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「ことしの桜の花を見て想う」(視点・論点)

公益財団法人日本花の会 主幹研究員 和田 博幸

今年も本格的な桜の季節を迎えました。東京では3月21日に千代田区の靖国神社にあるソメイヨシノの標本木で開花が確認されました。今年は長崎市の3月20日に続いて、横浜市、福岡市と並び全国でも2番目の開花でした。東京都心の平年の開花が3月26日なので、それよりも5日早い開花となりました。今年の冬は北日本を除き暖冬傾向だったようで、東京の平均気温は2月で平年よりも1.5℃、3月で1.9℃高く、平年よりも早い桜の開花はこのことが影響しています。桜の開花前線も平年よりも早めに北上しているようです。

さて、皆さんは昨年の秋に、ソメイヨシノが季節外れの時期に咲いたという報道を記憶されていますでしょうか。その時の報道では、来年のお花見に影響するのではないかと心配もされていました。

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実際はどうかというと、影響は全く感じられず例年通りの開花で、桜の名所である上野公園には、海外からも大勢の方がお花見に繰り出して楽しんでいました。
では、なぜ昨年の秋にソメイヨシノは咲いたのでしょうか。
そのきっかけは、9月30日から10月1日にかけて日本列島を縦断した台風24号です。この台風はマリアナ諸島で台風となり、沖縄地方に向かって太平洋上を北西に進路をとってきました。沖縄本島と宮古島の間を通過した直後から、急に進路を北東に変え、九州と四国の南岸を大型で強い勢力のまま北上し、9月30日の午後8時頃に、紀伊半島に上陸しました。その後は強い勢力のまま三河湾を経て、中部地方、北関東、福島県を通過し、仙台市の北部から太平洋上に抜けて行きました。最大風速が秒速40mを超す大型台風で、移動速度は速かったのですが、進路の右側、つまり太平洋側から強い南風とともに、海水を含んだ雨を海から数十キロも離れた内陸部まで降らせました。

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台風の通過とともに被害状況が報道されましたが、河川の氾濫等の被害よりも強風による建造物の破壊や樹木の倒伏が、テレビ映像や新聞紙面で多く報道されていました。桜の名所として知られる上野公園でも木が倒れたり、大枝が折れたりなどの被害が起こり、その片付けに数日間を要していました。都内の他の公園でも被害の大小にかかわらず同様の状況が起こっていました。公園樹木にとってみれば想定以上の被害が起こった台風でした。
この台風が通り過ぎて一週間ほどすると、台風の被害に加えて、各地でソメイヨシノの花が咲き出したという報道を見聞きするようになりました。私が桜の開花調査や樹勢調査で協力している民間の気象予報会社にも「春に咲くはずのソメイヨシノが今頃咲いている」という目撃情報が会員登録している人から届き始めたそうです。不思議に思ったその会社は、全国の会員を対象に、ソメイヨシノの開花を一斉調査しました。その結果、ソメイヨシノが咲いているという報告が約350件も寄せられたそうです。しかもその報告は、九州から北海道に至るまでの広い範囲からで、中でも報告が多かったのは、関東南部と東海、近畿エリアで、沿岸地域に限らず内陸の地域からもあったそうです。
各地のソメイヨシノが秋に開花した理由は、台風24号によって海に由来する塩分が葉に付いた害、つまり「塩害」が大きく関係しています。

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春に咲く桜は7~8月に葉の付け根に花芽、カガでは分かりにくいのでここでは花芽といいますが、この時期に翌年咲かせる花芽を作ります。この時期は気温も高いので花芽が膨らんで、花を咲かせてもいいのですが、桜の木の中で咲かないように止める機能が働いています。何がそうさせているのかというと、花芽の付け根についている葉から、植物ホルモンであるアブシシン酸という物質が花芽に送り込まれていて、これがその動きを止めているのです。
アブシシン酸は植物ホルモンの一種で、植物の成長を抑制する機能があり、葉が着いているうちはアブシシン酸が葉で作られて花芽に送り込まれ、開花を抑制しています。
ところが、昨年の秋は台風24号の気圧低下によって海水面が上昇したところに、台風の強い風で海水が飛沫となって空中に巻き上げられ、それが雨に混じって降ってきました。これが葉に付着し、台風一過の晴天によって葉に付いた雨は水分だけが蒸散し、その結果、葉の上で塩分濃度が高くなります。

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葉には気孔という二酸化炭素や酸素を出し入れする小さな穴があるので、濃縮した塩分は気孔から葉の細胞に接し、または、台風の風で傷ついた葉の表面に塩分が残り、浸透圧の関係で細胞内から水分を奪います。やがて水分を奪われた葉の細胞はえ死して褐変し、葉の機能を失うだけでなく落葉してしまうのです。こうなると花芽の動きを止めていたアブシシン酸が花芽に送り込まれなくなくなり、その後も20℃を超える高い気温の日が続いたため、花が咲き出してしまったのです。

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このような普通とは違う時に花が咲くのを専門用語で「不時開花」といいます。不時開花はじっとしていた花芽の機能を狂わせてしまったのかというと、そうともいえないのです。葉がなくなることで花芽が動き出し、気温も春と似たような秋の気候ということもあって、花芽は春と勘違いして花を咲かせたのです。この花芽は気候に忠実で、素直で正直者なのです。ですから、私の気持ちとしては、不時開花というよりは「素直咲き」とか「正直咲き」と言ってあげたいくらいです。でも春と勘違いしたあわてんぼうの花芽ともいえるので、「勘違い咲き」や「せっかち咲き」というのかもしれません。

さて、不時開花したソメイヨシノの今年の開花はどうだったでしょうか。私の見た目には差は感じられません。秋に花が咲いてしまった花芽は、それ以後は新たに花芽をつくらないので、花の絶対量は少なくなります。しかし、観賞用として植えられたソメイヨシノは、花の量がとても多く、秋に勘違いして咲いた花の数は、全体の花芽の数に比べれば0といっていい量です。したがって今年咲いた花の量は見た目には変わらないでしょう。

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それよりも大枝が折れたり、根元から倒れたりしたものも目につくほどあったので、その方がお花見景観に影響があると思っています。大枝が折れたものは、折れた枝を適切な位置で切りもどして処置しないと、そこが腐りやすくなります。このことは桜が弱ることにつながり、数年後には酷い状態になってしまうことも考えられます。大枝が折れたり、幹が傷んだりしたものは、きちんとケアしてあげることが大切です。うまく傷をケアしてあげ、それに加えて土壌改良や肥料を施すなどのことができれば、それまで以上に桜は元気になりお花見も一層楽しめることになるでしょう。
お花見は桜の状態を見るいい機会としてとらえ、これを機に桜の状態を見つめ直し、ケアが必要なものには手を添えてあげ、将来に向けて世界の人が羨むほどの見事な桜の咲く景色が作れればと思います。

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