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「北方領土交渉の行方①  二島返還プラスαで平和条約締結を」(視点・論点)

京都産業大学 教授  東郷 和彦 

安倍総理とプーチン大統領は、11月14日、シンガポールのAPEC会合の際の二国間会談で、戦後70年以上未解決のままで続いてきた、領土問題を解決し、平和条約を結ぶことに合意しました。
まず、領土問題を解決して、結ばれるべき平和条約は、おおよそどのような内容のものとなるか、を考えます。

その次に、そういう内容の条約となった背景を、三点述べたいと思います。
まず平和条約の内容です。
もちろん安倍総理はまだ、内容を詳しくは話していません。
けれども、総理がシンガポールで使われた言葉と、これまでの日ロ交渉の長い経緯を振り返ると、だいたい、次のような内容になるのではないかと、私は思います。

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まず安倍総理は「1956年宣言を基礎として、平和条約交渉を加速させることで、プーチン大統領と合意した」と述べています。

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56年宣言の第9項には「歯舞・色丹は平和条約が締結された後に現実に日本に引き渡される」と書いてあります。したがって、ここは書いてある通りに、歯舞・色丹は日本領になるということだと思います。

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問題は国後・択捉です。56年の交渉以来日本は一貫して「四島を返せ」といってきました。しかし、これまでの長い交渉の経緯を考えますと、私は、残念ながら、国後・択捉の主権をとりもどすのは難しい、日本は国後・択捉の主権はロシアにあるとみとめ、歯舞・色丹と国後・択捉の間に国境線をひく、そのうえで、国後・択捉に、共同立法を含む特別区域のようなものをつくることが、考えられるのではないかと思います。

それにしても、どうしてこういう案になるのか、その背景を三つ述べます。

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第一の背景は、交渉の経緯です。第二次世界大戦の敗戦国日本は、1951年のサンフランシスコ平和条約で国際社会に復帰しました。しかし、ソ連に比べ圧倒的に弱い立場にあった日本は、平和条約の中で「千島列島を放棄する」と約束させられました。この時、条約に署名した吉田総理も、これを補佐した外務省の西村条約局長も、放棄した千島の中には「国後・択捉」が入っていると思っていました。
ところがスターリンがこの機会の窓を生かさず、条約に署名しなかった結果、日本は息を吹き返しました。
56年の平和条約交渉で、ソ連は歯舞・色丹だけなら引き渡してもよい、といったのですが、日本は、それだけではだめだ、国後・択捉も必要だと言って復活折衝をはじめたわけです。
さて、1991年冷戦の終了とソ連邦の崩壊という20世紀の大事件がおきました。その結果新生ロシアの力は最低に、バブル絶頂期の幻影の中にいた日本の力は最高になりました。

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日本との緊密な関係を求めたロシアは、92年3月にコズイレフ外務大臣から、思い切った譲歩案をだしてきました。

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「まず歯舞・色丹の引き渡し協定を結び、これにならって国後・択捉について交渉し、まとまったら四島一緒の平和条約を結ぶ」という譲歩案です。
ところが日本側は「これでは国後・択捉返還の保証が足りない」といってこの提案を認めませんでした。開かれていた一番大きな機会の窓を、日本はつかめなかったのです。

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そこで日本側は、「四島解決」を更に明確化した、93年の東京宣言を基礎に「四島の北に国境線、当面の施政はロシア」という譲歩案を、川奈の橋本・エリツィン会談でぶつけます。しかし、日本の最大の譲歩案を、結局ロシア側は受け入れませんでした。

2000年、ロシアの大統領がプーチンに代わったところで、日本側は巻き返しを図ります。

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2001年3月の、イルクーツクでの日ロ首脳会談で、森総理は、10年前のロシアの譲歩案を参考にして、「歯舞・色丹」と「国後・択捉」の並行協議を提案され、プーチン大統領はこれにのってきました。にもかかわらず国内政局と対ロシア政策の混乱から、日本は並行協議から事実上撤退、二回目の大きな機会の窓をつかみそこねてしまいます。
今回の安倍プーチン協議は、三度目の正直です。これまで二回の「機会の窓」を掴めなかった結果、「国後・択捉」についての日本のとりうる部分は小さくなってきています。しかし、私は今なら「歯舞・色丹の引き渡し」に「国後・択捉について何らかの追加的なもの」を併せて合意できるのではないかと思います。逆に、今回もしも日本が決断しなければ、日本は「いつまでたっても決断できない国」で終わります。三回も決められない国日本と、交渉をする意味はない。―――ロシアはそう思うのではないでしょうか。

第二の背景は、四島における現場の急激な変化です。イルクーツク合意から日本が撤退したのを見たプーチン大統領は、2007年から「クリル開発計画」を開始しました。
10年計画で、総額500億円ほどの開発計画ですが、インフラ・産業開発・教育にいたる本格投資が初めて四島に入るようになりました。これによって、現地住民のロシア政府への信頼は、一挙に高まったようです。今や、3000人の色丹住民をどう説得するかが、プーチン大統領にとって大きな課題になるでしょう。加えて、ロシアは、四島の開発について外国資本の参加を認め、現実にそれは進行しつつあります。
今日本が決断をしなければ、四島はロシア・中国・韓国などの協力によって発展する島になり、「不法占拠だから日本人は原則行かないように」という政府方針の下、日本人だけが関与しない島になっていくことでしょう。

第三の背景は国際情勢です。
ロシアは今、人類史上でも最も瞠目される巨大成長をしている中国と4000キロの国境をかかえています。プーチン氏は中国を挑発せず、利益の上がることには、全面協力の姿勢です。しかし、私の知る限り、中国の後塵を拝してよしとするロシア人はいません。ヨーロッパとはウクライナ危機をめぐって、アメリカとはトランプ大統領選出の選挙介入疑惑によって、関係は険悪化するばかりです。
今プーチン氏にとって必要なのは、外交力を強める友達であり、日本が第一の友達候補だといってよいと思います。
日本もまた、台頭する中国に主張するべきことを主張する、「自国第一」を主張するアメリカから徐々に自立する、そのためには、外交力をつける友達を必要としていると、私は思います。その第一の候補者は、ロシアではないでしょうか。
いままさに、国際情勢が日露を近づける千載(ザイ)一遇の機会を、与えていると言えると思います。

結論です。これからの交渉では、今ここで予測できない、様々な困難があるかもしれません。しかし私は、日本政府の関係者全員が、安倍・プーチンの間で平和条約を結ぶという大目標を実現するよう、心から願っています。それが実現できたなら、ロシア人と一緒に美しい島を作っていくという夢を、今度は国民皆で実施する番にな
ります。
そうやって、最初に望んだ形とはちがいますが、日本人が四島のために汗をかき、四島に日本人の笑顔がもどってくることこそ、私たちの祖先が望んでいること、なのではないでしょうか。
ありがとうございました。

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