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「平成の終わりに④ 生きることの本質」(視点・論点)

JT生命誌研究館 館長 中村 桂子

今日は 平成の30年を考え、それを踏まえてこれからのことを考えるというとても難しいテーマです。私なりに考えてみたいと思います。

私は平成の30年というのは、日本を世界の中で考える時代だったと思っています。
平成元年1989年、一番印象的だったのはやはりベルリンの壁の崩壊ではないでしょうか。小さな誤解がもとだったといわれますけれども、東ベルリンの人たちが壁へ向かって歩いてきて、検閲所が開かれて西側へ入ってきた時の、あのはじけるような笑顔は忘れられません。そのあとソ連も崩壊しましたし、世界中の人が、地球の上の人みんなが、自由を楽しめる時が来るという感じがしました。実はこの30年本当はそうはならなかったわけですけれども。

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私は生きものの研究をしておりまして、その中で一番大事なことは、地球上にいる生きものはとても多様だけれど、でもその大本は38億年前の祖先であり、全部仲間だということだと思っており、ここに絵巻という形で示させて頂きました。人間もその中にいて人間はアフリカから出て、今73億人以上いる人みんなが祖先は一つだ。そういうことを明らかにしたのが一番大事で、これを生かして30年を考えたいと思って、「生命誌」を始めたのが平成の始まりだったのです。
人間は生きもので自然の中にいるということを大事にする。それは自分が自然の中にいるということです。
私たち今、文明の社会にいますと、自然を外から見て生きものなどいろいろなものを支配するという考え方になりがちですけれども、「みんな一緒だ仲間だ中にいる」と考えたい。私はこれを「中から目線」と言っているのですが、そういう考え方でいきたいと思ってきました。
ベルリンの壁崩壊のあと、バーンスタインが指揮をしてベートーベンの「第九」を演奏しました。西と東のドイツの人たち、それにアメリカ、当時のソ連、それからフランスイギリス、第2次大戦を戦った人たちみんなが集まって演奏しました。そして合唱の歓喜というFreudeをFreiheit、自由と変えて歌ったのは、本当に印象的でした。これは本当にみんなで一緒にということを象徴していたと思うのです。
その中で生まれてきた大事なことはたくさんありますけれども、今日はグローバルということ、それから科学技術の進展、自然との向き合い、この3つを考えたいと思います。
グローバルは本当は地球という意味ですから、今まで私がお話ししてまいりました、「みんな地球で一緒」という意味だと思うのです。ですから私は、地球上の人がみんなでその一員として暮らす。そういう意識だと思って、グローバルという言葉が出てきた時に、大いに期待したのですが、実はそれはIT革命によって支えられた金融資本が全世界を支配する一律にする、それがグローバルだったのです。
多様な生き方をするというのとは違う方向へ行ってしまって、過剰なほどの競争、それから生まれてきた格差、そういう社会になってしまいました。
一人一人が考える本当の意味のグローバル、実は今、地球環境問題もあるわけですから、そういう意味で私が最初に申し上げたグローバルにしなければいけない。これまでの30年のグローバルという言葉を思いながら、今そんなことを思っています。
一律にしようというグローバルは、国や民族や宗教の間に、逆に戦いを生んでしまいました。競争を激しくしましたから、戦いを生んでしまったように思いますので、本来のグローバルを今後考えたいと思っています。
次に科学技術の問題です。今人工知能のブームですし、それから私が専門とする生物学をベースにした先端医療技術なども、どんどん進んでいます。
科学技術の進展を否定するものではありませんけれども、あまりにもこれらの技術が急速に生活の中に入ってきていますね。
その象徴の一つがスマホだと思うのです。ちいちゃなお子さんが上手に扱っていて、すごいなと思うのですけれども、こうして暮らしているこの子どもたちが本当に生きているということを考える、自分が生きものだということを考える人に育つだろうかという心配を、私はちょっとします。
体の方は38億年の歴史の中にありますから、ちょっとやそっとでは変わりませんけれども、脳はいろいろな環境の中で割合早く変わりますので。脳と体の間に違いが出てこないだろうか。しかも子どもたちが自然に接することが、どんどん減っていますので、そういう中で生きものとしての人間がちゃんと生きているだろうか。
生きてるってどういうことか、人間って何かということは、まだ本当に分かっているわけではありません。
もう分からないことだらけですので、もうちょっとじっくり考えながらいきたい。決して技術は否定しませんけれども、じっくり考えながらその結果を取り入れていくことにしないと、危ないのではないかなという、そんな気がしています。
まだまだスマホ社会に入ったばかりですので、これから考えていかなければなりませんけれども、考えなければいけないことは確かです。
特に人工知能は、何か何でもできそうで、人間を超えるなどと言われますが、人間とは違うものです。例えば、「かなしみの片手ひらいて渡り鳥」という俳句を、人工知能が作った。すばらしいと皆さんおっしゃる。情緒的だとおっしゃるのですが、実は人工知能は言葉を集めただけで、意味は分かっていないんですね。
私たちにとって大事なのは、意味です。人間は意味を考える、人間が機械になってしまわないように、ということを願っています。
最後に大事なのは自然との向き合い方。実は、阪神・淡路大震災 東日本大震災、その後の多くの地震や噴火や豪雨など、私たちたくさんの自然災害に出合いました。
ここでやっぱり人間は自然の中に生きてるんだ、自然と向き合わなければいけないということを、強く感じたと思うのですけれども、その後の私たちの生き方を見ると、何かちょっと忘れてしまってるところもあるように思います。
この問題を考えると、1時間でもお話ししなければならないほど問題がたくさんあります。今日は時間がありませんのでお話しできませんけれども、大事なのは自然は複雑だということです。
それに向き合うということを、忘れてはいけないと思います。
多様性を認めて一人一人を大切にする社会、そういうことで始まった平成ですけれども、むしろ何だか競争の中でそれを失ってしまったという気がします。
私はそういう中で、信頼が失われていったことが、とても心配です。その中で寛容も失われました。人間が価値を失っている時代ではないかという気もします。
もっともっと人間を大事にして、みんなが生き生き暮らせる社会にしたい。
私はこの希望は捨てずに、次の時代を考えたい。今そんなふうに思っています。

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