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「シニア活躍社会の条件」(視点・論点)

日本総合研究所 主席研究員 山田 久

 政府は「全世代型社会保障」への改革を最重要課題として位置づけ、そのための優先施策に高齢者雇用の推進を掲げています。わが国では、先進諸国中最も速いスピードで少子・高齢化が進んでおり、労働力確保のためにはシニア世代の活躍が不可欠です。国民一人当たりの負担を抑えつつ、必要な社会保障ニーズを充足するためにも、できるだけ多くの高齢者が働き、給付を受ける側から負担する側に回ってもらう必要があります。

そうした意味で、政府の課題設定は的を射ていますが、具体的にどう取り組めばいいのでしょうか。今日はシニア世代が活躍できる条件を考えます。

実は、わが国は主要先進国のなかでも、働く高齢者の割合が高い国の一つであり、とくにここ数年でその数は大きく増えています。2012年からの5年間で、60歳以上の就業者は約1割、65歳以上では3割以上--も増えているのです。

このように「量」の面では好ましい状況にありますが、「質」の面では問題があります。シニア世代の能力を十分に活かすとともに、それに見合った処遇が行われているのか、に課題があるのです。

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処遇面からみると、年齢別に賃金カーブの国際比較を行うと、主要先進国の中でわが国のみ60歳以降に大きく低下しています。一方、定年後の仕事の変化をみると、8割が定年前と同じ仕事に就いています。もちろん、同じ仕事でも責任が軽くなるケースも多く、必ずしも不当に処遇が低いとは言えないでしょう。しかし、賃金低下ありきでそれと整合性を採るために補佐的な役割に追いやられ、その能力が十分発揮できていないシニアも少なく無いように思われます。

こうした背景には、2000年代に入って、公的年金の支給開始年齢が引き上げられるにあたり、政府が企業に、60歳代前半の雇用を求めたという事情が影響しています。当時の日本経済は不況で、ヒト余りの時代であり、政府は非正規雇用への切り替えで賃金を大きく減らすことを認めました。政策的に企業がシニアの雇用確保を求められるもとで、60歳以上の雇用は、いわば「福祉のための雇用」の形で進められてきたわけです。
しかし、その後景気が回復し、人口減少も進むことで人手不足が深刻になり、シニア世代に頼らなければ、多くの職場は成り立たなくなっています。今後を展望すると、人口減少とともに急激な高齢化が進むため、労働者に占めるシニアの割合は一層高まります。2030年には職場のおよそ4人に1人が60歳以上になることが予想されています。こうした状況になると、シニア世代がいわば「戦力外」では、職場全体の活力が維持できなくなります。60歳以上のシニア世代を「戦力化」することが喫緊の課題なのです。

他方、シニア世代の活躍を進めると「組織の若返り」が問題になります。実際、60歳で非正規雇用への切り替えをせず、定年そのものを延長した企業では、この問題が一番の課題に挙げられています。ではこうしたディレンマをどう解決すればいいのでしょうか。

その有力な方策は、中高年層の転職促進です。同じ職場で戦力外扱いとして雇われるよりは、必要とされて新たな職場に移る方が本人のやる気は上がるでしょう。部下や後進にも昇進の機会を与えられます。

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実は職場を変わったことのある方が、60歳代後半でも働ける割合が高くなる傾向があります。65歳以上で働く人の割合は、転職したことがないと1割を上回る程度ですが、転職経験があれば3割近くになるのです。もちろん、やみくもに転職するのが良いということではありません。専門家の研究では、同一職業で長期の経験を積むとともに、いわゆる修羅場経験をもつ人が、企業が雇いたいシニア人材の特徴であることがわかっています。つまり、長く働き続けるには専門性があり、困難のなかでも仕事をやり遂げる能力を身に着けることが重要で、それらは正に転職の際にアピールできる要素といえます。つまり、転職を意識して能力を磨くことが、シニアになっても企業に求められる人材になる秘訣なのです。

こうしてみてくると、シニア活躍のためには、終身雇用・年功制といういわゆる日本型雇用の在り方を見直すことが必要です。特定分野の専門性を高めて転職を是とする考え方は終身雇用の否定につながります。シニア世代の賃金が60歳到達後に大きく引き下げられることを避けるには、年功賃金にも本格的にメスを入れることが避けて通れません。

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そもそも中高年の賃金が高いのは、一般的に若手・中堅の時に貢献度に比べて低く抑えられた分の後払いとなっているためです。言い換えれば、定年までの長期の雇用期間で貢献度と報酬を一致させている仕組みです。これを貢献度と賃金水準を短期で一致させるようにすれば、中高年で賃金が大きく増えなくなる半面、60歳を境に大きく下がることもなくなります。
ただし、ここで留意すべきは、日本的雇用には良さもあることです。とくに、若いときにしっかりした雇用保障と緩やかでも毎年上がる賃金のもとで、様々な仕事を経験し失敗を恐れずチャレンジできることは、長く働き続けるための基本能力を身に着ける点で重要です。変えるべきは中堅・中年以降の働き方です。特定分野の専門能力を高めることを前提に、報酬も実力主義賃金とする、プロフェッショナル型にシフトすることが望ましいでしょう。若いときは日本型、中堅・中年以降はプロ型という「ハイブリッド」がシニアの本格活躍につながるのです。
もっとも、こうした改革には時間がかかります。すでにシニア世代になった人にできるだけ長く活躍してもらうにはどうすればいいのでしょうか。その鍵は、「シニアは使えない」という企業の偏見の解消と、本人の客観的な自己認識です。リクルート・ジョブズの調査によれば、シニア採用に積極的でない企業は3分の2を占めますが、その4割程度は「特に理由はない」と答えています。シニア雇用に詳しい今野浩一郎・学習院大学名誉教授は、過去にとらわれず若い人とフラットに付き合える「かわいい高齢者」になることが重要と語っています。
政策的な対応も重要です。ここでは2点指摘します。
第1は在職老齢年金の見直しです。これは60歳以上で、働きながら老齢年金を受ける場合、賃金と年金の合計が、一定額を超えると年金が支給停止される仕組みです。現役世代との負担のバランスから導入された制度ですが、当然、シニアの就労を抑える要因になります。
年金が支給停止される給与の下限を引き上げ、シニア世代が本格活躍できる形に見直すべきでしょう。その代替財源は、公的年金等控除を見直して、豊かな高齢者に貢献してもらうなど、所得再配分が役割である税制で対応するのがあるべき姿だと思います。
第2に、シニア・ミドル向けの職業紹介支援の強化です。シニア世代が能力を十分発揮するには、その能力が必要とされる職場でそれまでの経験を活かして働くことが一番です。しかし、中高年層の転職市場が発達していないわが国では、求人・求職をうまくマッチングさせる仕組み作りが必要です。例えばシニア・ミドルのインターンシップ制度への公的助成や、転職に伴って賃金が大幅に減る場合の賃金補助が考えられます。

わが国で質・量ともにシニア世代が活躍できる社会が実現できれば、とりわけ今後高齢化が進むアジア諸国のモデルともなり得ます。「シニア活躍大国」の実現に向けて、企業・個人双方が、既存概念に囚われず、新たな取り組みに挑戦することが望まれます。



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