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「イラクと南スーダン 紛争解決と日本の役割」(視点・論点)

上智大学教授 東 大作

 最近、米国がイラン産原油の輸出を全面的に禁止する措置を取り、原子力空母を中東に派遣するなど、軍事的緊張が再び高まっています。またアフリカでは、南スーダン、中央アフリカ、マリ、などで紛争が続き、持続的な平和をどう維持または構築できるかは、人類全体の大きな課題になっています。
 そんな中私は、日本政府による講師派遣で、今年2月から3月にかけ、イラク、トルコ、エチオピア、南スーダンを訪問し、それぞれ講演をしつつ、調査をする機会に恵まれました。今日はその現地報告と、日本の役割について考えたいと思います。

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2月17日にイラクの首都バグダッドに入り、バグダッド大学とのシンポジウムで講演をしつつ、昨年まで首相で、今も主要政党の党首であるアバディ前首相、その前の首相で、シーア派を代表する副大統領でもあったマリキ元首相、世俗派を代表する副大統領だったアラウィ元首相などと、それぞれ1時間にわたり懇談しました。
 イラクでは昨年5月に総選挙があり、その後5か月近く組閣交渉が続きました。

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イランに近い政党が集まった「建設」という政党連合と、比較的、米国やサウジとも穏健な関係を維持しつつ改革を志向している「改革」という政党連合で、どちらが首相を選出するかで激しい綱引きがありました。この間、最も大きな政党連合を率いる宗教指導者サドル師が、アバディ前首相が、純粋なテクノクラート内閣を作るのであれば、首相をもう一度任せたいと提案しましたが、アバディ前首相は断りました。

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その理由を本人に聞くと、「国会議員や政党を無視した内閣を形成することは議員内閣制の否定につながり、それは流石にできなかった」と語りました。最終的に、双方の勢力から支持されたアブダルマハディ氏が新首相に選ばれました。
 
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そして、今回会った多くの指導者が、米国が2003年に侵攻して以来、イラク内戦の大きな要因になってきたシーア派とスンニ派の対立は、小さくなっていると語りました。特に2014年から始まったISとの戦闘で、シーア派とスンニ派の一部の武装勢力が力を合わせて戦ったことや、総選挙の後、シーア派の政治勢力が「建設」と「改革」に分かれて政権を競い、それぞれにスンニ派の政治家も属したことで、イラクも宗派対立を超える政治状況になったとアバディ前首相もマリキ元首相も語っていました。他方、アラウィ元首相は、ISISとの戦闘によって生まれた国内難民のうち170万人近くがまだ家に帰還することができず、その多くがスンニ派の人達であることから、真の和解には程遠いと厳しく現政権を批判しました。その意味では、まさにこれからが、イラクの国民和解は正念場を迎えていることを実感しました。

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その後、2月末から一週間ほど南スーダンの首都ジュバに滞在しました。南スーダンは2011年にスーダンから独立しましたが、2013年末にキール大統領派とマシャール副大統領派の間で戦闘が勃発。2015年8月に一度、両者は和平合意に達したものの、2016年7月に、再び戦闘になり、マシャール氏は海外に避難しました。その後南スーダン各地で戦闘が続き、420万人もの人が国内避難民や難民となり、アフリカ最大の人道危機に陥りました。隣国であるウガンダやケニア、エチオピア、スーダンにも何十万人単位の難民が押し寄せました。

 こうした事態を食い止めたいと、東アフリカの地域機構であるIGADが仲介を行い、最後は、スーダンやウガンダが中心となり、再度、キール大統領とマシャール氏を共に呼び寄せ、集中的に和平交渉を行いました。結果、昨年9月にキール大統領とマシャール氏、それ以外の反体制派の間で和平合意が署名されました。

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 今回、和平合意後、初めてジュバに入りましたが、ジュバそのものは落ち着いているように見えました。実際、昨年の和平合意を境に、政府軍と反政府軍の戦闘は劇的に減少しています。
私は、戦火を逃げ惑った経験を持つジュバ大学の学生や政府高官の前で、南スーダンの平和構築の課題について講演を行いました。

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またマシャール氏が第一副大統領として戻るまでの間、第一副大統領を務めるタバンデンガイ氏、和平合意実施の中心的な役割を担うロムロ内閣府担当大臣、マシャール氏の元側近のアドワック元高等教育担当大臣、シーラ国連南スーダン特別代表などと面会し、和平合意実施に向けた課題について議論しました。
 こうした会談を通じ、南スーダンの現在の大きな課題が二つに絞られることが分かりました。一つは、軍や警察の統合です。

昨年9月の和平合意では、2016年の軍事衝突の反省から、キール大統領に属する政府軍と、マチャール氏を始めとする反政府軍を各地に設ける駐屯地で合流させ、一つの軍にすることが定められました。しかしこれには大きな財政措置が必要で、240億円近くが必要としています。これに対して財政支援を表明している国がまだなく、軍の統合が進んでいません。ロムロ内閣府担当大臣は、このことを強く懸念していました。また和平合意では、軍の統合が終わった後、キール派やマシャール派を含む35人の閣僚による新たな暫定国民和解内閣を発足させることになっていますが、これも大幅に遅れています。ガイ第一副大統領は、「軍の統合ができなくても、先にまず暫定国民和解内閣を発足させるべきだ」と主張しました。しかし、軍の統合がないままに内閣を発足させるとまた二つの軍の間で戦闘が勃発するのではという懸念も根強くあります。そのため、5月12日までに新たな暫定内閣を作る予定でしたが、最近、半年間延期することが決定されました。

 こうした中、西側諸国の中で、南スーダン和平プロセスを最も真剣に支援しているのが日本です。日本は2017年度の補正予算で獲得した予算を使い、2018年に行われたIGADの和平調停活動を一貫して支援しており、それがIGADの唯一の資金源になっていました。つまりIGADの仲介努力は、日本の援助があって初めて可能でした。また日本は今年2月、IGADを通じて南スーダン暫定政府作りのために1億円以上の資金提供を行い、和平合意の実施に弾みをつけようとしています。

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他方日本の援助機関JICAは、戦闘によって中断していたナイル川の架橋工事も今年5月に再開し、ジュバの人口100万人の4割をカバーする予定の水道事業もその再開に向け準備を続けています。
 このように、日本は和平合意実施に向けた支援と、インフラ支援の双方を通じて、南スーダン平和構築における中心的な役割を担い始めています。私も、日本の支援に感謝していると南スーダンの人々から頻繁に声をかけられました。2017年5月に自衛隊が撤収してから2年がたちますが、現地の日本大使をはじめ関係者の努力によって、南スーダン支援において、中心的な役割を果していることを実感しました。これはアフリカにおける日本の平和構築支援として、初めてのケースと言えると思います。

イラクと南スーダンへの視察を通じ、日本人が政府側、反政府側を問わず信頼されていることを改めて実感しました。こうした信頼を活かし、日本が世界的な対話の促進者、いわゆる「グローバル・ファシリテーター」として、異なる部族や民族の対話の促進者になることは可能ではと思いました。
そのような役割は、戦後平和国家として信頼を培ってきた日本の外交の一つの柱になるはずと、私は考えています。

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