NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「日記の魅力」(視点・論点)

現代詩作家 荒川 洋治

年末になると、日記帳が書店に並びます。日記を毎年つける人もいれば、来年こそつけたいと思う人もいることでしょう。一日を簡素なことばで振り返るのは、意味のあることかと思います。最近は、日記帳ではなく、ブログなどで日記をつづる人もふえました。日記も新しい時代を迎えたようです。そうした動きも含めて、あらためて日記の魅力を語ってみたいと思います。

「土佐日記」「紫式部日記」「蜻蛉日記」「更級日記」というように、日記文学は、日本文学の歴史を彩りました。「更級日記」は、物語に憧れる少女が、関東・上総の国から京の都に向かって旅をする話。足柄山の山中で、どこからともなく遊女たちが現れて、上手に歌をうたい、また闇のなかに消えていく場面などとても鮮やかです。同じく平安時代の書家で、優秀な貴族官僚、権大納言、藤原行成の日記「権記」。王朝社会。内裏での政務、集まりでの布陣、装束、作法、しきたりなどが精確に、ていねいに書かれた中世史第一級の資料です。
明治以降の個性的な日記をあげてみましょう。函館・五稜郭の戦いで敗れたあと、新政府のロシア公使となった榎本武揚(1836―1908)の「シベリア日記」は、没後に発見されたものです。明治11年の7月から9月、帰国途中に見たロシアの風景です。

s181219_01.jpg

地質学など科学の知識も豊富で、シベリアの土質の観察も細かく記します。漢詩をつくる詩人でもあった榎本武揚は、ロシアの自然や人々の暮らしを、表情ゆたかな、魅力的な文章でつづっています。日記は、個人の生活にとどまらず、社会や時代の様相を、後世に伝えるという意味でも大切なものです。
北海道生まれの作家、長見義三(おさみ・ぎぞう・1908-1994)の「色丹島記」は旅日記です。昭和17年の秋、現在の北方四島のひとつ色丹島に行き、一か月、電灯もない家屋で暮しました。北方から強制移住になって島で暮らす北千島の人たちの歴史、島の自然を絵日記ふうに記します。風化する遺跡、墓標、農具、漁具、野菜、草花の描写など印象的です。いまでは確認できない自然、文化、生活のようすを伝える。これも日記の大きな役割でしょう。  
戦後文学を代表する作家・武田泰淳の夫人・武田百合子(1925-1993)の「富士日記」。富士山麓での、昭和39年から13年間の、一家の暮らしを淡々とつづるもので、食べもの、料理、買い物の記録などです。夫・泰淳は、妻・百合子に、日記をつけるように勧め、こう言いました。「どんな風につけてもいい」「何も書くことがなかったら、その日に買ったものと天気だけでもいい」「自分が書き易いやり方で書けばいいんだ」。というわけで、百合子さんは日記をつけました。昭和42年のある日の一節の一部分です。

s181219_02.jpg

六月一日(木) 快晴 風つよし
(略)
 夜、片づけを終り、一人で起きている間、イース
トを入れた食パンをゆっくり焼いてみる。――失敗。

s181219_03.jpg

七月四日(火) 朝のうち晴、時々くもり
(略)
 庭に咲いている花。
 イボタの木の白い花、富士桜の黒い珠、ノバラ(日
陰のはいま満開)、アザミの花、紅い、こでまりに似
た花、山おだまきの花。
(武田百合子「富士日記」より)

単純な記述ですが、リズムもきれいです。まるで夢のひとこまを見ているような気持ちになり、すみからかみまで読みたくなります。「富士日記」は、夫の没後、編集者の目にとまり、刊行されます。そのゆたかで鋭い文章の世界は、多くの読者を魅了、現代・日記文学の名作となりました。こうした日記を読んでいると、単純な事実、単調と思える日常にも、さまざまな起伏と物語があることに気づきます。また、作家が作品をひとつ書くというのは、構想など考えるので大変ですが、日記は何も用意しなくても書けるので、そういう気軽さがかえって自分の心、社会の空気を映し出し、通常の文芸作品にはない、いいもの、人間にとって大切なものを表わすことになるのかもしれません。
さて、私が個人的に好きな日記は、明治の文豪・岩野泡鳴(1873-1920)の日記です。明治44年からつけたもので、未発表のまま残され、全集に収録されました。住んだ町の名を題にした「池田日記」から始まる日記です。岩野泡鳴は、破天荒な文士として知られた人で、旧・樺太に渡り、蟹の缶詰事業を起こす。それに失敗すると、北海道各地を放浪、その荒れた生活をありのままに書く破滅型文士です。「池田日記」は大阪・池田に移住したあと、38歳で突然つけはじめたもの。なかみは主に、養蜂、野菜づくりなどの記録。亡くなるまで9年間ほぼ毎日ですが、内容という点では特別なところのない日記です。でも岩野泡鳴は日々の活動が旺盛なので、日記は、簡単に記して済ませたという面もあるでしょう。その日一日の活動こそが基本であり、主役。日記は、そこに添えるもの。それが日記の本来のありかたであるように思います。
何か内容らしきものがなければ、日記の意味がないというのは固定観念で、正直で、いつわりのないことが大切かと思います。私は大学ノートに、一日に2、3行。天気以外には、原稿を送った。喫茶店に行った。この本を読んだ、くらい。ほぼ40年ほど持続。ノート1冊に5年分ほど入ります。何もない日は、曜日、天気だけを書き、斜線を引く。あまり内容のあることは書きません。それをつける「ひとときをもつ」ことに、意味があると感じるからです。
冒頭述べたように、いまはブログなどで日記を公開する人がふえてきました。行ったところ、食べたものなどの写真を添えるなどヴィジュアルなものも。自分の日常を記録しようという欲求は、これからも高まっていくでしょう。それを見てくれる人がいるので、いっそう内容に磨きをかける人もいます。ただ不特定多数の人に読まれることを意識しているので、どうしても、よそゆきの表現になります。自分のことをこまかく書いていくので、饒舌ですが、かえって、その人の孤独感がにじむようにも思います。他人の視線を気にし、自分のことをよく見せたい気持ちになる。ことばがいっぱいあるけれど、ほんとうの自分は表現されていない。つづけることで、かえって自分の心が希薄になる怖れもあるように思います。いっぽう、日記帳の日記は、一日のおわりに、一日を簡単なことばでふりかえり、ちょっとだけ記す。負担にならない程度に記す。
自分のためにつけるのですから、正直に、飾らずに、いつもの、ことばで記す。そのことで、ほんのわずかな間でも自分に向き合い、自分というものを濃厚に感じとる。それが日記の本分でしょう。人はいま、周囲や社会への気づかいで生きているので、自分ひとりのひとときを、十分に味わうことが、むずかしくなりました。そんななか、日記は、その人らしさをとどめる、とても大切な世界になっていくように思います。

キーワード

関連記事