない、と決めつけているからです。

 そこで、ゾウの保護には、野生動物とのトラブルを抱えている地域住民の生活向上を支援して、保護の意義を理解してもらうことが重要となります。
こういった活動は、「コミュニティー・ワイルドライフ」と呼ばれ、ケニアでは、1993年より一般的な活動となっています。

 コミュニティー・ワイルドライフの活動が始まった26年前のことです。

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ツァボ国立公園の境界沿いにあるビリカニ村に呼ばれました。その村では、ゾウが農作物を荒らし、水運びをする人を襲うため、人々にとっては、ゾウは怖くて迷惑な動物でした。とりわけ、数キロ離れたところまで水運びをする途中で、ゾウに襲われるトラブルが起きていました。
 村には共同水場がありましたが、水道局の予算の関係でパイプラインがカットされ、遠いところから水運びをしなければならなくなったのです。水運びは女性の仕事のため、水パイプを得て、共同水場を作りたいと女性たちの会が立ち上がりました。

 水パイプを寄付するような「モノ貰い」的な支援ではなくて、女性たちの自立を促し、自信が得られるような支援へと、何時間もかけて話し合いを続け、洋裁の技術支援を始めることにしました。

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支援の当初、女性たちのほとんどは初等教育すら十分に受ける機会に恵まれていませんでした。読み書きの力をつけながら、ケニアの洋裁士の国家試験に挑戦し、資格を取得するなど、自信を持って生活するようになり、生活の質は向上しました。その結果、女性たちは洋裁の技術支援を「ゾウがくれた贈り物」と呼び、「ゾウは敵じゃないわ」と言うようになりました。

 2004年からは日本人を対象に教育エコツアーを開始しました。今までに、小学生から老人まで幅広い年齢層の人たちが参加して、現地の野生動物と地域住民の共存のための活動を体験し、日本での教育普及の活動につなげることができました。
 訪問した人たちが中心となり、2010年に、NPO法人サラマンドフの会を設立しました。スワヒリ語で「サラマ」は平和、「ンドフ」はゾウという意味です。人々がゾウと共存して、ゾウが平和に生活する地球を目指していこう、という思いを込めて名付けました。

 ビリカニの女性たちへの支援は、初代のお母さんたちからその娘たちの世代に引き継がれています。私たちのNPOでは、さらにその娘たちへの支援を中心に行っています。
 初代のお母さんたちが第1世代、その娘たちは第2世代となりますが、第3世代にあたる子供たちには、野生のゾウの保護を理解するための自然保護教育を支援しています。

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 国立公園は入園料を払って車両でのみ訪問する規則があるため、貧困な村人の子供たちの多くは訪れることができません。日本からの支援によって大型バスを借りて小学生たちを国立公園に連れて行き、フィールド教育を行うツアーを実施しています。
 ゾウを恐れていた子どもたちが、野生動物のための仕事に就きたいと夢に挙げるほどに、恐怖心を和らげるのに効果をあげています。ゾウの保護に理解ある社会人としての成長に期待は高まります。 

 野生のアフリカゾウと地域住民の共存のためには、ゾウの研究と住民の支援という両面のアプローチが大切です。野生のゾウはアフリカ大陸のみならず、地球の自然生態系の創造と維持に大きく寄与している、地球の大自然の創造者の一員です。私たちは、多くを大自然から学び続け、野生動物から地球の生態系を通して恩恵を受けています。
印鑑や和楽器など象牙を利用した文化を見直すなど、野生のアフリカゾウの立場から時には地球と人間を考えてみませんか。そして、野生のアフリカゾウと地域住民、地球上の多くの野生動物たちと人間とが、共に歩んでいける道を一緒に選択していこうではありませんか。

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