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「修復社会をどう生きるか」 (視点・論点)

東京経済大学名誉教授 関沢 英彦

大阪万博が2025年に開かれることになりました。前回の大阪万博は、1970年。1973年のオイルショックで、高度成長は終わりを告げます。その直前です。
当時は、公害問題も起きていました。大量にエネルギーを使いながら、古いモノを壊し、新しいものを作っていった開発の時代です。
あれから半世紀。新築と開発の時代は遠く去り、いまや補修と再生の時代になりました。そう、修復社会の到来です。

直しながら現状を保っていく修復社会。それは、「ヒト」も「モノ」も「クニ」も、時間ともに年を取り、経年変化してきたからです。

まず、「ヒト」を考えてみましょう。テレビでは、肌、目、膝、腰、など、体の不具合についての番組やCMが多いことに気づきます。
高齢者の増える中で、自然な流れでしょう。病院にいけば、入院患者の半分以上が慢性疾患を抱える75歳以上の方々。経過観察をしつつ、現状維持をめざすことが多いようです。
これからは、臓器や組織を修復していく再生医療も、臨床研究が進むでしょう。

一方、働く現場では、「学び直し」に注目が集まっています。産業の構造が変わり、AI(人工知能)が広がる中で、働く能力の修復をしていくことが求められます。

さて、「モノ」の側面ですが、2017年、首都圏の中古マンションの成約件数が、新築の成約件数を上回りました。
1993年から2007年にかけて建設された年間10万戸以上のマンションは、改修時期を迎えています。新築ではなく、補修と改装による中古物件が主流になってきたのです。   
              
使用済みの製品の存在感も高まりました。経済産業省による中古品市場の推定額は約7兆6千億円。個人同士の中古品売買を支援するスマホアプリを使っている人は月1千万人を超えています。

インフラや国土など、「クニ」の老朽化も進んでいます。昨年末の時点で、建設から50年以上経っている道路や長さ2m以上の橋は2割以上。2033年には6割を超えます。
法定耐用年数である40年を過ぎた水道管は、2014年に1割を超え、2034年には4割以上と予測されています。
日本は、国土の約7割が森林。その整備が進まないと、災害も増えていきます。過疎地が増える中、所有者が分からない土地や空き家の問題も解決を迫られます。

こうした「ヒト」「モノ」「クニ」の経年変化に、どう対処すればよいのでしょうか。

4つのCが大切になると思います。まず、コスト(Cost)。機能を保っていくために、どうすれば費用を安くできるかを考える必要があります。いままで通りの対策では、いくらお金があっても足りません。

「ヒト」について言えば、遺伝子治療薬など高額な薬が生まれています。これまでの薬価の決め方では財政が持ちません。そこで薬の効果が維持できた年ごとに薬代を払うといった分割払いが考えられます。

2番目のCは、チェック(Check)です。「ヒト」「モノ」「クニ」の残った機能、残存機能をきちっと検査して評価することです。
「モノ」を例に取れば、中古住宅の建物評価の仕組みを普及させることや、中古品から偽物や盗品を見分ける機能を高めることが求められます。

3番目は、コラボレーション(Collaboration)のC。膨大なデータを瞬時に分析するAIやドローン、モノのインターネットIoTと協力し合うことです。
「ヒト」を例に取れば、AIとコラボすることで、医療データを解析するとか再生医療の現場で、1秒間に数千から数万個の細胞を識別することができます。

「クニ」については、橋の劣化度合いなど、ドローンを飛ばすことで、安全に調べられます。データを一元管理すれば、AIによって、残存機能を比べながら、改修工事に優先順位を付けられます。
4つ目のCは、クリエイティブ(Creative)であること。補修と再生によって、かえって価値を高めることもできます。

「モノ」における象徴的な例では、廃校の再生があります。この十数年で、全国で約6800の公立学校が廃校になりました。取り壊されたものもありますが、福祉施設、美術館、シェアオフィスなどに転用されたものも多いのです。
今年の4月、高知県室戸市では、「むろと廃校水族館」がオープン。かつての教室や廊下を50種類1000匹の魚たちが泳いでいます。プールには、ウミガメなどもいます。すでに10万人を超える人が来館したそうです。

以上、コスト、チェック、コラボレーション、クリエイティブであること…の4Cが修復社会では大切です。だましだましという日本語がありますが、まさに、「だましだまし」、残った機能をなるべく長く使う。うまく修復されれば、いきいきと「よみがえる」ことも可能です。
かつて、だいじな陶磁器が壊れると金継ぎをしました。割れた部分を漆で付けて金などで仕上げたのです。時には作品が良くなる場合もありました。

さて、修復社会における人々の意識は、どのようなものでしょうか。博報堂生活総研の「生活定点調査」で見てみましょう。

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2000年以降、日本では自然科学系のノーベル賞受賞者が相次ぎました。ところが、科学技術水準に対する一般の評価は大きく下がっています。
1992年には、41%の回答者が高度な科学技術水準は「日本の誇り」だと答えていました。しかし、今年は25%を割りました。  
科学技術を支える教育水準についても、評価は約25ポイント下がり、科学技術がもたらす経済的豊かさについても、30ポイント近く落ちています。

科学技術・教育・経済の現状は、「日本の誇り」だと思わない人たちが増えたのです。

一方、同時期に「日本の誇り」として上がった項目もありました。「国民の人情味」「国民の義理堅さ」は5から6ポイント高くなり、とくに「質の高いサービス」が日本の誇りだとする人は、2割強から4割に急上昇しました。
科学技術・教育・経済などの基盤的要素よりも、「おもてなし」ともいうべき人間的要素が評価を高めたのです。

今年は明治150年。江戸時代の終わり頃、日本は黒船来航に象徴されるように西欧の科学技術に圧倒され、変わることを迫られました。
明治維新の前の年に開かれたパリ万博も、鉄と機械が生み出す工業製品が主役でした。
このパリ万博に、江戸幕府や薩摩藩・佐賀藩が出品したのは、浮世絵・工芸品・茶屋など「ジャポニスム(日本趣味)」と呼ばれた文化的なものでした。科学技術に対して、人間と文化の姿を示したのです。

さて、2025年の大阪万博は、どのようなものになるでしょうか。
まず、今後の日本は、科学技術の水準を保っていけるのでしょうか。そして、人間や文化のあり方を深めていけるのでしょうか。
もちろん、二者択一で考える必要はありません。例えば、ロボットという日本の強い分野は、科学技術と人間や文化が重なり合う部分です。
そうした第三の道を切り開いていくことが求められます。

修復社会においても、科学技術はかなめです。環境に負荷をかけない形で、「ヒト」「モノ」「クニ」を再生し、生活の質を高めていくテクノロジーです。
同時に、古いものをただ壊してしまうのではなく、再生しながら価値をよみがえらせる。そうした修復社会は、人間や文化のあり方を良い方向に変えてくれるはずです。
こんな未来の風景を思い浮かべます。愛嬌のあるロボットがコンコン、カンカンとあちこちを律儀に直しながら歩いているのです。テクノロジーと人間や文化が融け合った修復社会のイメージです。

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