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「『越境学習』という新たな人材育成を」(視点・論点)

NPO法人 クロスフィールズ 代表 小沼 大地

これからの時代を切り拓くリーダーとは、一体どのような人材でしょうか。グローバル化の急速な進展やテクノロジーの目覚ましい進化などを受け、時代はいま大きな変革期を迎えています。
きょうは、これからの時代に求められるリーダーの要件と、そうしたリーダーの育成に向けた具体的な施策について、私どもが7年間以上にわたって取り組んでいる「越境学習」の取り組みについてお話させて頂きます。

その前に、簡単に私自身の自己紹介をさせて下さい。私は少し変わったキャリアを持っていまして、大学を卒業した2005年から2年間ほどを青年海外協力隊として中東シリアで過ごし、その後に外資系の経営コンサルティングの会社で3年ほど働き、2011年に現在経営しているNPO法人を創業しました。ビジネスの世界と社会貢献の世界の双方に身を置いた経験から、この2つの世界をつなぐことで新しい価値を生み出していきたいという想いが生まれ、そのことが自分自身の志や、後ほどご説明する当団体での活動に繋がっています。

現在、一般的な人材育成の現場で行われている活動は、残念ながら時代の変化に対応できていないように感じます。現在学校の教育現場においても、企業研修の現場においても、そこで重視されているのは、英語力やプレゼンテーション技術などの知識やスキル偏重型を詰め込み型で習得していくことです。
無論、これからの時代を切り拓くリーダー人材にとってみても、知識やスキルが重要な要素であることは疑いようがありません。しかし、こういったスキルをいきなり教え込むことが、本当に効果的なのでしょうか。むしろ、現在のような変化の時代にあっては、「こんなことを成し遂げたい」「こういう自分になりたい」といった一人称でのビジョンや志が先にあり、その実現のために状況に応じて手段としての知識やスキルを磨いていくというあり方が求められているのではないでしょうか。自分自身の経験を振り返ってみても、ビジョンや志が明確になった上で必要となる知識やスキルを身につける方が、圧倒的に効果的かつ効率的であると私は考えます。

それでは、こうしたビジョンや志を育む人材育成には、一体どのようなものがあるのでしょうか。この問いに対しては、様々な理論や実践が積み重ねられてきているかと思いますが、私自身は「越境学習」と呼ばれるアプローチに注目をしています。従来の座学的での学びではなく、「Comfort Zone」と呼ばれる自分の心地よいと感じる場を抜け出し、普段とは異なる環境で何かしらの挑戦を行うという体験のことを指し、私はこうした活動こそがリーダーとなるべき人材のビジョンや志を育んでいくと考えています。

この「越境学習」の事例として、私たちが行っている事業の一つに「留職」というプログラムがあります。

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「留職」とは、留まって学ぶ「留学」をもじって、留まって職務を成し遂げてくるという意味から作った造語になります。このプログラムでは、日本企業で働く20代後半から30代の人材を、アジアの新興国で活動するNGOや社会的企業と呼ばれる、現地の社会課題を解決する組織へと派遣します。そこで数ヶ月間にわたって組織の一員として業務を行い、現業で培ったスキルや経験を活かして現地団体の抱える課題を解決するというのがプログラムの概要です。いわば、企業版の青年海外協力隊とも言えるモデルです。

少し事例をお話しますと、たとえば、電機メーカーのエンジニアがベトナムの無電化地域で使われる調理器具の製造コストの削減に取り組んだり、あるいは、教育系企業で教科書の編集を行っている社員が、インドネシアの教育系NGOでの教材開発と講師向けトレーニングのプロジェクトに従事するなどしています。

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このように、さまざまな企業で働く人材が持つ本業でのスキルを活用し、現地団体の抱える課題解決に貢献をしていきます。
留職プログラムは2011年の開始以降、大手企業を中心に35社以上で導入がされており、150人以上の社員がアジア11カ国での社会課題解決に挑戦してきています。

では、多くの海外拠点を持っており、さまざまな人材育成の仕組みを用意する大手企業が、なぜ敢えて留職プログラムを活用しているのでしょうか。

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この図表は、通常の出張や駐在と留職プログラムとの比較を表したものです。すべてに触れることはしませんが、たとえば、駐在においては海外の環境だとしてもある意味同じ組織の人たちに守られているのに対し、留職では全く名刺が通用しない環境に飛び込むという点が挙げられます。また、業務内容がある程度は決まっている普段の業務とは違い、現地で目にするのは山積する問題のみで、その中からどの課題を自分が取り組むかを特定し、自ら決断して活動を進めることが求められます。
そして、ビジョンと志を育むという観点からは、自分が実施する活動が現地の人たちにどのように役立っているかを直接的に実感できるという環境であることが大きいです。
また、現地の創業まもない小さな組織で、社会課題の解決に文字通り生命を懸けるリーダーたちの間近で働く経験は、参加する社員にとってビジョンと志を磨く絶好の機会となっています。

この留職プログラムのように「越境学習」は、大企業であるがゆえに経験しづらくなっている経験を提供できるという点で注目されています。しかし、徐々に広がりつつある「越境学習」の取り組みにも、本質的なリーダー育成につながる活動とそうでないものがあると、私は考えます。ポイントとなるのは、次の2点です。
1点目は、「経験の異質さ」です。どの程度、現在の環境と異なる場に飛び込んでいくのかが、越境学習で得られる経験の質を大きく左右します。留職においては、営利組織の社員を「利益追求」よりも「社会課題の解決」を目指す組織に派遣するなど、業務の目的関数までが異なる環境に飛び込む経験が設計されています。このように一定の「経験の異質さ」を担保することが、越境学習の効果を高める大きなポイントとなります。
2点目は「成果を厳しく求められるリアルな環境」という点です。異質な環境での経験とは、ともすると「楽しい異文化体験」で終わってしまう傾向にありますが、それでは本質的な原体験にはなりえません。越境学習の成果を最大化するには、異質な環境において、成果を厳しく求められることが必要です。留職プログラムにおいては、現地側の受入団体のリーダーたちが留職プログラムの参加者に対して大きな期待をしており、事業上での結果を厳しく求めます。この期待が生み出す健全なプレッシャーから逃げずに取り組み続けることが、参加者にとっての大いなる挑戦の機会となります。そして、その結果として実際に団体に貢献ができた際に団体側から醸成される歓喜と感謝とが、参加者の強烈な感動と自信とにつながっていき、リーダーとしての原体験となるのです。

このように、「経験の異質性」が非常に高く、かつ、「成果を厳しく求められるリアルな環境」への越境体験こそが、ビジョンや志をというぶれない軸を持った、これからの時代を切り拓くリーダーにとって大切な原体験になるのです。
こうした越境学習はまだまだ日本の教育や人材育成の現場では一般的にはなっていませんが、これからも更に注目を集める動きになっていくと私は考えます。

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