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「非核化をめぐる米朝交渉の行方」(視点・論点)

早稲田大学大学院 教授 李鍾元(リージョンウォン)

去る2月27日から28日にかけて、ベトナムの首都ハノイで開かれた、2回目の米朝首脳会談が「物別れ」に終わりました。双方とも、「決裂」という表現は避けていますが、合意文がなかっただけではなく、予定された昼食会が直前にキャンセルされるなど、首脳会談としては異例の結末となりました。「完全な非核化」をめぐる米朝の隔たりの大きさが改めて浮き彫りになりました。

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 非核化をめぐる米朝の対立は、「将来の核」の放棄にとどまるのか、それとも「現在の核」の廃棄に踏み込むのか、の違いに整理することができます。
 「将来の核」の放棄とは、「これ以上核兵器を増やさない」という意味です。具体的には、核実験やミサイル発射を行わない、また、核兵器の原料を生産する核施設を閉鎖する、などの措置です。
 一方で、「現在の核」の廃棄とは、「持っている核兵器をなくす」ことです。文字通り、現在保有している核兵器や弾道ミサイルを実際に廃棄していく行動を指します。
 北朝鮮は「将来の核」の放棄をカードとして切り、アメリカは「現在の核」の廃棄を求める構図は以前から続いていますが、今回もそれが繰り返されました。
 ハノイ会談で、金委員長が提示した非核化の措置は、「ニョンビョンの核施設の永久廃棄」が中心だったようです。

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よく知られている通り、ニョンビョンは、1980年代以来、北朝鮮による核開発の代名詞的な存在です。今も300以上の核関連施設が集中している核開発の一大拠点です。かつての六者協議でも、ニョンビョンにある原子炉とプルトニウム再処理施設への「査察」や「凍結」、「廃棄」が争点になりました。
 そのニョンビョンの核施設すべてを「米朝の技術者が共同で、永久的に完全に廃棄する」という提案は、確かに以前に比べると、前進したものといえます。しかし、これは基本的に「将来の核」の放棄にとどまる行動です。
 それに対して、アメリカは、「現在の核」の廃棄に踏み込むことを求め、低いレベルの合意を拒否したと言います。会談後の会見で、トランプ大統領は、「ニョンビョンの施設は確かに大きいけれど、それだけでは不十分だ」と述べました。同席したポンペイオ国務長官は、より明確に「ニョンビョンは重要だが、核弾頭やミサイルなど兵器システムの問題が残る」と指摘しました。
 今回、「現在の核」の廃棄につながる措置を北朝鮮は提示できなかったようです。金委員長が「ニョンビョンの廃棄」というカードだけで、トランプ大統領と合意ができ、制裁の緩和などの見返りを獲得できると期待したとすれば、結果的には「誤算」に終わりました。
金委員長自身、昨年6月、シンガポールでの米朝首脳会談の際に、「過去の間違った偏見や慣行」を乗り越えた「新しいスタート」を強調し、対内的にも経済重視の新路線を打ち出していました。非核化に向けて、「戦略的決断」を下す可能性があるのではないか、という観測が、2回もの米朝首脳会談を実現させた背景でもありました。しかし、金委員長が実際に提示したのは、古いカードである「ニョンビョン」にとどまっていました。金委員長自身が従来の発想から脱していないのか。それとも、北朝鮮内部の古い構造や勢力による「制約」が依然として強いのか。今後のためにも、さらなる分析が必要なところです。
一方で、トランプ大統領も、事前の実務交渉で合意ができていなかったにもかかわらず、首脳会談の開催に踏み切りました。金委員長との直談判で譲歩を引き出せると思ったならば、自らの交渉術を過信した、これまた「誤算」だったと言わざるをえません。あるいは、今回は合意にこだわらず、「現在の核」の廃棄に踏み込む必要性を、周りの側近を介さずに、金委員長に直接突きつけ、決断を促そうとした、トランプ流の「ディール外交」の一環だったのかも知れません。
「将来の核」なのか、「現在の核」なのかの問題は、非核化に向けたアプローチの違いとも連動しています。

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北朝鮮は「段階的アプローチ」を主張し、アメリカは「一括妥結」を求める構図が明確になりました。北朝鮮は、米朝間には信頼関係がなく、攻撃される懸念があるという論理から、「核施設」をめぐる交渉を先に行い、「核兵器」の廃棄は最後の段階の課題である、としています。しかし、最初の段階にとどまったり、それが長期化したりすると、事実上北朝鮮の核保有を認めることになります。そのため、アメリカのトランプ政権は、「一括妥結」、すなわち「核兵器」の廃棄を含むすべての課題を包括的に処理すべきという立場です。
「段階的非核化」と「一括妥結」は、正反対ともいえるアプローチであり、妥協点を探すのは容易ではありません。しかし、非核化には一定の時間がかかり、現実的には段階を踏んで進めざるをえないのも事実です。問題は、その段階をいかに明確かつ不可逆的なものにし、全体の期間を短くできるか、であります。
今回の首脳会談で、アメリカ側もすべての核施設と核兵器の即時廃棄を迫ったものではなく、「非核化」の「全体像」の確約を求めたようであります。ポンペイオ長官らが「包括的な申告」や「ロードマップ」(工程表)の必要を強調しているのは、そのためです。

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両者の接点を見いだすとすれば、「包括的合意」と「段階的実行」の組み合わせという形になると思われます。今後、米朝交渉が再開されても、そのような接点が見いだせるかが焦点となるでしょう。

今のところ、米朝ともに、相手に対する非難を避け、交渉を継続する意思を示しています。トランプ大統領は、現状が、どちらかというと、アメリカに有利であると考えているようです。交渉が継続する間、北朝鮮は核実験や弾道ミサイルの発射が抑えられる半面、経済制裁の圧迫は続いているからです。「3回目の米朝首脳会談」にも言及しながら、経済的な圧迫を通じて、金委員長の「決断」を引き出そうとする戦略です。
問題は、北朝鮮の対応です。今回の会談の失敗で、金委員長の威信にも一定のダメージがありました。従来なら、激しく反発し、「瀬戸際戦略」に逆戻りしたはずですが、今のところ、反応は抑制的です。まずは、中国やロシアとの協議を通じて、弱い立場に追い込まれた態勢と戦略の立て直しを図るだろうと思われます。朝鮮半島情勢の不安定化を懸念する中露、それから韓国も、米朝交渉の再開のために、仲裁を試みるでしょう。
 カギは、北朝鮮の金委員長が内部をまとめ、「現在の核」に踏み込む「戦略的決断」を具体的に提示できるかということです。もしそれができなければ、軍事的な緊張が再び高まり、緊迫した状況に逆戻りする可能性もあります。「包括的合意」を導きだすべく、米朝の交渉に加えて、関係国の連携と外交努力が求められる局面です。

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