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「土砂災害から身を守るには」(視点・論点) 

東京大学 総合防災情報研究センター 准教授 関谷 直也

 今月は土砂災害防止月間です。土砂災害は6月後半以降の出水期に多く発生します。
土砂災害は、全国で毎年1000件程度発生し、都市部でもおこる身近な災害です。
また、地震の時も土砂災害は多数発生します。東京の大規模火災のイメージが強い関東大震災でも、土砂災害が多数、発生しました。

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こちらは当時の神奈川県横須賀市内でおきた地すべりの写真です。神奈川県を中心に167件もの土砂災害が発生しました。地すべり、がけ崩れ、土石流など土砂災害で多くの犠牲者が発生しました。2004年の新潟県中越地震、昨年発生した北海道胆振東部地震でも大規模な土砂災害が発生しております。
ゆえに防ぎ切ることはできなくても、まずはハード対策も重要な対策です。砂防法、地すべり等防止法、急傾斜地法などにおいて、土石流危険渓流、地滑り危険箇所、急傾斜地崩壊危険箇所が指定され、ハード対策が進められています。

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しかし、日本は、いたるところに山地、がけ地など土砂災害の危険性がある場所があり、すべてについてハード対策はできようもありません。土砂災害の危険性がある場所にはできるだけ住まないようにすることも重要です。
しかし、そう簡単に自宅をうつすということはできないのも現実です。
現時点で、土砂災害をなくすことはできません。 

だからこそ、ソフト対策として、そのような場所に住んでいる人が、大雨が降りそうなとき土砂災害に関する情報に注意し、いざというときに避難して、人的な被害だけは防ぐということが必要です。
土砂災害は、河川氾濫などの他の水害と比較すると突発性が高く、正確な事前予測が困難です。土砂災害は、発生してからは逃げることは難しく、木造住宅を流失させるほどの破壊力をもっているので人的被害に結びつきやすい、という特徴があります。一方で、潜在的に危険な区域は事前に調査すればかなりの程度で把握することができ、危険な区域から少しでも離れれば人的被害の軽減が期待できます。
土砂災害はこうした特徴をもっているため、危険な区域にすんでいる人は立退き避難をできるだけ早く行うことが必要です。 

また、土砂災害においては、前兆現象が発見された場合はすぐに避難勧告が出され、避難をすべきとされています。
• がけ崩れの場合は、ひび割れ、小石がパラパラと落ちてくる、湧き水が止まる、地鳴りがするなどの前兆現象があります。
• 土石流の場合は、山鳴り、川の水の急激なにごり、土の匂いがする、石がぶつかる音がする、などの前兆現象があります。
しかし、これらの前兆現象がみつかったときには、すでに部分的に土砂災害が発生しているといってよいわけですから、本来はこれらの現象が発生しはじめたときには、すでに、避難のタイミングを逃している、ともいえるわけです。本来、土砂災害は、これらが発生する前に「情報を基にして」逃げる必要があります。  

1999年6月に発生した広島の土砂災害をきっかけに、2000年に「土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律」が制定されました。2008年より、全国において、土砂災害の危険がある「土砂災害警戒区域」を指定して、危険を周知する、土砂災害警戒情報が発出されることになりました。それまではハード対策を中心に進められてきた土砂災害の防災対策でしたが、情報と避難によって人を救おうというソフト対策にも重点がおかれるようになりました。
現在、内閣府では避難勧告等にかんするガイドラインを制定しています。土砂災害に関しては、土砂災害警戒情報が発せられた場合は、すぐに避難勧告を出すように定めています。

