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「アメリカ経済政策の行方」(視点・論点)

みずほ総合研究所 欧米調査部長 安井 明彦

11月6日に、アメリカで中間選挙が行われました。「トランプ大統領に対する信任投票」ともいわれた選挙を終えて、アメリカの経済政策は、どのように変わっていくのでしょうか。本日は、アメリカの経済政策の今後について、お話ししていきたいと思います。

中間選挙の結果は、トランプ大統領の共和党が、下院で多数党の座を失い、上院と下院で多数党が異なる、「ねじれ議会」になりました。

「ねじれ議会」の誕生は、今後の経済にとって、良い兆しとはいえません。党派対立を背景に、トランプ大統領が掲げてきた「アメリカ第一主義」が、経済成長を損ねるような政策に、偏りかねないからです。

トランプ大統領のアメリカ第一主義には、二つの柱があります。第一の柱は、減税や規制緩和などの、アメリカ経済を強くする政策です。トランプ大統領が就任した2017年には、大型の減税が実現しています。エネルギー開発などを中心に、規制の緩和も進められてきました。

もう一つの柱となるのが、閉鎖的な政策です。その代表例が、保護主義的な通商政策や、移民に厳しい政策です。保護主義によって、世界の貿易が縮小しかねないなど、閉鎖的な政策は、経済にとって、マイナスの影響が大きい政策です。中国との貿易摩擦に象徴されるように、トランプ政権が2年目を迎えた2018年には、保護主義的な通商政策が、本格的に動き始めました。

「ねじれ議会」が誕生することで、経済を強くする政策の実行は、難しくなりそうです。減税などを行うためには、議会で法律を可決する必要があります。「ねじれ議会」になった以上、トランプ大統領が望んだ政策でも、下院で多数党となった民主党が反対すれば、実行することはできなくなります。

議会での立法が難しくなれば、トランプ大統領による政策運営の軸足は、議会に頼らずに進められる分野に、おかれやすくなります。通商政策は、その有力な候補です。

気をつける必要があるのは、「ねじれ議会」の誕生が、トランプ大統領の保護主義を、さらに加速させかねないことです。アメリカの議会では、共和党の議員よりも、民主党の議員の方が、保護主義的です。トランプ大統領と民主党が共鳴し、保護主義の強硬さを、競い合う展開が懸念されます。

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こちらの図は、議会の投票行動から、それぞれの政党において、どれだけの割合の議員が、自由貿易を支持してきたかを示しています。
これをみますと、共和党の場合には、大多数の議員が、一貫して、自由貿易を支持する投票を行ってきたことがわかります。対照的に、民主党の議員のあいだでは、自由貿易を支持する割合が、時を追うに連れて、低下しています。

一般論でいえば、下院の多数党となった民主党は、多くの場合において、トランプ大統領の政策を、批判すると予想されます。しかし、こと通商政策に関しては、トランプ大統領の保護主義に対して、民主党が歯止めになるとは思えません。むしろ、民主党がトランプ大統領の通商政策を批判する場合には、「まだまだ手ぬるい」といった内容になりそうです。

保護主義の共鳴が懸念される通商政策と異なり、政策運営の停滞を心配しなければならないのが、財政政策です。債務上限の引き上げや、連邦予算の編成が難航し、株式市場などに、悪影響を与える可能性がありそうです。

参考になるのが、前回の「ねじれ議会」の経験です。「政策不透明性指数」という統計を使って、当時と今を比較してみましょう。

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政策不透明性指数は、新聞記事などを分析し、アメリカにおいて、どのような政策の先行きが、不透明だと考えられているかを示す統計です。こちらの図にありますように、最近のアメリカでは、トランプ大統領の保護主義的な政策運営によって、通商政策の不透明性が高まっています。

その一方で、前回、アメリカが「ねじれ議会」を経験した2010年代の前半をみると、政策の先行きが不透明だったのは、通商政策ではなく、財政政策でした。2011年の夏には、議会が債務上限の引き上げに手間取り、アメリカ国債のデフォルトが、懸念される事態になりました。連邦予算の編成が、期日に間に合わず、政府機関が閉鎖に追い込まれたのも、「ねじれ議会」での経験です。

財政政策に関しては、今回の「ねじれ議会」の正念場は、来年の夏から秋にかけての時期になりそうです。このころまでにアメリカは、債務上限を引き上げなければなりません。9月末までには、10月から始まる、来年度の予算を編成する必要もあります。トランプ大統領と民主党が、対立を乗り越えられなければ、大きな混乱が発生しかねません。

過去を振り返れば、アメリカには、党派の対立を超えて、政策運営を進めてきた歴史があります。例えば、1980年代から90年代の初頭にかけて、共和党の政権が長く続いた時代には、常に民主党が、下院で多数党を占めていました。

トランプ大統領と民主党にも、協力の余地はあります。トランプ大統領は、中間選挙の終盤に、中間層への減税を提案しています。法人税の減税が中心だった、昨年の減税とは異なり、中間層を重視する、民主党の考え方に近い提案です。また、インフラ投資の促進は、トランプ大統領の選挙公約であると同時に、共和党というよりは、民主党が好む政策です。こうした政策が実現できれば、経済に対しては、良い影響が期待できます。
アメリカの株式市場は、中間選挙の結果を好感しました。選挙直後の株価は上昇し、投票日翌日の11月7日には、ダウ工業株30種平均が、ほぼ一ヵ月ぶりに、2万6000ドルの大台を回復しています。トランプ大統領と民主党が歩み寄ることへの期待が、反映された結果でしょう。

もちろん、過度の楽観は、禁物です。党派の対立は、思いのほか、深刻です。アメリカの党派対立は、1980年代などと比べても、明らかに厳しさを増しています。

そもそも、現在のアメリカでは、支持する政党によって、有権者の問題意識に、大きな違いがあります。

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中間選挙の出口調査から、アメリカ経済に対する認識を比較すると、共和党に投票した有権者では、その9割が、「アメリカ経済は良い状態にある」と答えています。対照的に、民主党に投票した有権者の場合には、「良い状態にある」という回答と、「悪い状態にある」という回答が、きっ抗しています。

重要だと考える論点も、支持政党によって異なります。共和党に投票した有権者では、移民の問題を重視する回答が、もっとも多くなっています。一方で、民主党に投票した有権者の場合には、医療の問題を重視する割合が、圧倒的に高かったのが現実です。

支持者の問題意識に、これだけの違いがある以上、共和党と民主党が、足並みをそろえるのは、容易ではありません。

深刻な党派対立を背景として、中間選挙後のアメリカの経済政策では、政策運営の停滞が、懸念されます。それと同時に、保護主義への傾斜など、アメリカ第一主義の負の側面が強調されるリスクにも、警戒が必要です。「ねじれ議会」の誕生は、これから、アメリカとの通商交渉が本格化する日本にとっても、大きな不安材料だといえそうです。

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