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「ブータン 気仙沼 私が学んだこと」(視点・論点)

気仙沼ニッティング 代表取締役 御手洗 瑞子(みたらい たまこ)

こんにちは、御手洗瑞子と申します。私は、宮城県気仙沼市において、編み物の会社を経営しています。その前は、ヒマラヤにあるブータンという国ではたらいていました。今日は、気仙沼とブータンで地域の人々から学んだことについて、お話しさせていただこうと思います。

その前に、簡単に、私の仕事についてお話しをさせていただきます。私は、東日本大震災の後に、地元の人たちが誇りを持てる仕事をつくろうと会社を立ち上げました。港町である気仙沼では、編み物をする人が多くいました。漁師文化では、漁網を補修したり、ロープワークをしたりするところから、「編む」ことが身近だったのでしょう。気仙沼で長年家で編み物をしてきた人たちが、あらためて技術を学び直してプロの編み手になっています。着る人が一生モノとしてずっと楽しめるセーターやカーディガンを編んで、全国にお届けしています。

この会社を起ち上げる前は、ブータン王国という、ヒマラヤにある小さな国にいました。

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首相フェローというポジションで、ブータン政府に勤めていました。ブータンというと「幸せの国」としてご存知の方もいらっしゃるかもしれません。ブータンは、経済成長だけを追い求めるのではなく、人にとっての「幸せ」を一番に考えた国づくりをしようとしています。国内総生産・GDPではなく、国民総幸福・GNHを国の指針にしています。私はブータンにおいて、GNHに沿った産業を育成する仕事をしていました。

ブータンでの仕事も、気仙沼での仕事も、そこで自分が役に立ちたいと思って始めたことです。ただ、当たり前のことですが、私のような、年も若く、ものも知らない者がブータンや気仙沼に行きますと、自らが役に立つ以上に、その土地の方々から教えていただくことが多くあります。それらは、学校で教わるような知識ではなく、仕事で学べる技術とも異なり、よりよく生きるための知恵、といえるものかもしれません。今日は、私がブータンや、気仙沼で学んだことについて、少しご紹介をさせていただけたらと思います。

まずは、ブータンでのお話からさせていただきます。ブータンは「幸せの国」として知られます。ブータンで暮らしてみると、たしかに、ブータンでは若い人もお年寄りも、なんだか気楽で、ストレスも少なく、精神的に満ち足りた暮らしをしているように見えます。なぜでしょうか。「ブータンの政府が、GNH(国民総幸福)を国の指針に掲げているから」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも、「幸せ」というのは非常に個人的で主観的なものですから、それだけではないのです。

あるとき同年代の同僚と話していました。クンザン・ワンモ、という名の女性で、当時30歳ぐらいでした。彼女に「あなたは、毎日ハッピー?」と聞くと、彼女は「もちろん!」と言います。どうしてかと尋ねると「だって、職場ではこうしていい仲間にめぐまれているし、家族もみんな元気だし、このあいだ、お姉ちゃんには子どもも生まれたの」と楽しそうに言います。そこで、今度は質問を変えてみました。「じゃぁ、クンザンには悩みはないの?」と。すると彼女は「そりゃ、あるわよ」と言いました。「職場の中で私だけ出世が遅くて、後輩の方が先に出世してるわ。それに、今年は大学院の入学試験にも落ちてしまった。お姉ちゃんは結婚して子どもができたけど、私なんて彼氏もいないし…」とクンザンは言いました。聞けば、仕事でもプライベートでも悩みはあるようでした。それでも彼女は「ハッピー」なのでした。

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ブータンにいるときに、私は、「幸せというのは、環境よりも、意志なんだ」と学びました。これだけ恵まれた環境にいるから幸せ、というわけでもはなく、大変なことはあっても「幸せを感じていよう」という意志を持っているから、そうあれるのだ、と学びました。

気仙沼でもまた、多くのことを学んでいます。

編み手さんたちは、基本的には一年を通して、編み物の仕事をしています。
でも、長い冬がおわり春になると、手を休める編み手さんたちが出てきます。「社長、しばらく仕事休みますね。春は、やることが多くて忙しいから」という編み手さんに、なにが忙しいのかを聞くと「だって春だから、山菜採りに行かなくてはなんねもの」と言います。たしかに、春は山菜採りの季節です。でも編み手さんたちは、山菜を採って売るわけではありません。趣味といえば趣味です。もし編み手さんたちが、お金を稼ぐことだけを一番に考えていたら、きっと山菜採りには行かず、編み物だけをしたでしょう。でも編み手さんたちは、春になったら山菜採りがしたいのです。仕事をしてお金を稼ぐだけでなく、季節ごとに好きなことができることが自分にとっては幸せなのだと、編み手さんたちは、自分の価値観をしっかり持っています。

また、別の編み手さんの話をします。みきよさんと言います。みきよさんは、とても上手な編み手さんで、今79歳です。みきよさんが編み物の仕事を始めたのは70代半ばになってからです。定年まで看護師として病院に勤め、退職し、ご家族の介護をし、看取り、そろそろ自分の好きなことをしようと考えて、70代半ばにして編み手の仕事を志しました。そこから、みきよさんは練習をかさねて編み手となり、さらに日々学んで上達し、いまでは、会社の中で一番難しいオーダーメイドの商品を担当しています。人はいくつになっても新しいことを学べるのだと、みきよさんを見ていると気づかされます。

日本は、直線的な成長の時代から、より多様で、変化に富み、不確実性の高い時代に移行しているのでしょう。こういうときこそ私たちは、世間のものさしで自分をはかるのではなく、自らの価値観をしっかりと持って生きることが必要なのかもしれません。なにが世間で立派と言われるかではなく、自分がなにを「好き」かを知っていて、それを大切にできることが、自らの「幸せ」につながっていくのではないでしょうか。また、きっといくつになっても人は「学ぶ」ことができるのだと思います。そして「学ぶ」ことが上手だと、いつでも、自分の道を自分で切り開くことができるのだと、編み手さんたちを見て思います。
ブータンでも、気仙沼でも、私はまわりの人たちから、たくさんのことを教わっています。私も、みなさんの役に立てるように、学びながら、楽しみながら、進んでいきたいと思います。

ありがとうございました。

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