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「イスラエル総選挙と今後の中東情勢」(視点・論点)

防衛大学校 名誉教授 立山 良司

 イスラエルでは4月9日に総選挙が行われました。一時、現職のネタニヤフ首相が苦戦との報道もありました。しかし結局、与党第一党のリクードを中心とする右派政党と宗教政党が、合計で国会の過半数を制し、ネタニヤフ首相の続投が確実となりました。
 今後の大きな焦点は、右派政党が主張しているように、占領地であるヨルダン川西岸をイスラエルが併合するかどうかです。もし併合すれば、パレスチナ独立国家が樹立される可能性はなくなり、中東和平プロセスは本当に崩壊してしまいます。

 イスラエルの総選挙は比例代表制をとっています。このため、単独で国会の過半数を占める政党はなく、どのような連立政権が作られるかが、選挙の重要な焦点となります。
 今回の選挙が大きな関心を呼んだのは、ネタニヤフ首相の下で、すでに10年間も政権を維持してきた右派政党と宗教政党が、合計で再び国会の過半数を制するか、あるいは新しく結成された中道政党の連合「青と白」を中核とする新しい連立政権が誕生するかが問われたからです。

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 選挙結果はこのグラフにある通り、リクードと「青と白」は35議席で同数でしたが、従来から連立に参加していたリクードや他の右派政党、それに宗教政党が合計で65議席と半数以上を獲得しました。これを受けてネタニヤフ氏が現在、政権樹立のための連立工作を行っています。

 なぜ、ネタニヤフ首相は続投することになったのでしょうか。
 最大の要因は、この20年ほどの間にイスラエルのユダヤ人社会が、政治的に大きく右傾化したことです。イスラエルは独立以来、戦争など多くの安全保障上の危機に直面してきました。このため、武力の行使を含むタカ派的な姿勢が強まっています。1990年代に始まったパレスチナ側との和平交渉は、平和をもたらすと期待されましたが、交渉は行き詰り、むしろ暴力の応酬が拡大しました。
その結果、イスラエルのユダヤ人の多くは右傾化し、ユダヤ民族の優位や力の重視、占領地の保持など、より民族主義的な主張が支持を集めています。2018年の調査では、ユダヤ人回答者の実に52%が、自分を右派とみなしています。

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このグラフは第2次ネタニヤフ政権が発足した2009年以降の選挙で、政治傾向が似ている政党グループごとの獲得議席数をまとめたものです。グラフから明らかなように、ユダヤ人社会の右傾化を反映し、右派政党と宗教政党が選挙のたびに、合計で議席の半数以上を獲得し、ネタニヤフ政権を支えてきました。今回の選挙結果も、そうした政治傾向をそのまま反映しています。

では右派と宗教政党の連立政権が維持されることは、パレスチナ問題などにどのような影響があるのでしょうか。
アメリカのトランプ大統領はパレスチナ問題を解決するために、自らが「世紀のディール」と呼んでいる和平案を近く発表すると述べています。

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これまでアメリカを含む国際社会は、イスラエルが占領しているヨルダン川西岸とガザ地区にパレスチナ独立国家を樹立し、イスラエルとの平和共存を図るという二国家解決案の実現を目指してきました。
これに対し、トランプ大統領の和平案の内容は、まだ発表されていませんが、報道などによれば、パレスチナ人は現在の自治を続ける一方で、大規模な援助によって経済発展を実現する、という内容のようです。つまりトランプ大統領が考えている「世紀のディール」とは、経済援助と引き換えにパレスチナ側に自治の継続を求めるもののようです。もしそうであるならば、パレスチナ側が受け入れることはあり得ません。国家独立という民族の悲願を放棄することになるからです。
一方、イスラエルではパレスチナ独立国家樹立を危険視する見方が強まっています。このため、ネタニヤフ政権はトランプ大統領の和平案を受け入れるでしょう。

この結果、「パレスチナ人は和平の実現に背を向けている」といった非難が、パレスチナ側に集中することが十分に予想されます。
さらに懸念されることは、パレスチナ側がトランプ大統領の和平案を拒否したことをきっかけに、イスラエル国内でヨルダン川西岸を併合する動きが強まることです。連立政権に参加予定のリクードなど3政党は、ヨルダン川西岸の相当部分、あるいは全部の併合を主張しています。ネタニヤフ首相も投票日直前に、ヨルダン川西岸にあるすべてのユダヤ人入植地にイスラエルの主権を及ぼすと断言しました。

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3月下旬に、トランプ大統領はアメリカの従来の政策を変更し、シリア領であるゴラン高原に対するイスラエルの主権を認めると宣言しました。「戦争による領土の取得は認められない」という考えは、国際的な原則であり、国連の決議でも何回も確認されています。選挙戦の終盤に、トランプ大統領がイスラエルによるゴラン高原の併合を認めたことは、ネタニヤフ首相や右派政党にとって、大きな後押しとなりました。
 しかし、ゴラン高原の併合を認めたことは、国際的な原則をゆがめ、中東情勢をいっそう悪化させる危険をはらんでいます。

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 かつて行われたイスラエル・シリア間の和平交渉で、シリアはゴラン高原の全面返還を要求し続けてきました。しかし今や、交渉の仲介者だったアメリカが公然とイスラエルの側に立ち、ゴラン高原の併合を認めてしまいました。この結果、イスラエル・シリア間の和平実現の可能性は失われました。

 さらにトランプ政権によるゴラン高原の併合承認に勇気づけられたイスラエルの右派政党は、パレスチナ側がトランプ大統領の和平案を拒否すれば、そのことを格好の口実に、ヨルダン川西岸への主権拡大に乗り出すと思われます。トランプ大統領もまた、アメリカ国内のキリスト教福音派の支持を固めるため、ヨルダン川西岸の併合に待ったをかけることはしないでしょう。
 いずれにしても、二国家解決案に基づく和平実現の望みは絶たれてしまいます。
 
これまでの和平プロセスは、パレスチナ人が独立することによって、イスラエルは占領者であることをやめ、パレスチナ問題との直接的な関係を断つための試みでした。その試みが潰えることは、イスラエルは占領者として、これからもパレスチナ人との対立を自らの内部にかかえ続けることを意味しています。
 ヨルダン川西岸では今後もユダヤ人入植者が増え続け、パレスチナ人と、入植者やイスラエル軍との間で衝突が多発するでしょう。もう10年以上も封鎖下に置かれているガザ地区では、若者の失業率が70%に達するなど、社会・経済状態がますます悪化しているため、軍事衝突が再発する恐れがあります。
ヨルダン川西岸とガザ地区には現在、約500万人のパレスチナ人が住んでいます。この占領地のパレスチナ人の人口は、国連によれば、2030年には1.4倍の690万人に、2050年には2倍近い950万人になると予測されています。イスラエルは今後、これからも増え続ける占領地のパレスチナ人と、どのように向かい合っていくのでしょうか。

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