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「日本サッカー 次の飛躍に向けて」(視点・論点)

NHKサッカー解説者 山本 昌邦

4年に一度のFIFAワールドカップに沸いた2018年が暮れようとしています。今年は日本プロサッカーリーグ、Jリーグが始まってちょうど25年になります。当初は10チームから始まったJリーグですが、2018年シーズン開始時点では日本国内38都道府県に本拠地を置く54クラブがしのぎを削るまでになりました。

Jリーグが始まった当初は、世界で活躍する選手はほとんどいませんでした。それから25年を経てみると、世界の主要クラブやリーグでプレーする日本人選手は大勢います。
世界中のトップ選手と実際にプレーしている選手が何人もいるので、国際試合で集まった選手たちが対戦相手の顔ぶれを見て「あの選手はこういう性格だから、こういうプレーを嫌がるよ。」などと会話をしている光景が普通になりました。25年を経て、世界との距離感がわかる選手たちがたくさん育ってきました。
 世界のトップリーグでプレーする日本人選手、一人一人には激しい日々の戦いの中で独自のサッカー感や戦術が身についています。それらを一つに束ね、選手一人一人のやる気を引きだす代表監督の手腕が大切なことを痛切に感じたのが、6月に開かれたワールドカップ・ロシア大会でした。

4月、ワールドカップ出場決定後の異例の監督交代、ハリルホジッチ氏に代わって指揮をとることになったのが西野朗さんでした。

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西野監督がまずおこなったのは、各地にいる選手一人一人の話に耳を傾けることでした。それまでやる気を失いかけていた選手の話を聞き、なんとしてでもワールドカップに行きたいという選手たちの必死の思いを引き出しました。
過去の歴史を見れば、ワールドカップで優勝した国の監督は、皆、自国の人です。このことは、最後は選手の心をどれだけ一つにできるかにかかっているということを物語っているのではないでしょうか。色んな選手たちの特性を知り尽くして、直接コミュニケーションを取れるという凝縮した関係があって、初めて優勝できるということを物語っているのではないでしょうか。

 自国の監督でしか優勝していないとなると、日本人の指導者を育てなければ未来はないということになります。りっぱな外国人の監督を連れてきても日本人のことがわからない、コミュニケーションが取れない、言葉も理解出来ない。選手のプレーは評価できるが、彼らの感情のマネージメントができないと、結局一人ひとりの心に火を付けていくという作業ができない。日本人の性格、文化、色んな事の背景が分かって、「この選手にはこういう事を言ったら絶対心に火が付くだろう」ということで結束力を高めたのが西野さんでした。
 西野采配のもとで、日本代表は前評判をひっくり返す活躍を遂げました。
グループリーグを突破し優勝候補ベルギーを追い詰め死力を尽くしたゲームは、ワールドカップの歴史に残るといわれています。Jリーグが始まって25年、たどり着いた今年のワールドカップ・ロシア大会は、日本サッカーを新たな境地に押し上げたといえます。

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 ワールドカップ後、西野監督からバトンを渡されたのは森保一氏です。新生・森保ジャパンは快進撃を続けています。西野監督は自らの補佐役として森保氏を代表コーチとしてワールドカップを戦いました。そこに明快なバトンタッチの意志が感じられます。森保氏は、コーチとしてワールドカップを経験する中で、選手たちと一緒に過ごす時間をつくり、それぞれの選手の技量も見極めることができました。言ってみれば、バトンゾーンの期間がセットされ、そのバトンゾーンをうまく加速した状態で、森保氏にバトンがわたった。その巧妙なバトンタッチがこの秋の連戦連勝につながっていると思います。

 森保監督は、Jリーグの申し子です。25年前にJリーグ開幕ではサンフレッチェ広島の選手として活躍し、同じ年のワールドカップアメリカ大会アジア予選では日本代表として、あの“ドーハの悲劇”を経験しています。その後、サンフレッチェ広島の監督として、前人未到のJリーグ三連覇を達成します。Jリーグを通して培った日本人選手の能力を引き出す実績とコミュニケーション能力に異を唱える人はいません。

 森保監督への期待の表れとして、見逃せないのが、東京オリンピック代表監督との兼任です。ワールドカップに先駆けた2017年10月に就任が決まっていました。日本代表監督が日本オリンピック代表監督を兼任するのは、フィリップ・トルシエ氏に次いで2人目で、日本人監督としては初めてです。

 私は、1998年から4年間、トルシエ・ジャパンの時代に代表コーチをつとめました。トルシエ監督は日本代表だけでなく、オリンピック代表監督、20才以下の選手からなるユース代表監督を兼任することを主張し、実践しました。

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監督の言うことをどんどん吸収する若い世代を鍛え、彼らにチャンスを与え、選手一人一人に自信をもたせるような実績、自分は絶対負けるはずがないという自信をどういうふうに増やしていくかが、これから世界で勝つための大事な条件だというのがトルシエ監督の方針でした。現にワールドユース選手権で日本は準優勝し、これが次への自信につながったのです。
 A代表と五輪代表とU20と3チームを同じスタッフで見ていく、この体制で自在な世代交代をはかるというトルシエ監督の手法は、今、森保監督に受け継がれようとしています。

森保監督には2020年の東京五輪代表監督としての采配が待っています。A代表監督を兼務しているので森保監督はオーバーエイジの選手を自分でコントロールできます。まず、東京五輪で最強チームをつくる、その後にカタールでのワールドカップがやってくる。五輪代表チームで活躍した若い選手をA代表で起用する。ベテランの起用とダイナミックな世代交代が森保監督に託されたのです。

 今年のワールドカップで私たちを勇気づけたのがアイスランドの活躍です。人口およそ35万人の小さな国は、20年後のために今から子供たちを一生懸命、肥料や水をやるように育てましょう、という長い目で選手を育てあげてきました。

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その結果、ヨーロッパの厳しい予選を勝ち抜いて本大会に出場し、あのメッシのいるアルゼンチンと引き分けるという快挙を成し遂げたのです。

日本も次への飛躍のために長い目で若い世代を育てていこうとしています。今回のロシア大会に、日本はA代表の練習相手として、U19の代表選手たちを同行させました。彼らはワールドカップの試合を観戦し、A代表の選手たちの練習相手をする中で選手たちの立ち振る舞いを間近に見てきました。彼らの感想を聞くと、「はっきりと自分の力が足りないことがわかりました」「この世界に絶対に入っていきたい」「頂点を目指す覚悟ができました」という声が圧倒的でした。

Jリーグが始まって25年。今年の日本サッカー界は、次への飛躍の切符を手にしました。
今後のスケジュールを見てみましょう。

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2019年は、年明け早々、AFCアジアカップが開幕します。5月にはポーランドでU20のワールドカップが開かれます。ワールドカップをA代表に同行した選手たちが世界に挑みます。秋からは2022年のワールドカップ・カタール大会に向けての予選がはじまります。そして2020年の東京オリンピックと続きます。

選手の成長とチームのさらなる結果を求めていくための強化、この両方をバランスよくどう実現していくのか、2019年は森保ジャパンの手腕が問われる一年になります。
成功を求めることより、成長を求め続けることが人生の大成功だと思います。

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