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「インターネット投票の実現に向けて」(視点・論点)

情報セキュリティ大学院大学 教授 湯淺 墾道(ゆあさ はるみち)

 近年、パソコンやスマートフォンを利用して、さまざまな手続がインターネット経由で行えるようになってきています。窓口に行って書類を提出する必要がなくなり、便利になりました。しかし、オンライン化が進む中でも、インターネットは全く使われていないという領域もまだ残っています。選挙の際の投票は、その一つです。

日本の選挙の投票は、原則として紙の投票用紙によって行われています。海外の有権者も、在外投票という制度を使って大使館や領事館に行って、紙で投票していますが、国内で投票するよりも手続が複雑で、投票用紙を日本にまで運んで開票する必要があるので、投票の締切は国内の投票日よりも早く設定されています。こうしたことから、在外投票の投票率は非常に低い状態が続いています。
そこで、投票環境を向上させる方法についての総務省の研究会で在外投票の利便性を向上させるための検討が行われました。その報告書が2018年8月に公表されましたが、対応すべき課題を解決すれば在外投票にインターネット投票を実現することは可能である、という結論となっています。今後、インターネット投票が導入されることが現実的になってきたわけです。

まず、インターネット投票と電子投票との違いについて、整理しておきたいと思います。

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2002年に、総務省の選挙システムに関する研究会による報告書が公表されましたが、その中では、電子投票について3段階に整理しています。
第1段階は、選挙人が指定された投票所において電子投票機を用いて投票するものです。第2段階は、指定された投票所以外の投票所においても投票できるものです。第3段階は、投票所以外の場所で個人の所有するコンピューターなどで投票するものです。この段階が、今回検討されているインターネット投票に当たります。

日本では、2002年2月に、公職選挙法の特例について定める法律が施行され、一部の地域で第1段階の電子投票が行われました。これは、地方公共団体が条例で定めることによって、地方公共団体の議会の議員や首長の選挙の際に、投票所の電子投票機を利用して投票するものです。その後、国政選挙にも電子投票を導入しようという動きがありましたが、実現しませんでした。
これに対して、今回提案されているのは、有権者が自分のコンピューターやタブレット、スマートフォンなどを使ってインターネット経由で投票するというものです。
このようなインターネット投票を国政選挙にも導入している国として有名なのは、バルト三国の一つであるエストニアです。

エストニアのインターネット投票では、投票の秘密を確保する方式として、「二重封筒方式」と呼ばれる方法を用いています。投票記録が改ざんされないようにするための暗号による保護と、投票した人がどの候補者に投票したかが分からないようにするための秘密の保護です。

 またエストニアのインターネット投票は、日本で言えば期日前投票に当たる期間に投票するものです。この投票の期間内であれば、何度でも投票のやり直しを行うことができるのが特色です。インターネット投票には、投票所の外で監視が無い環境で投票することが買収や投票の強制につながるのではないかという議論がありますが、エストニアでは万が一投票が強制されて行われたとしても、その後、有権者自身の意思で投票をやり直すことができるわけです。

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 エストニアで初めてインターネット投票が実施された2005年の時点では、投票総数に占めるインターネット投票の利用率は、1.9%にすぎませんでした。その後、段々と利用率が上がってきて、2017年の選挙では、30%以上になりました。

 エストニアのインターネット投票は、世界の各国でもモデルとされているものですが、そのまま日本に導入できるわけではありません。インターネット投票に対しては、賛成・反対の両方からの議論があります。その主な論点について考えてみます。

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アクセスのしやすさの問題については、インターネット投票を導入すれば在外有権者にとっては投票しやすくなりますが、その反面で、インターネットを利用する環境の格差であるデジタルデバイドの問題や、タブレット端末等を使いこなせない有権者のリテラシーの問題が指摘されます。
投票参加については、在外投票の有権者の投票率が投票環境の向上によって上昇することが期待されますが、反面、スマートフォン等で簡単に投票できるようになることで、有権者として選挙にきちんと行って投票しなければ、という感覚が小さくなってしまうのではないかというおそれが指摘されています。
秘密投票については、インターネット投票が導入されることで、障がいを持っている有権者の投票の秘密が確保できるという面がある反面で買収、強要の問題や、有権者の投票が明らかになってしまうことはないのかという懸念があります。
選挙管理の正確性、透明性の問題では、疑問票の解消や人手によるミス等の問題が解消されるとの意見がある一方で、投票の改ざんやシステムの乗っ取りのおそれが指摘されています。

有権者の投票の秘密を守り、選挙権の行使を保障して公正な選挙を実現するために、高度なセキュリティ対策は、特に重要です。今日のセキュリティ問題はきわめて複雑なものになってきています。このため、総務省の研究会では、技術ワーキンググループを設けて、インターネット投票を技術的に導入することが可能かどうか、検討が行われています。
 まず、有権者以外の人によるなりすまし投票を防ぐために、本人確認をする必要があります。総務省の研究会の報告書では、マイナンバーカードを使って本人確認することを前提にしています。
 また、投票の秘密の確保、システムがダウンしてしまった場合はどうするか、システムへの不正アクセスへの対策、システムの信頼性確保などについての検討が行われています。これらの多くの課題について、研究会の報告書では検討すべき課題とそれに対する対応方策を提案して、在外投票にインターネット投票を導入することは可能という結論を出しました。インターネット投票を実現するためには、今後、公職選挙法の改正などが必要となると思われますが、まず第一歩を踏み出したことになります。 

 今はまだ、在外投票へのインターネット投票の導入が見えてきた段階です。総務省の研究会の報告書でも、国内でのインターネット投票の実現は、今後の課題とされています。
現在の日本の大きな問題は、少子高齢化と、人口の都心部への集中です。人口が減り、高齢者が増えている地方では、投票所の数を減らすようになってきており、お年寄りが投票に行くのがますます難しくなっています。逆に都心部では、投票所に駐車場がないことが多いので、ふだんは病院や介護施設に行くのに車を利用しているような有権者にとっては非常に不便です。また台風や大雨など、災害が各地で頻繁に起こるようになってきていますが、家の外に出るのは危ないというような天候でも、インターネット投票であれば家から投票することが可能になります。
今後、国内での投票にもインターネット投票が導入されれば、これらの問題の解決にも役立つのではないでしょうか。

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