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この6月より、大雨に関して警戒レベルが導入されるようになりました。土砂災害警戒情報はこの警戒レベルのレベル4に相当する情報として、「全員避難」と位置付けられています。
この土砂災害の情報の特徴を理解しておいくことも必要です。
土砂災害の避難勧告や避難指示は、主に市町村ごとに広めにだされる一方で、本質的には、どこでおこるか分からず、ピンポイントの予報はできません。近接する地域でも、被害を受ける場所と受けない場所があります。同じような雨がふっても、崩れる場所と崩れない場所、土石流の発生する渓流と土石流の発生しない渓流があります。
 ゆえに、土砂災害警戒情報は、見逃しを防ぐという方針で設計されています。土砂災害警戒情報がでたとしても、土砂災害がおこるとは限らない「空振り」を前提に考える必要があるわけです。
これらに土砂災害の難しさがあります。土砂災害はその災害が起こり始めたら避難は困難ですから、本質的には、「事前の避難」しか策がありません。雨が降り出したら警報、危険度分布などに注意して、的中率は低いことを前提に、情報をもとに避難をする必要があるのです。

また、現在、土砂災害や雨に関する警報・注意報は高解像度化がすすめられています。この結果、解像度が大きくなり、表示が細かくなり、的中率が上がれば、避難が必要でない住民に避難を促す「空振り」の頻度は少なくなります。しかしながら、「空振りが減る」ということは、必然的に同程度の雨でも土砂災害警戒情報や雨に関する警報が出される場所が減る、現象の発生直近になって発表されるということですから、結果的に避難するための時間が短くなってしまう場合もあります。そのため、気象庁は、「早期注意情報(警報級の可能性)」を出すなどの工夫もしています。
精度がよくなったとしても、それを受け止めて避難行動を実施する人間がその情報を理解して、正しい行動をとり、避難率の向上につながらない限りは、防災上の効果は薄いということになります。

土砂災害警戒情報や大雨に関する警報・注意報はより切迫したタイミングで発出されるようになったため、できうるならば、さほど雨がふっていない間に安全な避難経路を通り、避難所でも親戚の家でも構わないので、できるだけ安全な避難先へ、早めに避難することが重要です。

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静岡大学総合防災センターの牛山素行先生が、水害、土砂災害で犠牲になったかたの調査を継続しています。その研究によれば、土砂災害においては、土砂災害危険箇所の範囲もしくは範囲近傍でほとんどの方が亡くなっているということが明らかになっています。しかも、ほとんどの方は、避難行動をしないで、また屋内で、すなわち多くの方が自宅で亡くなっているわけです。
 基本的に水害は河川から離れた高台では発生しませんし、土砂災害は土砂崩壊が考えられない平野では発生しません。水害、土砂災害は、想定外の場所で起きることは極めて稀です。まずはハザードマップを参照し、危険な場所を知ること、自宅ないし自宅の近辺が、急傾斜地崩壊、土石流などの可能性がある土砂災害の危険箇所、土砂災害警戒区域/特別警戒区域かどうかをまず知るということが重要です。
 
過去、土砂災害においては、安全だと思う近所の高台の家に移動したり、また自分の家は若干の高台にあるからそこに留まったりして、被災することも少なくありません。病気が自分でわからないのと同様に、土砂災害の危険性も素人判断は危険です。まずはハザードマップを確認し、自宅ないし、自宅の近辺が、どのような災害が発生する可能性があるのか、土砂災害の危険性がある場所なのかかどうか、正しく認識し、正しい避難先をあらかじめ知っておく必要があります。そのうえで、避難を行うことが重要です。

「防災意識の向上」だけで土砂災害を食い止めることはできません。
土砂災害は平野部の「何もないところ」で起きません。まずは、土砂災害の危険がある場所を正確に知ることが重要です。
また、土砂災害の情報の特性を知る、空振りは大前提と考えることも重要です。「土砂災害警戒情報」、土砂災害にかんする「避難勧告・避難指示」は、空振りは多いが、見逃しは少ない情報です。この特性を理解した上で、早めに逃げるということを繰り返す、習慣化する、地域でルール化してお互いに呼び掛け遭って逃げることが必要です。
土砂災害に特効薬はありません。「ハード」「情報」「知識」など、ありとあらゆる方面から考えることが重要です。

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