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「モノを手放してみつけたもの」(視点・論点)

作家・ミニマリスト 佐々木 典士

モノの少ない「ミニマリスト」というライフスタイルを選択している人が世界中で増えています。今日は、ぼく自身がこのライフスタイルをなぜ選んだのか、そしてその生活を通して考えたことをお伝えしたいと思います。

ぼくはミニマリストとして、最小限のモノしか必要ないという本を出しましたが、ぼくは今でもモノがとても好きです。
モノが好きすぎて以前はこんな部屋に住んでいました。

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とっても汚い部屋ですよね。本は1000冊ほど、CDやDVDなども数百枚ずつ持っていて部屋にあふれかえっていました。趣味のカメラを何十台も集めたり、弾けもしない楽器がずっと置いてあったりしました。当時は、モノの管理ができないせいかストレスがありました。夜遅くまでお酒を呑みながらゲームをしたりして、それを解消していたんです。

今となってみるとぼくはたくさんのモノに、エネルギーも時間も吸い取られていたように思います。そんなときに、モノを15個しか持っていないというミニマリストの姿に出会いました。その身軽さ、自由さは自分とは正反対で、衝撃を受けたんです。

そこから1年かけてモノを減らし、部屋はこうなりました。

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生活は劇的に改善しました。しかし、ぼくは単にすっきりとした生活をしたかっただけではなく、モノを減らすことを通じて「幸せというのは一体なんなんだろう?」という疑問を考えたいと思っていたんですね。当時のぼくは景気の悪い出版業界で働いていたので、もっとお給料のいい業界に就職したほうがよかったのかなとか、人生の選択を失敗したのかな、と思い始めていた時期でもありました。そういった自分のモヤモヤを、改めて考え直すべき時に来ていたのだと思います。

この問題を考えるために、過去のミニマリストと言える人たちのことも考えました。彼らはなぜモノを持っていなかったんだろう、そのほうが幸せだったのかな? と疑問に思ったんですね。

たとえばマザー・テレサです。マザーが亡くなったときには、代えのサリー1枚と、すり切れたサンダル、手提げ袋だけが残されていたそうです。ノーベル賞を得て1億円もの賞金をもらったはずなんですが、すべて貧しい人のために使ってしまった。なぜマザーはもっとたくさんのサリーや、おしゃれなサンダルを買わなかったんでしょうか?
ブッダのことも考えました。ブッダはシャカ族の王子で、別荘の宮殿は3つもあったそうです。毎晩、宴をひらいて、おいしい物を食べて、美女と自由に過ごすこともできました。これはある意味みんなが求めている理想的な状態かもしれません。でもなぜか「満たされない」といって、すべてを捨てて、奥さんまで捨てて出家してしまいました。
・お金・モノ・地位。 よくある幸せのイメージというのは、こんな3つではないかと思います。出家する前のブッダがすべて持っていたものですね。ついつい、人はここに幸せがあるのではないかと思い、追い求めてしまう。これらに共通する要素は、すべてその状態に慣れてしまうということ。いくら収入があっても、豪邸に住んでいても、そういった環境にはすぐに慣れてしまいます。
次のものを求め続け、しんきろうのようにたどり着かないので、心理学の言葉で「フォーカシングイリュージョン」と呼ばれていたりします。

豊かさと幸せの関係について、こんなデータから考えることもできます。豊かさを示す、1人あたりの実質 GDPは1960年と比べて、今では4倍以上にもなっています。一方で生活満足度、いわゆるどれぐらい幸せですか? という調査ですが、こちらはずっと変わっておらず横ばいです。経済的に豊かになり、いろんなモノが便利にはなったけれども、それで幸せに感じている人が多くなったわけではないということです。どうして、こんなことが起こるんでしょうか?

たとえば、こんなことが言えるのではないかと思います。新しい製品や技術のおかげで、ぼくたちの生活は本当に便利になりました。お掃除ロボットがあれば、掃除は自分でしなくてもすみます。スマホのおかげで旅する時も快適です。しかし、ぼくたちの忙しさは以前と変わらず、安らぐための時間が増えた気がしません。それはひとえに競争しているからではないでしょうか。モノがもたらしてくれる効率性や便利さは人々に平等に与えられ、条件は同じです。条件が同じところで、競争し、他人から抜きん出ようと思えば、休んでいる時間がないのはこれからも変わらないでしょう。

大事にするべきなのは、人とは比べられないものです。先にあげた、お金、モノ、地位といったものには、もうひとつ共通する特徴があって、どれも数字になるということです。収入やモノの値段は当然、数字で把握することができます。その人の地位といった影響力も今はSNSのフォロワー数などで測ることができます。

数字に置き換わるから、ついつい目標にしたくなってしまう。そしてわかりやすく人と比べられます。「人と比べる」というのは本当に不幸のはじまりだとぼくは思います。では、人と比べにくいものは何でしょうか?

たとえばそれは「感情」です。最近、有名なボクサーが、20億円の腕時計を購入したと話題になりました。たとえば、ここに必死におこづかいを貯めて1万円の腕時計を買った高校生がいたとしましょう。そのボクサーと高校生とどちらが多く喜んだのか、決められる人はいるでしょうか?

そして、感情はお金を媒介にしなくても手に入ります。たとえば、ぼくは昼寝が好きです。昼寝をした後の気持ちよさはあらゆるものの中でも最高だと思いますが、それに必要なのは時間だけです。

他にも、自然のものに触れる機会を多く持つようにしています。焚き火を見つめると落ち着きます。豊かな森だったり、海や川など、きれいな水がたくさんあるところにいくようにしています。お金が必要な行為ではありません。

他人に親切にするのもおすすめです。災害救助のような、人が人を助ける映像を見ただけでも、人の脳内では、幸福感をもたらすエンドルフィンという物質が出るそうです。人が感じられるのは、突き詰めていえばエンドルフィンのような脳内で分泌される神経伝達物質だけです。神経伝達物質は、誰かにお金を払わずとも手に入ります。

ぼくはたくさんのモノを手放しましたが、ぼくが本当に手放したのは、お金やモノがたくさんあることがいちばん大事だという価値観です。そしてぼくは会社をやめて、本を書く仕事をはじめることにしました。お金になる仕事ではありません。しかし、どこでも仕事ができ、自分でスケジュールを管理できるという自由があります。その自由さがもたらしてくれる感情を、何よりもぼくは大切にしています。

モノや食べ物を生産するためにはモノがたくさん必要です。モノが人を結びつけてくれることもあります。お金だって必要です。全員がミニマリストになる必要はありません。
しかし、もしモノのために、エネルギーや時間を使い過ぎていたり、いちばん大事な感情が損なわれているなら、少し減らしてみる、というのは一度試してみる価値があると思います。

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