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「新型インフルエンザ 発生から10年」(視点・論点)

川崎市健康安全研究所 所長 岡部 信彦

平成から令和に変わろうとしている今ですが、平成という時代は感染症にとっては大きな変化が現れた時代でもありました。
人類は長い間感染症・伝染病に恐れ、悩み続けてきましたが、原因である細菌やウイルスが明らかになり、ワクチン、治療薬、検査、そして公衆衛生対策や環境の改善は、感染症の恐れから人々を遠ざけました。しかし新たな感染症や忘れかけそうな既存の感染症への注意が促されたのが1980年代から1990年代、まさに昭和の終わりから平成の始まりにかけてのことでした。

1996年に、WHO・世界保健機関は「今や我々は地球規模で感染症の危機に接している。どの国も感染症に対する警戒をすべきである」とよびかけ、日本では感染症に対して発生の対策とともに備えが必要であるという考えに基づいた「感染症法」を制定したのが、1999年のことでした。
その後、2003年SARS・重症急性呼吸器症候群、2012年MERS・中東呼吸器症候群、2014年エボラ出血熱、2015年ジカウイルス感染症、と次々に新たな感染症が発生していますが、これらは世界のあちこちで大規模で発生という事態にまでは至っていません。
地球のほぼ隅々まで流行が及んだのは、2009年の新型インフルエンザの発生でした。インフルエンザは十年~数十年ごとに、その姿を変えて人々にとって新しい、あるいは相当年数を経て再登場したウイルスによる大流行に見舞われ、あっというまに地球上の隅々まで流行が広がることがあります。これがいわゆる新型インフルエンザの発生、パンデミックと呼ばれる事象です。

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この地図は2009年のパンデミック発生のほぼ1か月ごとの様子で、地図に色の付いているところが患者発生状況、赤い丸が死亡者の発生状況で。また、死亡者数の多さが丸の大きさであらわされています。

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こちらはこれまでの新型インフルエンザの発生状況です。よく知られているのが、1918年スペイン型インフルエンザ、1957年アジア型インフルエンザ、1968年の香港型インフルエンザ、そして2009年の09年パンデミック型インフルエンザです。これに加えて再びよみがえった、1946年のイタリア型インフルエンザ、1977年のソ連型インフルエンザの登場を合わせると、1918年―46年―57年―68年―77年―2009年と、ほぼ10年から30年間隔で新たなインフルエンザが発生していることになります。
新たなインフルエンザが登場すると50%程度の人は感染を受けているという調査結果もあり、全体的には軽い病気であったとしても、高齢者や慢性の病気を持っている方々、小児などいわゆるリスクの高い人々の間では犠牲者の数は多くなり、重症度が高ければ、その分犠牲者の数は多くなります。2009年から10年たった今、あの大騒動のできごとがだんだん人の記憶から薄れてきていますが、インフルエンザのパンデミックに対する警戒は、積み重ね続けていくことが必要です。

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こちらはスペイン型、アジア型、香港型インフルエンザの発生状況を表しています。新たなインフルエンザの登場は、突然大流行が現れる時もあれば、前触れのような状況・第1波から大きい流行・第2波がやってくる時、第3波第4波で大きな流行となる時など様々ですが、早くその出現をとらえることが重要です。そのためには通常の季節性インフルエンザの流行の状況、つまりベースラインの変化を見ていること、流行しているインフルエンザウイルスの中から変化しているウイルスがいるかいないかなどの検査をすること。そしてこれらの情報を多くの人々に伝え、国際的にも速やかな情報交換をすることが必要です。この10年間で、これらの情報のやり取り・サーベイランスの方法は強化されてきていますが、インフルエンザを知るためには何よりも一線の医療機関での診療と届け出が必要で、それは患者さんの協力があってこそできるものです。一人一人の患者さんのインフルエンザ情報が、地域に、国内にそして国際的に伝わることによって、普段のインフルエンザの状況のキャッチとともに、新たなインフルエンザパンデミックの早期の発見と対応に結びついていきます。
 この10年間で、インフルエンザの診断、治療法は大きく変化してきました。ことにわが国では、第一線の医療機関でインフルエンザのウイルス診断が、より速やかにより正確にできるようになりました。抗インフルエンザ薬も、種類が増え、作用のメカニズムが異なる薬剤も登場しました。すべてのインフルエンザの患者さん、あるいはごくごく軽い人まですべてに検査と治療薬が必要であるとは思えませんが、これらの進歩は新型インインフルエンザに対する治療にも結び付くところです。
 
インフルエンザの予防法として、ワクチンがあります。ワクチンを作るには、まず病気のもととなっているウイルスが必要です。季節性インフルエンザワクチンは、そのシーズンに患者さんから得られたウイルスのうち翌年の流行の変化に一致するようなウイルスを選び、これをワクチンの原材料としてニワトリの卵の中で増やし、精製してワクチンとしますが、インフルエンザワクチンの1本の瓶を作るには1.5から2個の卵が必要になります。ワクチンを作り出すためには膨大な卵と、5から6か月ほどが必要になります。パンデミックが生じたときに卵に頼らず、細胞などでウイルスを増やす方法など、できるだけ速やかに、大量のワクチンを作り、多くの人々に届く工夫など行なわれていますが、パンデミック発生と同時にワクチンが入手できるわけではないこと、一斉にすべての人々に使えるだけのワクチンができるわけではないことを理解して頂く必要があります。最初の段階、第1波では、ワクチンはできていないので抗インフルエンザウイルス薬による治療が重要になる事、できたワクチンから接種を始めるとするとワクチンを受けるための順番・優先順位が生じること、などについてもご理解を頂きたいところです。
 
日本では、2009年の経験と反省から、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」が制定されました。いつもとは違った医療体制となること、休校、催し物などの制限、緊急ワクチン接種などが行われることが定められていますが、新型インフルエンザ発生時すべてに適応されるわけではありません。人々の生命健康に著しい重大な被害を与える恐れがあると判断された時、と限られています。
新型インフルエンザの発生を押しとどめることは、今の科学・医学では不可能です。しかしその広がりを少しでも遅くし、予防し、規模を小さくし、重症患者発生を少なくすることへの努力は続けられており、また今後も続けていく必要があります。一般の方が新型インフルエンザ発生に備えて何か特別に備えておくということは、そんなにないと思います。しかし、このような努力を国も行政も専門家も続ける必要のある事へのご理解を頂き、また発生した時には正しい情報を得ること、通常の生活とは異なる状況になることがあることなどについてもご了解いただき、うわさ話による不安のみが先行するようなことがないようにお願いをしたいところです。

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